婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり

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6-1:静寂を破る足音

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 夏の終わりの風がアシュベリーの町に吹き込む頃、私は図書館の軒先に立ち、いつものように朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでいた。

 少しひんやりとした空気。澄んだ空。鳥のさえずり――変わらぬ、穏やかな朝のはずだった。

 けれどその日は、何かが違っていた。

「クラリス嬢、今日の町の市場、少し騒がしいようですね」

 リュカがそう言ったのは、午前の貸出業務がひと段落した頃。

 図書館の窓をすり抜けて届いたざわめきは、確かにいつもより騒がしく、そして少し刺々しかった。

 午後になって、その違和感ははっきりと形をとって現れた。

 図書館の扉が勢いよく開け放たれる音。

 風と共に、見覚えのある声が飛び込んできた。

「やっぱりここだったか、クラリス!」

 ――カイル・ラント。

 記憶の奥にしまい込んだはずの名前が、突然引きずり出されたような衝撃。

 私はとっさに振り返り、その場に立ち尽くした。

 金髪に碧眼、華やかすぎる衣装に身を包み、相変わらずの自信満々な笑みを浮かべたカイルが、閲覧室の中央に堂々と立っていた。

「まさか、こんな田舎町で図書館勤めとは……ずいぶん変わった趣味に目覚めたんだな」

 その声色には、かつて私を“退屈”と切り捨てたときと同じ軽薄さが滲んでいる。

 私は、胸の奥が冷えていくのを感じながらも、静かに問い返した。

「どうして、ここに?」

「……偶然、噂を耳にしたんだ。“ラント侯爵令息を振られた令嬢が、田舎で図書館司書をしてる”ってな」

 ざらりと、胸の奥を爪でなぞられるような不快感。

 リュカが無言で私の隣に立つ。その存在が、ただそこにあるだけで、私の背筋が自然と伸びる。

「お前には……俺のそばにいた方が、きっと似合っていた」

 カイルの言葉は、まるで今までの仕打ちなどなかったかのように甘く、傲慢だった。

 私は、リュカの方をちらりと見た。彼は何も言わず、けれどその瞳には、冷ややかな光が宿っている。

 ――私はもう、あの頃の私じゃない。

 そう、思えるだけの時間を、私はここで積み重ねてきた。

 でも、その言葉を口に出すには、もう少しだけ勇気が必要だった。

「……ご用件だけ、お伺いします。業務中ですので、手短に」

 私は、できるだけ静かに、けれどはっきりとそう返した。

 その瞬間、カイルの顔が微かに歪んだのを、私は見逃さなかった。

 そして気づいたのだ。

 ――私の方が、もうずっと先へ進んでいたのだ、と。
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