あたしの兄は、妹です。

DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)

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しょっぱなの次。

昼前も続投。

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「食わせてる間だけ平和だわね」

 不意の声に振り向くが、その頃にはそれが空耳であると悟ってもいた。完全なる思い違いの産物ではなく、記憶の中からの黄泉返よみがえり。

 誰の声だったのか―――保母さんのせりふではない。えてして保育園の園児たちの食事とは、動物園の動物たちの食事よりも騒々そうぞうしいものだ。まあ、あの生みの親が真糸の育児をする道理もないから、玄朗佐げんろうざやとわれたご機嫌ななめなベビーシッターか乳母か、そんなとこだろう。ケイを経た今の自分の立ち位置から見てみれば、その言葉を思い出したのも不思議なことではない。

 振り向き直れば、正面には摩訶不思議まかふしぎなことしか残されておらずとも、だ。

 二人分の朝食を並べた茶の間のちゃぶ台をはさんで、たたみにぶっ倒れているケイを視認する。どうやら自分は、着替えだけした後、用意した朝食を前に、ケイが目覚めるのを待っているらしかった……そもそもこいつは自立型だか自律型だか知らないが、そんな感じで食餌しょくじからエネルギーを確保する必要は必ずしもないらしいのだが、「だからってごはん食べない家族なんているもんか」というトンチキな玄朗佐の宣言の元、ケイの三食も用意することになっている。記憶はないが、習性として体がそれを覚えていたのだろう―――夜通し活動していようが相手が昏倒こんとうしていようが朝がきたら朝ごはん、ごはんは家にいる者全員で、常にあるように玄朗佐は泊りがけの仕事で家におらず。そんな日々の条件反射と同じくらいには覚えていた。

「うーん……ううーん……衝撃しょうげき……大衝撃波だいしょうげきは……ちょ、うあ、サ○ヤ人……警備員さん、警備員さーん、地球がかわいそうなんです……」

 ケイは自分のうめき声に自分でうなされながら、なんかぴくぴくしていた。まあ、とりあえず触れた部分をあますところなく痛打しただけなのだから、そろそろ目覚めるだろう。ようやっと熱が痛みへ変わってきた己のこぶしやらひじやらかかとやらひざやらを順番にでて、真糸は半眼を更に細めた。習性とはすさまじいものだ。殺意に憑依ひょういされていてさえなお、死なないレベルで急所を穿うがつ。

 と。ぱか、とケイが目を開けた。ふらふらと、未だに忘我ぼうがのふちを彷徨さまよっているうわ言を口ずさみながら。

「うう。いとちゃん。サイ○人……あいつら、非常に地球に厳しくって、エコエコしくないんだ……」

「知ってる」

 口先だけ答えて、真糸は手元にある炊飯器すいはんきふたを開けた。かまの飯を全体的にかき混ぜ終わる頃には、ケイもなんとか食卓の前に正座している。どことなく、ななめに曲がっているが。

 それでも目の前にごはんを盛った茶碗を置くと、ケイはきちんと背筋を伸ばして両手を合わせてみせた。

「いただきまーす」

「はい。おあがりなさい」

 その様子を見届けて、真糸はちゃぶ台の下から持ち上げた魔法瓶まほうびんから、自分の空の茶碗にコーヒーをそそいだ。魔法瓶は、ヤンキー座りの立体桃色にゃんこが流し目を送ってくるデザインで(父親の趣味である。念のため)、うねるしっぽが持ち手になっている。よって、半開きのねこの口からだばだばと黒い液体が吐き出されていたのだが、見やるほどシュールな光景ではあった。

 よって、ケイが不意にそれに注目したついでに、真糸にまで注目したのは仕方がないことだったかもしれない。一向に食卓にはしをつける気配がない真糸に、抱えていた味噌汁みそしるを手放して、ケイが小首をかしげる。

