6 / 34
1部
第六話
しおりを挟む
生には、目の前の少女がどうして泣いているのか、分からなかった。
あの場所にいたときはずっと嵐の中にいたようにうるさかった頭の中は、いまはずっと鮮明で、余計な音は聞こえない。
暗く、寒く、冷たく、愛しい妹と自分しかいないその世界。だというのに、あまりにも強く響く目の前の少女の声は、ゆっくりと自分の痛みを思い出させた。
妹の上に、ポツンと乗せた自分の目。
ありえないその光景は、確かに「なんで」と言われても仕方ないし、心優しい礼は絶対に嫌がるだろうな、と静かに考える。
そうか、礼のために泣いてくれているのかと、やっと理解した。
礼がこうなってしまったことを悲しんで、礼が嫌がることを嫌がって。…そうして、生を叩いてまで感情をぶつけようとするその少女は、とても純粋に思えた。
やっと少女のことを、景色ではなく人として認識できた気がした。
「僕が」
ぽろ、と出た一人称は久々で、少し違和感を覚えた。
「僕が…礼と、いたかっただけ」
少女をなだめるように、ゆっくりと言う。
そうだ。これはただの自己満足で、礼の気持ちなんて無視した「ひどい」行為だ。
そういえば、礼が言っていた。
自分たちを助けてくれるかもしれない、明るくて優しい、秘密の友達の話。
ありえない、できっこない。まずそんな人間がいるわけがないと思いながら、心のどこかで期待していた、その話。
この子がそうなのだ。
約束通り、迎えに来てくれたのだ。
こんな小さな身体で壁を乗り越え、恐ろしい場所を抜けて、自分たちをここまで導いてくれたのだ。
「ちひろちゃん…ちひろさん?」
礼から何度も聞いたその名前を口に出す。
「ありがとう」
さっきまでの自暴自棄の笑いではなく、自然と笑みが浮かべられた。
少女は自分のその言葉を聞くと、はっとしてから、また顔をくしゃくしゃにする。
「ご、ごめん、ごめんなさい…い、いく、いくも、いたい、のに」
泣きながら自分の顔に手を伸ばし、袖で頬を触る感覚に、思い出したように左目がじくじくと波打つ。
だんだんと大きくなる目と頭の痛みに、立てていたはずの膝から力が抜ける。
慌てて支えようとする少女の手を借りながらなんとか体勢を整え、血で塗れる指先で土を掘り始めると、少女は心配した声で「お墓、明日にする?」と自分に声をかけた。
その問いに緩く首を振る。
「…や、」
少し動くだけで気分が悪くなり、唾を飲み込む。
「礼が、さむい」
早く人目の付かない所にしまって、静かに寝かせてやりたかった。
少女は自分の言葉に「そっか」と返し、手近な石を渡してくれた。スコップ替わりにしろ、ということらしい。
石を受け取って土を掘り始めると、少女も近くの枝を掴み、がりがりと土を掘り始める。
雨のせいか案外土は柔らかい。
それでも自分の呼吸はすぐに荒くなり、うまく息が吸えずに脳に霞がかかる。
明らかにふらつき始めた自分を、少女はちらちらと心配そうに伺い、ついに手を止めた。
「いく、ちょっとお休みしよう。わたしやっとくよ」
確かに、火傷や擦り傷でじくじくと痛む自分の手は、もうすでに力が入らなかった。血と雨で滑る石をなんとか掴み、土に押し当てているだけで、全く掘り進められている気がしない。
だが、休む気には到底なれず、「大丈夫」とだけ返す。
言葉を出すことも億劫だった。
そのまま土を掘り進めようと力を入れすぎて震える手に、小さい手が添えられた。
「ゆきも、おやすみしてるの」
そのまま頭に手を添えられ、地面から視線を外すように抱き寄せられた。
「だからいくも、おやすみしよう」
抵抗する力は出なかった。
少女から聞こえる鼓動と、自分のズキズキと波打つ痛みが重なって、だんだんと瞼が重くなる。
「大丈夫、つかれたね」
静かなその声に押され、とうとう自分はかろうじて繋いでいた意識を手放した。
あの場所にいたときはずっと嵐の中にいたようにうるさかった頭の中は、いまはずっと鮮明で、余計な音は聞こえない。
