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1部
第六話
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生には、目の前の少女がどうして泣いているのか、分からなかった。
あの場所にいたときはずっと嵐の中にいたようにうるさかった頭の中は、いまはずっと鮮明で、余計な音は聞こえない。
暗く、寒く、冷たく、愛しい妹と自分しかいないその世界。だというのに、あまりにも強く響く目の前の少女の声は、ゆっくりと自分の痛みを思い出させた。
妹の上に、ポツンと乗せた自分の目。
ありえないその光景は、確かに「なんで」と言われても仕方ないし、心優しい礼は絶対に嫌がるだろうな、と静かに考える。
そうか、礼のために泣いてくれているのかと、やっと理解した。
礼がこうなってしまったことを悲しんで、礼が嫌がることを嫌がって。…そうして、生を叩いてまで感情をぶつけようとするその少女は、とても純粋に思えた。
やっと少女のことを、景色ではなく人として認識できた気がした。
「僕が」
ぽろ、と出た一人称は久々で、少し違和感を覚えた。
「僕が…礼と、いたかっただけ」
少女をなだめるように、ゆっくりと言う。
そうだ。これはただの自己満足で、礼の気持ちなんて無視した「ひどい」行為だ。
そういえば、礼が言っていた。
自分たちを助けてくれるかもしれない、明るくて優しい、秘密の友達の話。
ありえない、できっこない。まずそんな人間がいるわけがないと思いながら、心のどこかで期待していた、その話。
この子がそうなのだ。
約束通り、迎えに来てくれたのだ。
こんな小さな身体で壁を乗り越え、恐ろしい場所を抜けて、自分たちをここまで導いてくれたのだ。
「ちひろちゃん…ちひろさん?」
礼から何度も聞いたその名前を口に出す。
「ありがとう」
さっきまでの自暴自棄の笑いではなく、自然と笑みが浮かべられた。
少女は自分のその言葉を聞くと、はっとしてから、また顔をくしゃくしゃにする。
「ご、ごめん、ごめんなさい…い、いく、いくも、いたい、のに」
泣きながら自分の顔に手を伸ばし、袖で頬を触る感覚に、思い出したように左目がじくじくと波打つ。
だんだんと大きくなる目と頭の痛みに、立てていたはずの膝から力が抜ける。
慌てて支えようとする少女の手を借りながらなんとか体勢を整え、血で塗れる指先で土を掘り始めると、少女は心配した声で「お墓、明日にする?」と自分に声をかけた。
その問いに緩く首を振る。
「…や、」
少し動くだけで気分が悪くなり、唾を飲み込む。
「礼が、さむい」
早く人目の付かない所にしまって、静かに寝かせてやりたかった。
少女は自分の言葉に「そっか」と返し、手近な石を渡してくれた。スコップ替わりにしろ、ということらしい。
石を受け取って土を掘り始めると、少女も近くの枝を掴み、がりがりと土を掘り始める。
雨のせいか案外土は柔らかい。
それでも自分の呼吸はすぐに荒くなり、うまく息が吸えずに脳に霞がかかる。
明らかにふらつき始めた自分を、少女はちらちらと心配そうに伺い、ついに手を止めた。
「いく、ちょっとお休みしよう。わたしやっとくよ」
確かに、火傷や擦り傷でじくじくと痛む自分の手は、もうすでに力が入らなかった。血と雨で滑る石をなんとか掴み、土に押し当てているだけで、全く掘り進められている気がしない。
だが、休む気には到底なれず、「大丈夫」とだけ返す。
言葉を出すことも億劫だった。
そのまま土を掘り進めようと力を入れすぎて震える手に、小さい手が添えられた。
「ゆきも、おやすみしてるの」
そのまま頭に手を添えられ、地面から視線を外すように抱き寄せられた。
「だからいくも、おやすみしよう」
抵抗する力は出なかった。
少女から聞こえる鼓動と、自分のズキズキと波打つ痛みが重なって、だんだんと瞼が重くなる。
「大丈夫、つかれたね」
静かなその声に押され、とうとう自分はかろうじて繋いでいた意識を手放した。
あの場所にいたときはずっと嵐の中にいたようにうるさかった頭の中は、いまはずっと鮮明で、余計な音は聞こえない。
暗く、寒く、冷たく、愛しい妹と自分しかいないその世界。だというのに、あまりにも強く響く目の前の少女の声は、ゆっくりと自分の痛みを思い出させた。
妹の上に、ポツンと乗せた自分の目。
ありえないその光景は、確かに「なんで」と言われても仕方ないし、心優しい礼は絶対に嫌がるだろうな、と静かに考える。
そうか、礼のために泣いてくれているのかと、やっと理解した。
礼がこうなってしまったことを悲しんで、礼が嫌がることを嫌がって。…そうして、生を叩いてまで感情をぶつけようとするその少女は、とても純粋に思えた。
やっと少女のことを、景色ではなく人として認識できた気がした。
「僕が」
ぽろ、と出た一人称は久々で、少し違和感を覚えた。
「僕が…礼と、いたかっただけ」
少女をなだめるように、ゆっくりと言う。
そうだ。これはただの自己満足で、礼の気持ちなんて無視した「ひどい」行為だ。
そういえば、礼が言っていた。
自分たちを助けてくれるかもしれない、明るくて優しい、秘密の友達の話。
ありえない、できっこない。まずそんな人間がいるわけがないと思いながら、心のどこかで期待していた、その話。
この子がそうなのだ。
約束通り、迎えに来てくれたのだ。
こんな小さな身体で壁を乗り越え、恐ろしい場所を抜けて、自分たちをここまで導いてくれたのだ。
「ちひろちゃん…ちひろさん?」
礼から何度も聞いたその名前を口に出す。
「ありがとう」
さっきまでの自暴自棄の笑いではなく、自然と笑みが浮かべられた。
少女は自分のその言葉を聞くと、はっとしてから、また顔をくしゃくしゃにする。
「ご、ごめん、ごめんなさい…い、いく、いくも、いたい、のに」
泣きながら自分の顔に手を伸ばし、袖で頬を触る感覚に、思い出したように左目がじくじくと波打つ。
だんだんと大きくなる目と頭の痛みに、立てていたはずの膝から力が抜ける。
慌てて支えようとする少女の手を借りながらなんとか体勢を整え、血で塗れる指先で土を掘り始めると、少女は心配した声で「お墓、明日にする?」と自分に声をかけた。
その問いに緩く首を振る。
「…や、」
少し動くだけで気分が悪くなり、唾を飲み込む。
「礼が、さむい」
早く人目の付かない所にしまって、静かに寝かせてやりたかった。
少女は自分の言葉に「そっか」と返し、手近な石を渡してくれた。スコップ替わりにしろ、ということらしい。
石を受け取って土を掘り始めると、少女も近くの枝を掴み、がりがりと土を掘り始める。
雨のせいか案外土は柔らかい。
それでも自分の呼吸はすぐに荒くなり、うまく息が吸えずに脳に霞がかかる。
明らかにふらつき始めた自分を、少女はちらちらと心配そうに伺い、ついに手を止めた。
「いく、ちょっとお休みしよう。わたしやっとくよ」
確かに、火傷や擦り傷でじくじくと痛む自分の手は、もうすでに力が入らなかった。血と雨で滑る石をなんとか掴み、土に押し当てているだけで、全く掘り進められている気がしない。
だが、休む気には到底なれず、「大丈夫」とだけ返す。
言葉を出すことも億劫だった。
そのまま土を掘り進めようと力を入れすぎて震える手に、小さい手が添えられた。
「ゆきも、おやすみしてるの」
そのまま頭に手を添えられ、地面から視線を外すように抱き寄せられた。
「だからいくも、おやすみしよう」
抵抗する力は出なかった。
少女から聞こえる鼓動と、自分のズキズキと波打つ痛みが重なって、だんだんと瞼が重くなる。
「大丈夫、つかれたね」
静かなその声に押され、とうとう自分はかろうじて繋いでいた意識を手放した。
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