「ごはんは?」

「ちゃんとあんたのお茶碗によそってあげたでしょ」

 真糸が怪訝けげんな思いでつっけんどんに返すと、これまた怪訝けげんそうにケイがくちびるとがらせた。

「そうじゃなくて、いとちゃんのごはんは?」

「食欲ないの」

「じゃあ俺も食欲ない」

「はぁ?」

「俺もそっち。ちょうだい」

 はしを捨てて真糸のコーヒー茶碗へと伸びてきたケイの五指を、真糸はべしっとひっぱたいた。さっきの“しつけ”が頭をよぎったのか目をむいたケイを、さっき以上に突っぱねるべく、口火を切る。

「あんたね。メカとはいえ、見た目も言動もこぞりこぞって人間なんだから、ちゃんと食べなさい。青少年が不健康な食生活なんて、あたしの良心の肩身がせまいでしょ。ほら、お御飯ごはん・お味噌汁みそしる・卵焼き・のり・チョコっぽいアレなそれ」

「チョコ?」

「間違えた。佃煮つくだに

「チョコレートに間違われる佃煮つくだにそのものの抜本的な間違いについて問いたいんだけど」

「いいけど代価は生首ね」

「ボッタクリにも程がある!」

「いーから食べなさい」

「なんで、いとちゃんは食べなくていいの?」

「おねえちゃんだからいいの。あんた、おねえちゃんだっけ?」

「ううん。おにいちゃん。あと、いもうと」

「じゃあ駄目だめ。ほら食べる」

「おぉーれぇーもぉーそーれーがーいーいー!!」

「ぶわーーーー! うざーーーーー!」

 わかりやすくひっくり返ってゴロゴロし出したケイを前に、頭を抱えて―――片手が桃色にゃんこ魔法瓶でふさがれていて実際には片手でひたいを押さえていただけだが気分的にそんな感じで―――、真糸は歯を食いしばってあごにうめぼし模様を凸凹でこぼこさせた。ついで目の前の状況と、自分の状態をはかりにかける。現在時刻は午前十時十二分。自分の胃袋はとうにリーチを過ぎて、食欲など投げ出している。とはいえそれが、今後のこの状況を持続させる原因であるというのなら―――撤回てっかいするしか、解決策は残されていない。

「分ぁかったわよ! あたしも食べるから! あんたも食べなさい!」

 ぴた。とケイの動きが止まった。

 そして真糸から魔法瓶をもぎ取って、新しい茶碗を持ってきてと、いそいそとちゃぶ台をもう一人前の朝食で飾り立てていく。そうなっては逃げ場もなく、真糸はのたのたと居住まいを正した。しぶい何かを舌の根に持て余しながら、完璧な配置に配膳はいぜんされた朝餉あさげに向けて手を合わせる。

「……いただきます」

「はい! おあがりなさい!」

 えらく溌剌はつらつとしたケイの合いの手に無視を決め込んで、真糸はもっとも手近にあった茶碗を手に取った。それに、いつものように味噌汁が入っていることに気付いて、思わぬ苦笑がこみ上げる。

(あたしだって、メカみたいなとこ、あるじゃない)

 まずは汁物に箸をつけることによって米粒をこびりつきにくくし、後々の洗い物を楽にする。成る程。

 それに対して、自覚に値するほど感慨かんがいがわいたということもなかったが。ただ彼女と同様に、口元へおわんをかたむけてみせたケイをながめやって、そんなことを思う。

 ついで、卵焼きを箸先はしさきで三つに切り分ける頃。思いは違和感へと色を変え、咀嚼そしゃくする頃には確信へと変わっていく。

 ……もふ、もふ、もふ、もふ……

 自分と全く同じテンポで黄色いかたまりむケイを見据えながら、ごはん茶碗へ手を伸ばす。

 と。ぴた、と真糸は茶碗の寸前で指先を制した。間髪いれず、動作を同じくしていたケイも動きをとめる。

 時が、ぬめりだす。

 その秒数は数えていた。ニ。五。八。十を越えた。十を越えたか? 高まっていく緊張が胸郭きょうかくを地味にがし、数えたはずの数字を崩壊ほうかいさせていく。お互いに、にらみ合うでない―――ただちゃぶ台の真ん中で、視線の突端とったん同士が触れていた。