暗く、寒く、冷たく、愛しい妹と自分しかいないその世界。だというのに、あまりにも強く響く目の前の少女の声は、ゆっくりと自分の痛みを思い出させた。
妹の上に、ポツンと乗せた自分の目。
ありえないその光景は、確かに「なんで」と言われても仕方ないし、心優しい礼は絶対に嫌がるだろうな、と静かに考える。
そうか、礼のために泣いてくれているのかと、やっと理解した。
礼がこうなってしまったことを悲しんで、礼が嫌がることを嫌がって。…そうして、生を叩いてまで感情をぶつけようとするその少女は、とても純粋に思えた。
やっと少女のことを、景色ではなく人として認識できた気がした。
「僕が」
ぽろ、と出た一人称は久々で、少し違和感を覚えた。
「僕が…礼と、いたかっただけ」
少女をなだめるように、ゆっくりと言う。
そうだ。これはただの自己満足で、礼の気持ちなんて無視した「ひどい」行為だ。
そういえば、礼が言っていた。
自分たちを助けてくれるかもしれない、明るくて優しい、秘密の友達の話。
ありえない、できっこない。まずそんな人間がいるわけがないと思いながら、心のどこかで期待していた、その話。
この子がそうなのだ。
約束通り、迎えに来てくれたのだ。
こんな小さな身体で壁を乗り越え、恐ろしい場所を抜けて、自分たちをここまで導いてくれたのだ。
「ちひろちゃん…ちひろさん?」
礼から何度も聞いたその名前を口に出す。
「ありがとう」
さっきまでの自暴自棄の笑いではなく、自然と笑みが浮かべられた。
少女は自分のその言葉を聞くと、はっとしてから、また顔をくしゃくしゃにする。
「ご、ごめん、ごめんなさい…い、いく、いくも、いたい、のに」
泣きながら自分の顔に手を伸ばし、袖で頬を触る感覚に、思い出したように左目がじくじくと波打つ。
だんだんと大きくなる目と頭の痛みに、立てていたはずの膝から力が抜ける。
慌てて支えようとする少女の手を借りながらなんとか体勢を整え、血で塗れる指先で土を掘り始めると、少女は心配した声で「お墓、明日にする?」と自分に声をかけた。
その問いに緩く首を振る。
「…や、」
少し動くだけで気分が悪くなり、唾を飲み込む。
「礼が、さむい」
早く人目の付かない所にしまって、静かに寝かせてやりたかった。
少女は自分の言葉に「そっか」と返し、手近な石を渡してくれた。スコップ替わりにしろ、ということらしい。
石を受け取って土を掘り始めると、少女も近くの枝を掴み、がりがりと土を掘り始める。
雨のせいか案外土は柔らかい。
それでも自分の呼吸はすぐに荒くなり、うまく息が吸えずに脳に霞がかかる。
明らかにふらつき始めた自分を、少女はちらちらと心配そうに伺い、ついに手を止めた。
「いく、ちょっとお休みしよう。わたしやっとくよ」
確かに、火傷や擦り傷でじくじくと痛む自分の手は、もうすでに力が入らなかった。血と雨で滑る石をなんとか掴み、土に押し当てているだけで、全く掘り進められている気がしない。
だが、休む気には到底なれず、「大丈夫」とだけ返す。
言葉を出すことも億劫だった。
そのまま土を掘り進めようと力を入れすぎて震える手に、小さい手が添えられた。
「ゆきも、おやすみしてるの」
そのまま頭に手を添えられ、地面から視線を外すように抱き寄せられた。
「だからいくも、おやすみしよう」
抵抗する力は出なかった。
少女から聞こえる鼓動と、自分のズキズキと波打つ痛みが重なって、だんだんと瞼が重くなる。
「大丈夫、つかれたね」
静かなその声に押され、とうとう自分はかろうじて繋いでいた意識を手放した。
0
あなたにおすすめの小説
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
幼馴染の許嫁
山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる