弱みを見せない騎士令嬢は傭兵団長?に甘やかされる

今泉 香耶

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静かな探り合い(1)

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 翌朝、早い時刻に目が覚めたミリアは、ヘルマを起こさずに着替えて部屋を出た。もともと彼女は早起きで、怪我をする前は朝食前に走っていたものだ。だが、今はそれが出来ない。走れないわけではないが、以前よりも距離を走らずとも痛くなる。仕方がないので、朝は走ることを止めて、剣の打ち込みに留めている。

(厩舎の前に広い場所があった。あそこを使わせてもらおう)

 陽がようやく姿を見せ、鳥が朝を告げる頃。宿屋を出て裏手に回る。すると、そこには既に見慣れた人物がいた。ヴィルマーだ。

「……!」

 ヴィルマーもまた、剣を持って素振りをしていた。剣を振るうたびに、ヒュッと音が鳴る。彼は上半身に衣類をまとっておらず、筋肉質の体がさらけ出されている。腕の各所と背中の筋肉を見て、ミリアは「騎士団でもこんなに鍛えている者はそうはいない」と驚く。そして「なるほど、あれだけ子供たちがぶら下がっても困らないわけだ」とも納得した。

(美しい剣ですね。それに、正しい刃筋。一体どこでどう剣術を学んだのやら……)

 しばらくそれを見ていたら、突然ヴィルマーが振り返る。

「おはよう。そんなに見ていて楽しいもんか?」

「おはようございます。気付いていらしたんですか」

「ん。声をかけてくるまで待とうと思ったんだが、一向に声がかからなかったので、痺れを切らしちまった」

 そう言って笑うヴィルマー。ミリアは壁から離れて、彼に近づいた。

「良い剣筋です。一体どこで剣術を?」

「うーん? 俺の剣が良いとわかるってことは……君もそれなりに出来るってことだろう? 昨日の戦いはやっぱりもうちょっと放置しておけばよかったかなぁ」

 話をはぐらかされた、とミリアは思ったが、そこは追及をすべきことでもない。

「とはいえ、今は足を怪我しているので。助かりました」

「馬に乗っていた様子を見たら、怪我をしているようには見えなかったんだが」

「そうですね。少しは大丈夫なのですが、長時間馬に乗っていると痛んできます」

「そうか。それは難儀だな。どこで何をして怪我をしちまったんだ?」

「魔獣の討伐で」

 その言葉にヴィルマーは目を大きく見開く。

「なんだ。そんなことまでやっていたのか。君は一体……」

「そういう現場には今は女性も多いですからね。ヘルマもその一人ですし。まあ、わたしはちょっと運がなかっただけのことですよ」

 ミリアはそうはぐらかして、ヴィルマーから少し離れた。

「わたしもここで打ち込みをさせていただいても?」

「ああ。いくらでも。気が済むまでどうぞ」

「ありがとうございます」

 そう言ってミリアは剣を構えた。ヴィルマーはそれを見て「話は終わりか」と諦めたようで、彼もまた素振りを再開する。

 しばらくすると、彼は剣を置いて分銅――ロープの両先に錘をつけたもの――を手に取った。その気配に気付いて、ミリアはそちらを向く。

「狩りをするのですか」

「うん、まあ、魔獣狩りだ。これを見て、よくわかるな? さすがだ」

「わたしも使っていたので」

 それは、魔獣討伐に欠かせない投擲(とうてき)武器だ。自分たちの体よりも大きい魔獣も多く、そんな相手に剣で倒せと言うのも無理な話。脳しんとうを狙って分銅を投げるのは普通の狩りのみならず、魔獣討伐でもよく使われる手法だった。

「この辺では、野生動物も魔獣も多いのでな。それに、残念ながら我々の中には魔導士はいない」

 魔獣討伐には魔導士が活躍をすることを知っている、ということだろう。ミリアは騎士団長として遠征をした時に魔導士をメインとした戦術をとっていたから、彼の言葉の意味がわかる。魔導士の中でも、一匹ずつへの攻撃魔法を使うものではなく、広範囲の魔法を行使出来る者。要するに、弓兵ではその代わりにはならないのだ。

 そして、魔導士と呼ばれる者はかなり珍しく、いてもみな王城付近の魔法学院に行ってしまうということも知っていた。

「なるほど。では、わたしたちもそれを購入した方がよさそうですね……」

「普通に武器屋に売っている。買うならいいやつを買った方がいい。飛び方が違うからな」

「わかりました」

 それから、2人は互いが視界に入らないような位置で、それぞれの鍛錬を続けた。結果的にミリアの方が早く終え、軽く挨拶をして宿に戻っていった。

(今日の腹の探り合いはこれぐらいにしておきましょう)

 それは、きっとヴィルマーの方もそうなのだろう。つい、彼に興味があったのと、探りをいれたかったため、共に鍛錬をしてしまった。だが、自分の素振りを彼に見せてしまっては、わかる者が見れば「騎士の剣」だとわかるだろう。

(厳密に言えば、身分はどうしても隠したいわけではない。でも、今はまだ早いかな……)

 それに。ヴィルマーもやはり「何か」を隠しているのは明白だ。ミリアは敢えて言葉で突っ込まないが、それを肌で感じ取っていた。
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