 刹那せつな。真糸はそれを拒絶し、眼球を右へらした。つられたケイの視線が揺れる。

 その逆方向へと、動く。手足をたたんで側転し、素早く匍匐ほふくの姿勢を取る―――と同時に、片足だけを後ろに伸ばしていた。極端なクラウチング・スタートの状態を決めて、廊下へ向けて跳ねる。

 と陽動したのもつかの間、実は右足は脱力させていた。当たり前だが真糸は右に転がる。一回転するうちに長い黒髪が、すだれのように視界を流れた。

 じゃまっけだったが、かかずらうつもりはなかった。前に走れば退くのだから。迷いなく真糸は、駆け出すつもりで顔を上げた。

 のだが、ケイがいた。真ん前に。

「いっ!?」

 真糸はぎょっとした拍子に、成すすべなくその場で固まった。拍子ひょうしに手ひどく床にこすりつけた右手と右ひざのきわが、じわじわと熱い―――ケイは、その熱感ねっかんに真糸が思わずたたみから右半身を浮かしたところまで寸分すんぶん遅れず模倣もほうし、彼女の真正面に陣取じんどっていた。

 失敗に終わった逐電ちくでん未練みれんを残しながら、言葉と吐息を咽頭いんとうみ込み残したまま、じっとりと沈黙を見送る。そのまま化石になりそうだとも思えたが、それは独りよがりな錯覚さっかくだったようだ。あっさりとケイが言ってくる。

「あのさ。激しい運動は、食後ある程度の時間を置いてからした方がいいよ」

「あたしがそれに異論あるとでも!?」

「例示するなら、運動によって臓器の血流量が減少した状態では胃内容物が不完全な消化状態で小腸へと送られてしまいかねず、これは低アレルゲン化されていない栄養が血中に取り込まれる強要素となり、ひいては運動性アレルギーを誘発―――」

「ああもうそんな知識ばっかあたしのおにいちゃん設定!」

 まさかケイが真糸の部活動まで網羅もうらしているとは思えなかったが、それでもそれくらいにはプライベートに踏み込まれた気分になって、真糸は頭をかきむしった。ついで、とっくに箸など失くしていた右手の指先を、びしっとケイに突きつける。瓜二うりふたつの体勢はこうして失われたわけだが、ケイは今度はまったく頓着とんちゃくをみせずに、ぺたんとちゃぶ台の横にしりをつけて、こちらの人差し指のつめを見上げてくるだけだった。

 なおのことその様子が腹立たしく、目をつり上げて叫ぶ。

「なんで食べる順番を鏡映かがみうつしに真似まねしてんの!」

「マイブーム」

「脱しなさいンなブーム! 流行の名のもとに外界に洗脳されてコロコロと変えなさい! 『俺って俺色で個性的だよねー』という主観は曲げないくせに、客観的に俯瞰ふかんされた途端に『俺だけじゃないし』とか言って没個性ぼつこせいに逃げ込む謎パターンをフォーエビャーにみ続けなさい!」

「ヴァーの発音おかしいよ」

「じゃああんたもなんか言ってみなさいよ」

「セント・ビャレンタインディ」

「ひどっ!」

「おそろいビャー」

「やめなさい!」

「ふぅむ―――ま、それで命令してるつもりだってんなら、とりあえず今の俺にできるのは忠告だけだな。確かに十二年前のたった一言のせいで命を棒に振りかけてる男の駄法螺だぼらってのは、教材としてめずらしやかかもしれんがね、当然ながら耳障みみざわりだぜ。聞くかい?」

「キュンヘルさんのせりふ盗んでるんじゃないわよ! あんたにキュルンゲヘルム・コッコマチンコーチンが穴あけパンチを持ち出したあの時の気持ちが分かるっての!?」

「とりあえず、そのフルネームにも裏エピソードにもセンスなさげだよね」

「うーーーーがーーーーー!」

 心頭しんとうに発する憤激ふんげきに、真糸は意を決した。

 ちゃぶ台へとスライディングして箸を構え、佃煮つくだにをぶっ掛けた自分のごはんを一気に征服する。ついで、箸に串刺くしざしにした卵焼きを焼き鳥の要領で口蓋こうがいに詰め込み、味噌汁みそしるで胃へと流し込んだ。

