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第二章
第7夜
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「お母さん。あの、実は話があるの」
「なに、シャーサ、改まって」
その日、シャーサはテーブルに座る母に、話しかけた。
「私、実は、一緒にいたい人が、いて」
緊張で張り付く喉に、必死に唾を通す。
「お母さんが紹介してくれた人じゃなくて、その人と、い、一緒にいたい…です」
「…どんな人なの?」
母の問いに、シャーサはしどろもどろになりながら答える。
「え、えっと、ものを、作るひと?服や、履き物とか…」
指先を振るだけで、とは言えないが、嘘ではない。
ましてや、魔法使いです、なんて言った日には正気を疑われてしまう。
「そう素敵ね」
感情の読み取れない平坦な母の感想に不安になりながらも、シャーサは頷く。
そのまま突っ立っていると母に手で椅子を示された。
音を立てないように椅子を引き、母の正面に座る。
母は思い出すように少し遠い目をしてから話し始めた。
「ねえ、シャーサ、聞いて。私もね、望んであなたのお父様と結婚したわけではないの」
母が親の取り決めで父に嫁いだ話は、シャーサも知っている。
早くに妻を亡くした父は、残されたシャーサに母親がいた方がいいだろうと、再婚相手を探していた。
そこで白羽の矢が立ったのが、母だった。
「最初はもちろん嫌だったわ。だって私には好きな人がいたもの。…それでね、私、結婚前に駆け落ちをしたのよ」
結婚する前の母の話は、シャーサは詳しくは知らなかった。
初めて聞く話に驚きつつ、話の腰を折らないよう、慎重に相槌を入れる。
「泣きながら、逃げて、逃げて…悲劇のヒロインみたいで、その時は楽しかったし、嬉しかったわ。この人とならどんなことでも乗り越えられるって、そう思った。…でもね、次の日の朝、目が覚めた時には、その人はいなくなってた。私は裸で、ベッドにひとり。そのまま、昼になっても帰って来ない彼のこと、親が探しに来てくれるまで、ずっと信じて待っていたの」
「…滑稽でしょう?」と母は笑って、頬杖をついた。
どういう反応を返すのが適切か分からずシャーサは固まる。母は笑みを消してシャーサをじっと見た。
「貴女のお父様は、そんな私でも受け入れてくれた素晴らしい人よ。…だから、結婚というのはね、好きだとかそんなものだけで決めてはいけないのよ、シャーサ。おとぎ話のような恋を信じたくなる気持ちは分かるけれど、あなたに、私の二の舞にはなってほしくないの」
母は机の表面を、こつこつと指先で叩く。
「その人の身分は?ご家族は?収入や、交友関係は知っているのかしら?」
「…」
答えられなかった。シャーサは魔法使いの家族どころか、名前すら知らない。
「その全部があなたの望ましいものだったとして…。シャーサ、あなたは本当に相手に望まれるような女性かしら」
母のその問いは、「シャーサは誰かから選ばれるような人間ではない」と言外に否定するものだった。
その呪いのような言葉に首を振れず、シャーサはただ机の下で肌に爪を立てる。
「その人に優しくされて、思いあがってしまっただけではない?…シャーサ、もう一度、よく考えてね。あなたは賢いもの、きっとすぐに分かるはずよ」
確かにシャーサは、あの魔法使いの隣に立てるような人間ではないかもしれない。
母の言う通り、思い上がりなのかもしれない。
けれど、魔法使いの言葉を、誠意を、疑いたくなかった。あの人はそんな人ではないと、言いたかった。
自分の幸せを願う言葉を、受け止められるようになりたかった。
なら、目の前の、母親の言葉は?
