もう二度と、愛さない

蜜迦

文字の大きさ
76 / 117

姉弟の一日⑦

しおりを挟む




 ルネは父上のもとに上がってくるすべての案件を把握している。
 そして上にあげるべきかどうか判断に迷うものについては、皆がまずルネに意見を求める。
 だから内密にルネの動向をアベルの部下に探らせているのだ。
 あのルネのことだから、気付いているかもしれないが。

 「異議を唱えているのは貴族派か?」

 「それが……どうやら皇帝派のようで」

 「皇帝派?こちら側の人間ではないか。それで、理由は」

 「叙勲を受ける資格のある人間は他にもいると。リリティス様だけが叙勲を受けられるのは不公平であると……そう主張しているようです」

 そもそもどこから叙勲の話が漏れたのか──いや、具体的な準備の段階に入った時点で秘匿するのは無理か。
 かかわる人間が増えるほど、情報は漏れやすくなるもの。
 それよりも気になるのは、異議を唱える者たちが不公平だと主張する、叙勲を受けるべき人間の存在。

 「そいつらは、誰がリリティスの他に叙勲を受けるべきだと言っているのだ」
 
 「クロエ・デヴォン伯爵令嬢だそうです」

 「クロエ……デヴォン?」

 「おや殿下、デヴォン伯爵令嬢と面識がございましたか」

 「いや、記憶にない」

 襲われたリリティスをポワレ公爵邸へ連れて行ったとき、リリティスが青ざめながら呼んだ客人の名が『デヴォン』だった。
 帝国内にデヴォンという家門があることは知っているが、そう名乗る貴族とは実際に顔を合わせたことがない。

 「アベル、そのクロエ・デヴォンという女を調べろ」

 「かしこまりました」

 リリティスを推す父上なら、例え自身の最大支持勢力である皇帝派の進言だろうとすぐさま退けるだろう。
 それに関して異論はないが、リリティスのあの表情と“クロエ・デヴォン”……この件、なにかが引っかかる。

 「アベル、近衛騎士の中から信頼できるものを選抜し、リリティスの周囲を見張らせろ」

 「しかし、リリティス様には既に侯爵家の護衛がついているかと」

 「ああ。だからその護衛の目をかいくぐれるほどの実力者を選べ。容姿は記憶に残らないよう、平凡な顔が望ましい」

 今回必要なのは、護衛というよりは腕の立つ“草”だ。
 情報収集が一番の目的だが、万が一の時、リリティスも守れるように。

 「それと……ルカスとエリックにもだ」

 「ルカスとエリック様の周囲にも、なにか懸念がおありで?」

 「いや……ただ、念の為だ」

 視線を向けると、ふたりは木刀を手に、一生懸命型を教わっているところだった。
 しかし、自分の身を守るにはまだ程遠い。

 「考えすぎかもしれないが、とりあえずリリティスの叙勲が無事に済むまでは、用心に越したことはないだろう」

 クロエ・デヴォンについての調査が済み次第、リリティスに会う必要がある。
 (今日会えれば、気をつけるよう言えたのだが)
 なぜルカスとエリックと一緒にこなかったのか。
 幼い弟たちが心配ではないのか──などという、リリティスにとっては理不尽極まりない感情が湧き上がる。
 (修道院にでも行っているのだろうか)
 およそ侯爵令嬢とは思えない服に身を包み、微笑みながらシーツを干すリリティスの姿が目に浮かんだ。
 
 

 *


 「皆さんの仲間に入れていただけて光栄ですわ!セール伯爵、オレリー様。今日はお招きくださり心より感謝いたします」

 会場に足を踏み入れると、中央には既に大きな輪ができていた。
 中心にいたのはクロエ嬢とセール伯爵夫妻。
 クロエ嬢は感極まった様子で、夫妻に向かって招待してくれた感謝を述べていた。
 “セール伯爵夫人”ではなく“オレリー様”と呼ぶあたりが、親密さの度合いを表している。

 「志をともにする方とのご縁なら大歓迎よ。皆さま、新しいお友だちのクロエ嬢をどうぞよろしくお願いしますね」

 セール伯爵夫人の言葉に、クロエ嬢と夫妻を取り囲んでいた招待客から拍手が起こった。
 
 「クロエ嬢は救済事業に興味があるとか。よければ詳しくお聞かせ願えますか?」

 夫妻の友人と思しき年頃の紳士が、輪から一歩前へ出て、クロエ嬢に質問を投げかけた。
 
 「まずはご挨拶をさせてくださいませ、ドラン伯爵」
 
 優雅に礼を取り微笑むクロエ嬢に、ドラン伯爵は目を瞠った。

 「なんと、私のことをご存知でしたか」

 「はい。ドラン伯爵の活動についてはセール伯爵ご夫妻からよく窺っておりました。伯爵の長年に渡る孤児救済事業が実を結び、帝都の北部地域では貧困にあえぐ多くの子供たちが救われたと……ですが、それだけではありません。ドラン伯爵はただ飢餓から救うだけではなく、学びの場も与えられたとか。成長した子どもたちが立派に職につき生計をたてていると窺った時は、わたくし、感動で泣いてしまいました」
 
 潤む瞳でドラン伯爵に熱い思いを伝えたクロエ嬢。
 慈善事業はその名の通り人の善意からなるもので、当然のごとく日の当たらない仕事だ。
 娘と言っても差し障りない年齢の令嬢に、公衆の面前でこんな風に褒め称えられたら……喜ばない人間はいないだろう。
 ドラン伯爵は目を細め、破顔した。





 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

虐げられた皇女は父の愛人とその娘に復讐する

ましゅぺちーの
恋愛
大陸一の大国ライドーン帝国の皇帝が崩御した。 その皇帝の子供である第一皇女シャーロットはこの時をずっと待っていた。 シャーロットの母親は今は亡き皇后陛下で皇帝とは政略結婚だった。 皇帝は皇后を蔑ろにし身分の低い女を愛妾として囲った。 やがてその愛妾には子供が生まれた。それが第二皇女プリシラである。 愛妾は皇帝の寵愛を笠に着てやりたい放題でプリシラも両親に甘やかされて我儘に育った。 今までは皇帝の寵愛があったからこそ好きにさせていたが、これからはそうもいかない。 シャーロットは愛妾とプリシラに対する復讐を実行に移す― 一部タイトルを変更しました。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

おかしくなったのは、彼女が我が家にやってきてからでした。

ましゅぺちーの
恋愛
公爵家の令嬢であるリリスは家族と婚約者に愛されて幸せの中にいた。 そんな時、リリスの父の弟夫婦が不慮の事故で亡くなり、その娘を我が家で引き取ることになった。 娘の名前はシルビア。天使のように可愛らしく愛嬌のある彼女はすぐに一家に馴染んでいった。 それに対してリリスは次第に家で孤立していき、シルビアに嫌がらせをしているとの噂までたち始めた。 婚約者もシルビアに奪われ、父からは勘当を言い渡される。 リリスは平民として第二の人生を歩み始める。 全8話。完結まで執筆済みです。 この作品は小説家になろう様にも掲載しています。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

処理中です...