 そもそも大した量もない朝食を平らげるのにさほど時間は要しなかったが、それでもケイがわめき出す方が早かった。愕然がくぜんとした面持おももちで、悲鳴を上げる。

「あー! おそろいー!」

「じゃあ、あんたもちゃきちゃき食べ終わって、ごちそうさましたらいいでしょ! はい、ごちそ―――だぁあ!」

 立ち上がりかけた足にタックルされ、なすすべもなくすっ転ぶ。

 当たり前だが、飛びついてきたのはケイだった。ねちっこい怒気の灯火ともしびくすぶらせた瞳で真糸をしっかとにらみつけ、彼女の耳にかみつかんばかりの様子で背中にのしかかってくる。

「戻せ! もとどおり戻せ!」

「ちょ―――指! 指、うえっ! やめなさい! 戻る! 元通りじゃないものが胃から戻ゥおえっぷ!」

 真糸はケイの指をせりふごと吐き出して、組み伏せようとしてくる腕を振り払った。たたみにうつぶせに引きずり倒され、しかも馬乗りになられては、可能となる動きなどたかがしれているが。それでも後ろに向けて、がむしゃらに左手を張り上げる。ケイはその一撃を、さっと身をそらして避けて―――

 そのまま真糸の尻からひっくり返って、ちゃぶ台のふちに、ガンと後頭部を打ち付けた。

 ごととん、と跳ねたちゃぶ台だけが、その後に音を立てた全てだった。さすがにぞっとして、ようやっと起こせた身体からだを、ケイに向けて引っ繰り返す。ばらけた黒髪の隙間すきま、そこにいるケイは放心したように床に伸びたまま動かない。目は開いているが。

「…………」

 情け容赦ようしゃない静寂せいじゃくが、茶の間を押しつぶす。と―――

 ケイの目尻めじりが、ぎゅうとゆがんだ。

 そのままぼろぼろと泣きながら、突然手足を振り回し始める。

「もぉーどせえええぇぇぇえ!!」

 それは、音波が視認できそうな弩級どきゅうの声量だった。

「もとどおり戻せー! また作れー!! ごはんまた作れーー! あほー! ぎゃー!」

 これが本当に妹だったら真糸がちょっと殺気立つぐらいで済んだ話なのだろうが、男(メカ)が本気で繰り出す無差別むさべつ徒手空拳としゅくうけんは、駄々だだねるという域を完全に突破していた。

 不可視の恐竜が全力で足踏みしているかのような、馬鹿げた倒錯とうさくが真糸の恐怖をかじった。共振するふすま。ちゃぶ台が震え、その上の小皿たちもまた震え、その上にあるケイの卵焼きがぺたぺた小躍こおどりする。ぱりぱりと、それ自身で割れてしまいそうな音で共鳴しているガラス戸―――そのさんたたみぎ目から、振動のせいでほこりがせり出してきていた。ぞっと、胸中でつぶやく。もしかして今こいつが平手でなぐりつけたあのたたみ、指紋のひとすじまで忠実にへこんでたりして?

「ああああぁぁぁぁ……」

 悲鳴がのどから抜けていく。こんなときに限って、息は詰まりもしない。

 そのうちなんのコツをインプットしたのか、ケイは段々とブレイクダンスじみた動きで背中で回り出した。ぐるぐる。ぐるぐるり。

 ぐるぐる回っていたのは―――から回りしていたのは、自分の方だったのかもしれない。それに気付いてしまえば、疑うべくもなかった。

(泣く子には誰ひとり勝てやしないのよ……それこそ地頭じとうがいた鎌倉時代からそうだったじゃない……ああ、早いこと思い出せばよかったわ……)

 真糸は、肩を落として悪あがきをやめた。

 それは、最後に肩甲骨けんこうこつできゅっとターンを決め、跳ね立ってみせたケイと真逆で、まさしく勝者と敗者のように見えた。

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