婚約破棄されたので聖獣育てて田舎に帰ったら、なぜか世界の中心になっていました

かしおり

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第一幕:失墜と再生の序章

2-1:月影城への帰還、荒涼たる現実

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 長く困難に満ちた旅路の果て、アメリア・ヴァルディアの一行がようやくヴァルディア侯爵領の境界を示す古びた石碑を通過したのは、王都を出立してから十日以上が過ぎた日のことだった。
 しかし、故郷の土を踏んだという安堵感も束の間、アメリアの目に飛び込んできたのは、想像を遥かに超える荒涼とした光景だった。

 かつて父から聞かされていた、緑豊かで活気に満ちたヴァルディア領の面影はどこにもない。
 街道沿いの畑は手入れもされずに雑草が生い茂り、点在する家々の屋根はところどころ抜け落ち、壁は風雨に晒されて黒ずんでいる。
 時折すれ違う領民たちの顔には生気がなく、その目は虚ろで、アメリアたち一行を見ても何の反応も示さない者さえいた。

(これが…私の故郷、ヴァルディア領…?)

 アメリアは、馬車の窓から見える惨状に言葉を失った。
 父が領地を離れて久しいとはいえ、ここまで荒廃が進んでいるとは思いもよらなかった。
 胸が締め付けられるような痛みを覚えながらも、彼女は唇を固く結び、その現実から目を逸らさなかった。

 やがて、馬車は領都であるシルヴァ村へとたどり着いた。
 しかし、そこもまた、アメリアの記憶にある賑わいとは程遠い、寂れた場所と化していた。
 村の中心にあるはずの広場には人影もまばらで、唯一開いているように見える酒場らしき建物からは、昼間だというのに酔っ払いの怒声が漏れ聞こえてくる。
 井戸の周りには、水を汲むための桶がいくつか転がっているが、その井戸自体が干上がっているのか、誰も近づこうとしない。
 道の隅では、痩せた子供たちが力なく座り込み、空腹を訴えるか細い泣き声が、時折風に乗ってアメリアの耳に届いた。

「……」

 アメリアは、その光景に思わず息をのんだ。
 あまりのことに、言葉が出てこない。
 隣に座るマリアも、顔を青くして唇を震わせている。

 そんな中、アメリアの膝の上で丸くなっていたヴィルが、ふと顔を上げた。
 その瑠璃色の瞳が、何かを探るように鋭く細められ、村の特定の一角をじっと見つめている。
 そして、小さく「くぅん…」と悲しげな声を漏らした。
 それはまるで、この土地に漂う淀んだ「気」や、人々の絶望を感じ取っているかのようだった。
 普通の動物ではありえない、明確な意志を感じさせるその眼差しに、アメリアは改めてヴィルが特別な存在であることを認識した。

 馬車は、シルヴァ村を抜け、小高い丘の上に建つヴァルディア家の居城、月影城へと向かう坂道を登り始めた。
 月影城は、かつてアメリアが幼い日々を過ごした思い出の場所だ。
 しかし、久しぶりに見るその姿は、彼女の記憶の中にある壮麗な城とは似ても似つかないものだった。
 石造りの壁は苔むし、ところどころ崩れかかっている。窓ガラスは割れたまま放置され、城門の蝶番は錆びつき、重々しい音を立てていた。
 まるで、長い間主を失い、忘れ去られた廃墟のようだ。

「…お嬢様、お帰りなさいませ」

 城門の前で一行を出迎えたのは、アメリアの予想通り、数人の年老いた使用人たちだけだった。
 その筆頭である老執事のセバスチャンは、長旅の疲れと、故郷の惨状を目の当たりにした衝撃で、顔色が悪かったが、それでも精一杯の笑顔を作ってアメリアに深々と頭を下げた。
 しかし、他の使用人たちの表情は暗く、その目には諦めの色が浮かんでいるように見える。

「セバスチャン、出迎えご苦労様です。皆も、ありがとう」

 アメリアは、気丈に微笑んで彼らに声をかけた。
 しかし、その声は自分でも驚くほどか細く、震えていた。

 城の中へ案内されると、その荒廃ぶりはさらに顕著だった。
 広間には埃が積もり、家具には白い布がかけられたまま。
 廊下のあちこちには雨漏りの跡があり、壁紙は剥がれ落ちている。
 かつて多くの人で賑わったこの城が、今はまるでゴーストタウンのように静まり返っていた。

 アメリアに用意された部屋も、かろうじて雨風を凌げるという程度のものだった。
 マリアが慌てて掃除を始めようとするが、その彼女の手も、長旅の疲れで震えている。

(これが…これから私が暮らす場所…私が、立て直さなければならない場所なのですね…)

 アメリアは、窓から見える荒涼とした領地を改めて見渡し、唇を噛み締めた。
 王都での屈辱も辛かったが、故郷のこの有様は、それとはまた異なる種類の絶望を彼女に与えた。
 しかし、ここで立ち止まっているわけにはいかない。
 彼女には、守るべきものがある。
 この地に残ったわずかな人々、そして、忠実に付き従っってきてくれた供たち。
 そして何よりも、この腕の中にいる、温かくて小さな聖獣、ヴィル。

 アメリアは、膝の上で心配そうに自分を見上げるヴィルの頭を、そっと撫でた。
 その柔らかな毛並みの感触が、不思議と彼女に力を与えてくれる。

(大丈夫…私なら、きっと…)

 今はまだ、暗闇の中にいるような気分だった。
 しかし、アメリアの瞳の奥には、決して消えることのない、小さな決意の炎が静かに灯り始めていた。
 この忘れられた辺境の地で、彼女の新たな挑戦が、今まさに始まろうとしていた。
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