無敵チートな猫の魔法使いとシンデレラになれない私

鉄永

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第一章

【第1夜】

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 その夜、シャーサはいつも通り家事を終わらせ、屋根裏にある自室の窓からお城を眺めていた。
 今日は城で舞踏会があるらしい。
 いつになく上機嫌でそのことを話していた母に「行きたい?」と聞かれたが、シャーサは首を振った。
 この家に、舞踏会に参加できるようなドレスを二人分仕立ててもらうような貯金がないことは、分かっている。
 シャーサの反応に、母はホッとした表情をしていた。
 早くに父が亡くなり、再婚相手を探している母にとって、王子様目当ての女性だけでなく、貴族や城勤めの男性が多く参加する今回の舞踏会は、またとない再婚のチャンスなのだ。
 気立ても悪く、マナーだって自信が無い自分と比べ、元はお嬢様である母親は、家事が一切できないものの、男性に愛される方法なら心得ている。
 あとは、きちんと実年齢に応じた振る舞いができればいいのだが。
 息を吐いて、シャーサは自分のスカートの端をつまむ。
 はなから舞踏会にはいくつもりが無かったけれど、ドレスは着たかったかもしれない。
 綺麗なものは好きだった。ふんだんにあしらわれた刺繍と、光沢のある布。シルクのギャザーにパールの装飾。
 そういうものに憧れが無いわけでは無い。
 けれど、窓枠に乗せた自分の醜い手のあかぎれや、ささくれでぼろぼろの指が、そんなものをまとえるはずがないと言っている。
 シャーサは裾から手を離して、窓に背を向ける。
 さて、寝る準備でもしようかと思ったその時、「こんばんわ」と背中から声をかけられた。
 え、と振り返れば、そこには見慣れない人間が佇んでいる。
 床まで届くほど長い、薄い水色がかった厚手のローブと、大きなフード。
 ニコリと微笑んだ顔立ちは左右均等で、作り物のように美しく、柔らかなブロンドの髪の隙間からは、水面のように輝く大きな瞳が見える。
 彼を「豪華なローブを着た不審者」と思うには、姿や気配は浮世離れしていて、どちらかと言えばリアリストな自分でも、「目の前の人物は魔法使いである」と、そう直感できた。
「お嬢さん、僕と踊ってくれませんか?」
 訳が分からなかったが、最初に浮かんだ感想は「申し訳ない」だった。
「その、ごめんなさい。私、ドレスも無いし、躍ったことも無いから、お相手には相応しくありません」
 これがもしおとぎ話のように「魔法使いが少女の願いを叶えてくれる話」であるなら、自分がその対象になるのは間違いだと思った。
 しかし魔法使いは「大丈夫だよ」と言うと、ローブの袖に手を入れて、杖を取り出し、くるくると振った。
「ボクも舞踏会に参加したことは無いから。躍るのは、君とが初めてさ」
 杖の先が円を一つ描くごとに、自分の格好が変わっていく。
 適当に下ろされた髪はまとまり、茶色いエプロンはレースに、埃まみれの服はドレスに代わり、最後に靴はガラスのヒールに変わった。
「でも君と踊ってみたいんだ」
 少し考えてから、魔法使いはもう一度杖を振って、ガラスの靴を柔らかいスリッパに変えて、満足げに頷く。
「ひっかけても、躓いても、君と」
 シャーサが身にまとうのは、憧れていた、まるでどこかのお姫様のような豪華なドレスだ。
 しかし、それに包まれてなお、シャーサの顔は曇ったままだった。
「気まぐれや、憐みなら、やめてください。なんで、私なんですか」
「君の笑顔が見たいんだ。君に気紛れで無いと保証するものは、この世のどこにもないけれど」
 魔法使いはまた杖を振る。
 すると、瞬きの間に、シャーサと魔法使いは、粗末な屋根裏ではなく、広い円形の部屋にいた。
 たくさんの窓から差し込む月光の光を浴びながら、魔法使いはくるりとその場でターンをすると、ローブ姿ではなく、コート姿になった。
「それでもこれが刹那の邂逅とか、一時の移ろいではないものだと、知ってほしいな」
 そう言って手を差し出す魔法使いは、どこからどう見ても、王子様だった。
 シャーサはぼんやりと、その姿を眺める。
 自分はきっと今、都合のいい夢でも見ているのだろうと思っていた。
 けれど、夢見心地になれないのは、怖いからだ。
「魔法は解けるものでしょう。一夜の夢なら目覚めた時、惨めになるから見たくないんです」
 魔法使いはシャーサの言葉を聞いてから、ゆっくりと近寄って膝を折り、握りこまれたシャーサの手をそっと開かせた。
「そうだね、魔法はいつかとけてしまう。それでも、夢と魔法は別物だと、ボクは思っているよ」
 労わるようにシャーサの手を撫でて、魔法使いは柔らかく微笑んだ。
「魔法は、うそにはならないのさ」



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