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姉弟の一日⑦
しおりを挟むルネは父上のもとに上がってくるすべての案件を把握している。
そして上にあげるべきかどうか判断に迷うものについては、皆がまずルネに意見を求める。
だから内密にルネの動向をアベルの部下に探らせているのだ。
あのルネのことだから、気付いているかもしれないが。
「異議を唱えているのは貴族派か?」
「それが……どうやら皇帝派のようで」
「皇帝派?こちら側の人間ではないか。それで、理由は」
「叙勲を受ける資格のある人間は他にもいると。リリティス様だけが叙勲を受けられるのは不公平であると……そう主張しているようです」
そもそもどこから叙勲の話が漏れたのか──いや、具体的な準備の段階に入った時点で秘匿するのは無理か。
かかわる人間が増えるほど、情報は漏れやすくなるもの。
それよりも気になるのは、異議を唱える者たちが不公平だと主張する、叙勲を受けるべき人間の存在。
「そいつらは、誰がリリティスの他に叙勲を受けるべきだと言っているのだ」
「クロエ・デヴォン伯爵令嬢だそうです」
「クロエ……デヴォン?」
「おや殿下、デヴォン伯爵令嬢と面識がございましたか」
「いや、記憶にない」
襲われたリリティスをポワレ公爵邸へ連れて行ったとき、リリティスが青ざめながら呼んだ客人の名が『デヴォン』だった。
帝国内にデヴォンという家門があることは知っているが、そう名乗る貴族とは実際に顔を合わせたことがない。
「アベル、そのクロエ・デヴォンという女を調べろ」
「かしこまりました」
リリティスを推す父上なら、例え自身の最大支持勢力である皇帝派の進言だろうとすぐさま退けるだろう。
それに関して異論はないが、リリティスのあの表情と“クロエ・デヴォン”……この件、なにかが引っかかる。
「アベル、近衛騎士の中から信頼できるものを選抜し、リリティスの周囲を見張らせろ」
「しかし、リリティス様には既に侯爵家の護衛がついているかと」
「ああ。だからその護衛の目をかいくぐれるほどの実力者を選べ。容姿は記憶に残らないよう、平凡な顔が望ましい」
今回必要なのは、護衛というよりは腕の立つ“草”だ。
情報収集が一番の目的だが、万が一の時、リリティスも守れるように。
「それと……ルカスとエリックにもだ」
「ルカスとエリック様の周囲にも、なにか懸念がおありで?」
「いや……ただ、念の為だ」
視線を向けると、ふたりは木刀を手に、一生懸命型を教わっているところだった。
しかし、自分の身を守るにはまだ程遠い。
「考えすぎかもしれないが、とりあえずリリティスの叙勲が無事に済むまでは、用心に越したことはないだろう」
クロエ・デヴォンについての調査が済み次第、リリティスに会う必要がある。
(今日会えれば、気をつけるよう言えたのだが)
なぜルカスとエリックと一緒にこなかったのか。
幼い弟たちが心配ではないのか──などという、リリティスにとっては理不尽極まりない感情が湧き上がる。
(修道院にでも行っているのだろうか)
およそ侯爵令嬢とは思えない服に身を包み、微笑みながらシーツを干すリリティスの姿が目に浮かんだ。
*
「皆さんの仲間に入れていただけて光栄ですわ!セール伯爵、オレリー様。今日はお招きくださり心より感謝いたします」
会場に足を踏み入れると、中央には既に大きな輪ができていた。
中心にいたのはクロエ嬢とセール伯爵夫妻。
クロエ嬢は感極まった様子で、夫妻に向かって招待してくれた感謝を述べていた。
“セール伯爵夫人”ではなく“オレリー様”と呼ぶあたりが、親密さの度合いを表している。
「志をともにする方とのご縁なら大歓迎よ。皆さま、新しいお友だちのクロエ嬢をどうぞよろしくお願いしますね」
セール伯爵夫人の言葉に、クロエ嬢と夫妻を取り囲んでいた招待客から拍手が起こった。
「クロエ嬢は救済事業に興味があるとか。よければ詳しくお聞かせ願えますか?」
夫妻の友人と思しき年頃の紳士が、輪から一歩前へ出て、クロエ嬢に質問を投げかけた。
「まずはご挨拶をさせてくださいませ、ドラン伯爵」
優雅に礼を取り微笑むクロエ嬢に、ドラン伯爵は目を瞠った。
「なんと、私のことをご存知でしたか」
「はい。ドラン伯爵の活動についてはセール伯爵ご夫妻からよく窺っておりました。伯爵の長年に渡る孤児救済事業が実を結び、帝都の北部地域では貧困にあえぐ多くの子供たちが救われたと……ですが、それだけではありません。ドラン伯爵はただ飢餓から救うだけではなく、学びの場も与えられたとか。成長した子どもたちが立派に職につき生計をたてていると窺った時は、わたくし、感動で泣いてしまいました」
潤む瞳でドラン伯爵に熱い思いを伝えたクロエ嬢。
慈善事業はその名の通り人の善意からなるもので、当然のごとく日の当たらない仕事だ。
娘と言っても差し障りない年齢の令嬢に、公衆の面前でこんな風に褒め称えられたら……喜ばない人間はいないだろう。
ドラン伯爵は目を細め、破顔した。
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