自分のことを愛して、幸せを願ってくれる言葉なのだろうか。
「お母さん、私、お母さんのこと、好きよ」
ぽつりと言ったシャーサの言葉に、母は驚いたような顔をする。
そして、ふい、とシャーサから目線を外した。
「急にどうしたの、シャーサ。ふふ、びっくりするわ」
「私、お母さんが喜んでくれたら、嬉しい」
「そうなの。ええ、ありがとう」
話を終わらせようと椅子から立ち上がる母を追うように、シャーサは腰を上げる。
「おかあさん、」
「ああ、そうだ、今日、水を使おうと思ったら、水がめの中身が空だったの。ちゃんと足しておいてくれないと困るじゃない。…もっと気が利くようにできないと、嫁いでからお姑さんに色々言われてしまうんじゃないかしら」
「…、あ、のね」
「大丈夫よ。不安よね、分かるわ。…さあ、お話はおしまい。私は少し出掛けてくるから」
「…」
完全にシャーサから背を向ける母に、シャーサはそれ以上言葉をかけられなかった。
中途半端に上げた腰を、ゆっくり椅子に下ろし、シャーサは長い間、そこから動けないでいた。
「なに、シャーサ、改まって」
その日、シャーサはテーブルに座る母に、話しかけた。
「私、実は、一緒にいたい人が、いて」
緊張で張り付く喉に、必死に唾を通す。
「お母さんが紹介してくれた人じゃなくて、その人と、い、一緒にいたい…です」
「…どんな人なの?」
母の問いに、シャーサはしどろもどろになりながら答える。
「え、えっと、ものを、作るひと?服や、履き物とか…」
指先を振るだけで、とは言えないが、嘘ではない。
ましてや、魔法使いです、なんて言った日には正気を疑われてしまう。
「そう素敵ね」
感情の読み取れない平坦な母の感想に不安になりながらも、シャーサは頷く。
そのまま突っ立っていると母に手で椅子を示された。
音を立てないように椅子を引き、母の正面に座る。
母は思い出すように少し遠い目をしてから話し始めた。
「ねえ、シャーサ、聞いて。私もね、望んであなたのお父様と結婚したわけではないの」
母が親の取り決めで父に嫁いだ話は、シャーサも知っている。
早くに妻を亡くした父は、残されたシャーサに母親がいた方がいいだろうと、再婚相手を探していた。
そこで白羽の矢が立ったのが、母だった。
「最初はもちろん嫌だったわ。だって私には好きな人がいたもの。…それでね、私、結婚前に駆け落ちをしたのよ」
結婚する前の母の話は、シャーサは詳しくは知らなかった。
初めて聞く話に驚きつつ、話の腰を折らないよう、慎重に相槌を入れる。
「泣きながら、逃げて、逃げて…悲劇のヒロインみたいで、その時は楽しかったし、嬉しかったわ。この人とならどんなことでも乗り越えられるって、そう思った。…でもね、次の日の朝、目が覚めた時には、その人はいなくなってた。私は裸で、ベッドにひとり。そのまま、昼になっても帰って来ない彼のこと、親が探しに来てくれるまで、ずっと信じて待っていたの」
「…滑稽でしょう?」と母は笑って、頬杖をついた。
どういう反応を返すのが適切か分からずシャーサは固まる。母は笑みを消してシャーサをじっと見た。
「貴女のお父様は、そんな私でも受け入れてくれた素晴らしい人よ。…だから、結婚というのはね、好きだとかそんなものだけで決めてはいけないのよ、シャーサ。おとぎ話のような恋を信じたくなる気持ちは分かるけれど、あなたに、私の二の舞にはなってほしくないの」
母は机の表面を、こつこつと指先で叩く。
「その人の身分は?ご家族は?収入や、交友関係は知っているのかしら?」
「…」
答えられなかった。シャーサは魔法使いの家族どころか、名前すら知らない。
「その全部があなたの望ましいものだったとして…。シャーサ、あなたは本当に相手に望まれるような女性かしら」
母のその問いは、「シャーサは誰かから選ばれるような人間ではない」と言外に否定するものだった。
その呪いのような言葉に首を振れず、シャーサはただ机の下で肌に爪を立てる。
「その人に優しくされて、思いあがってしまっただけではない?…シャーサ、もう一度、よく考えてね。あなたは賢いもの、きっとすぐに分かるはずよ」
確かにシャーサは、あの魔法使いの隣に立てるような人間ではないかもしれない。
母の言う通り、思い上がりなのかもしれない。
けれど、魔法使いの言葉を、誠意を、疑いたくなかった。あの人はそんな人ではないと、言いたかった。
自分の幸せを願う言葉を、受け止められるようになりたかった。
なら、目の前の、母親の言葉は?
自分のことを愛して、幸せを願ってくれる言葉なのだろうか。
「お母さん、私、お母さんのこと、好きよ」
ぽつりと言ったシャーサの言葉に、母は驚いたような顔をする。
そして、ふい、とシャーサから目線を外した。
「急にどうしたの、シャーサ。ふふ、びっくりするわ」
「私、お母さんが喜んでくれたら、嬉しい」
「そうなの。ええ、ありがとう」
話を終わらせようと椅子から立ち上がる母を追うように、シャーサは腰を上げる。
「おかあさん、」
「ああ、そうだ、今日、水を使おうと思ったら、水がめの中身が空だったの。ちゃんと足しておいてくれないと困るじゃない。…もっと気が利くようにできないと、嫁いでからお姑さんに色々言われてしまうんじゃないかしら」
「…、あ、のね」
「大丈夫よ。不安よね、分かるわ。…さあ、お話はおしまい。私は少し出掛けてくるから」
「…」
完全にシャーサから背を向ける母に、シャーサはそれ以上言葉をかけられなかった。
中途半端に上げた腰を、ゆっくり椅子に下ろし、シャーサは長い間、そこから動けないでいた。
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