婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり

文字の大きさ
19 / 40

5-3:過去を語る人、未来を願う人

しおりを挟む
 図書館の閲覧室の片隅、午後の来客が引けた静けさの中、私はリュカと並んで資料を広げていた。

 彼が持ち込んだ王都の古文書の写本には、さきほど見つけた記号とよく似た図形がいくつも記されていた。

「この文様……やはり王家の書式ですね。かなり旧い形式ですが、間違いありません」

 リュカは落ち着いた声で言う。

 私はふと、指先で紙の端をなぞりながら、ぽつりとつぶやいた。

「……もしこれが、重要な文書だったとしたら。こんな辺境の町の図書館に紛れていたのは、なぜなんでしょうね」

「偶然とは思えませんね。何かの意図か、あるいは……忘れ去られることを望まれていたのか」

 その言葉に、少しだけ胸がざわめいた。

 “忘れられることを、望まれた存在”――まるで、過去の自分をなぞられるようで。

「……私、昔、家の中でも“見えない存在”みたいでした」

 言葉が勝手に零れていた。気を抜くと、彼の前では心の奥が緩む。

「本ばかり読んでる。空気が暗い。社交の場でもうまく話せない。だからって、誰かに迷惑をかけたつもりはなかったのに」

 リュカは何も言わず、ただそばにいてくれる。

 だから私は続けた。

「……婚約破棄のとき、“君の隣にいてもつまらない”って言われたんです」

 それは、笑って話せるようになったと思っていた記憶。でも、語りながら気づいた。胸の奥が、まだ少しだけ痛んでいることに。

「クラリス嬢」

 リュカの声が、ゆっくりと、私の傷の上にそっと触れるように響いた。

「私には、あなたの話が“退屈”だったと思ったことは一度もありません」

「……リュカさん」

「むしろ、あなたの視点や言葉には、私が知らなかった“美しさ”があります」

「……」

「その本質を見抜けなかった男は、愚かだっただけです」

 優しい声なのに、彼の瞳には、どこか許せないものを抑え込んだような鋭さがあった。

「あなたの過去が、どんなに理不尽だったとしても――」

 彼は、そっと手を差し出した。

「これからは、あなたの未来に、私が“在る”ことを許してもらえますか?」

 その手は、触れもしていないのに、温かかった。

 私の胸の奥で、なにかがほどける音がした。

「……はい」

 私の声は、小さく震えていたけれど、それは不安のせいではなかった。

 ようやく、“信じてもいい”と思えたから。

 人を。未来を。そして、何より――自分自身を。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「影が薄い」と 捨てられた地味令嬢は、王太子に見初められました ~元婚約者と妹は、どうぞご勝手に~

有賀冬馬
恋愛
「君は影が薄い」――そう言って、婚約者の騎士様は華やかな妹を選び、私を捨てた。 何もかもを諦めて静かに暮らそうと決めた私を待っていたのは、孤児院での心温まる出会いだった。 そこで素性を隠して旅をしていたのは、なんと隣国の王太子様。 「君こそ、僕の唯一の光だ」そう言って、私のありのままを受け入れてくれる彼。その彼の隣で、私は生まれ変わる。 数年後、王国間の会議で再会した元婚約者は、美しく気品あふれる私を見て絶句する……

見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。

有賀冬馬
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。 選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。 涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。 彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。 やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

ご愁傷様です~「冴えない女」と捨てられた私が、王妃になりました~

有賀冬馬
恋愛
「地味な君とは釣り合わない」――私は、婚約者の騎士エルマーにそう告げられ、婚約破棄された。病弱で目立たない私は、美しい妹と比べられ、家族からも冷遇されてきた。 居場所を失い、ひっそり暮らしていたある日、市場で助けた老人が、なんとこの国の若き国王陛下で!? 彼と私は密かに逢瀬を重ねるように。 「愚かな男には一生かかっても分かるまい。私は、彼女のような女性を誇りに思う」妃選びの場で告げられた国王陛下の一言に、貴族社会は騒然。

「華がない」と婚約破棄されたけど、冷徹宰相の恋人として帰ってきたら……

有賀冬馬
恋愛
「貴族の妻にはもっと華やかさが必要なんだ」 そんな言葉で、あっさり私を捨てたラウル。 涙でくしゃくしゃの毎日……だけど、そんな私に声をかけてくれたのは、誰もが恐れる冷徹宰相ゼノ様だった。 気がつけば、彼の側近として活躍し、やがては恋人に――! 数年後、舞踏会で土下座してきたラウルに、私は静かに言う。 「あなたが捨てたのは、私じゃなくて未来だったのね」

私を捨てた婚約者へ――あなたのおかげで幸せです

有賀冬馬
恋愛
「役立たずは消えろ」 理不尽な理由で婚約を破棄された伯爵令嬢アンナ。 涙の底で彼女を救ったのは、かつて密かに想いを寄せてくれた完璧すぎる男性―― 名門貴族、セシル・グラスフィット。 美しさ、強さ、優しさ、すべてを兼ね備えた彼に愛され、 アンナはようやく本当の幸せを手に入れる。 そんな中、落ちぶれた元婚約者が復縁を迫ってくるけれど―― 心優しき令嬢が報われ、誰よりも愛される、ざまぁ&スカッと恋愛ファンタジー

婚約破棄されましたが、隣国の大将軍に溺愛されて困ってます

有賀冬馬
恋愛
「君といると退屈だ」 幼い頃からの許嫁・エドワルドにそう言われ、婚約破棄された令嬢リーナ。 王都では“平凡で地味な娘”と陰口を叩かれてきたけれど、もう我慢しない。 わたしはこの国を離れて、隣国の親戚のもとへ―― ……だったはずが、なぜか最強でイケメンな大将軍グレイ様に気に入られて、 まさかの「お前は俺の妻になる運命だ」と超スピード展開で屋敷に招かれることに!? 毎日「可愛い」「お前がいないと寂しい」と甘やかされて、気づけば心も体も恋に落ちて―― そして訪れた国際会議での再会。 わたしの姿に愕然とするエドワルドに、わたしは言う。 「わたし、今とっても幸せなの」

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

処理中です...