私を溺愛している婚約者を聖女(妹)が奪おうとしてくるのですが、何をしても無駄だと思います

***あかしえ

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 ◇◆◇


 エルウィンに連れられて、ルイーゼが向かった別邸は、割と治安のいい平民街に建てられた、小さいが割と新しい一軒家だった。貴族街に建てられている多くの屋敷とは異なり、大きさはもちろん見た目も随分とシンプルな出来になっている。
 加えて、長いこと使用されていなかったような様相を呈していた。埃だらけの室内を見て、エルウィンは一瞬怪訝そうな顔をした。認識の齟齬が発生しているらしい。

 生粋の貴族であるシュティーフェルの人間が、何の意味もなく平民街に一軒家を建築することなどない。使用人のための居住スペースは、屋敷の中に作るものだ。
 だから、この屋敷はおそらくエルウィンが使用するために作られたものだろう。エルウィンが家を望むようなことはしないだろうから……この家は、シュティーフェル伯が造らせたのだろう。社交シーズンはここに押し込めておく手筈だったのかもしれない。

 ルイーゼがエルウィンとの婚約を望んだから、その必要がなくなったに違いない、とルイーゼは推察した。

 ――だとしたら、エルウィンも相当混乱しているはず……私の面倒を見ている余裕なんかないんじゃ――
「少しそこで待っていろ。逃げるなよ」
 ないかと思っていたが杞憂だった。

 ルイーゼを玄関に待たせておくと、一人でさっさと室内に入り、空気の入れ換えを始めた。エルウィンのそんな動きを見ながら、ほこりっぽい室内の空気を感じていると、別荘での一連の出来事が鮮明に思い起こされた。
 つい先日の話なのに、遠い過去の出来事のような懐かしさを感じ、不意に寂しくなる。
 覚えているのは自分だけだから。
 もう二度とあの幸福感を味わうことはできないと、分かっているから。

「あの、お手伝いしましょうか?」
 奥に引っ込んでいるエルウィンに対し、少し大きな声でルイーゼは呼びかけると、エルウィンが廊下の奥から顔を出した。
「できるのか?」
「メイドなので」
 ルイーゼの返事に、エルウィンが訝しげな視線を寄越す。
「……ああ、そうか」
 ――信じてない……どうしてだろう? 今のエルウィンの前では、メイドの格好しかしていないはずなのに???

 エルウィンは少し考え込むような様子を見せたものの、ルイーゼの提案を受け入れた。

「そうだ、お前の名は?」
 掃除の合間に、今思い出したと言わんばかりの問いかけに、ルイーゼは一瞬の間の後――
「えっと……ヘルタ……です」
 そう名乗った。ここへ偽名を考える暇がなかったわけではないが、ルイーゼにとっては予想外の連続で、冷静にそういったことを考える余裕がなかった。

 ――名前を聞かれて、動揺したのは……偽名を考えてたから。今さら……エルウィンが、私の名前を忘れてしまったからって、傷ついたりは、しない。



 夜も遅かったため、すぐ使う場所のみを軽く掃除して、すぐに夕食をとることになった。
「……お前は本当に使用人なのか?」
「使用人です! 持ち場が違うから料理が苦手なだけです」

 ダイニングテーブルの向かいに座り夕食を囲みながら、エルウィンは呆れたような面持ちでルイーゼに問いかける。ルイーゼも慌てて弁明をするが、彼の顔に変化はない。

「昼間、何をしてたんだ?」
「昼間……ですか???」
 ――何の話だろう?
「大きな麻袋を持って歩いていただろう?」
 ――見てたの?! エルウィンってば、どこにいたのかしら???
「バザーのお手伝いのことでしょうか?」
「手伝い? ……そうか、もうそんな時期になるのか」
「ご存知なのですか?」
「俺も以前は平民だったからな」
「参加されたりしましたか?」
「いや。教会は『幽霊』が溜まっているから苦手だったんだ」
「え。教会が幽霊のたまり場……?」
 ――怖いんですけど……。

「怯えることはない、見えないのだろう? 見えない者に悪さは……しない、と思う」

 ――見えない者には、か。エルウィンが言った『幽霊』って、本当は『精霊』のことかしら? 昔は、無理にその姿を見ようとして、痛い目にあったこともある精霊。
 エルウィンが記憶を失ったからって、あの頃の――エルウィンと同じものを見ることができたなら、という想いがなくなったわけじゃない。

 ルイーゼに、精霊はまるで幽霊のようだと告げたのは、エルウィンだったかマルグリートだったか――
「どうかしたか?」
 そんなことを考えていたら、目の前のエルウィンが心配そうな面持ちでこちらを見ていた。
「なんでもないです」
「……分かりやすく嘘をつくんだな」

 ――尋問を受けている気分なんだけど……なんで気づくのかしら? 私に関する記憶はなくしてるのに。こういう小さな心配りをされると……なんだか複雑だな。

「それでなくとも教会は今、忙しい時期なのではないか? マルグリート様は、意味もなく貴族街を散歩されるような方ではないだろう」
「そう……ですね。聖女様のお披露目式が近いですから。今日は、そのルート上の安全を確認しに来たみたいですよ」
「彼女は式には参加しないと聞いているが?」
「マルグリート様は、自身が関係しないからと言って、危険を見逃すようなほうではありませんから」
「一言で聖女と言っても、性格はそれぞれ異なるようだな」

 エルウィンの言葉に、心臓がどきりと跳ねる。
 それはエルウィンが遠回しにソフィアの件を言及したから。そこには一切の甘い感情はなく、ともすれば嫌悪とも受け取ることができてしまいそうな、そんな声色だった。

「エルウィン……様は、聖女様のご婚約者だとか」
「マルグリート様から聞いたのか?」
「はい。その……聖女様のこと、愛して……いますか?」

「そんなもの、必要なのか?」

 深い考えがあったわけでも、何も考えていなかったわけでもなく、放たれた言葉にルイーゼは返す言葉がない。
 エルウィンの、今の心境を推し量ることはできそうにない。知りたいけれど知りたくない。
 彼の安全を考えるならば、ソフィアに対して、不信感にも似た思いを抱いているように見える彼に言うべきだろう。
 ソフィアを愛するべきだと。
 彼女がいかに優れた人物か、愛すべき存在かを、教会にエルウィンとソフィアの距離が、咎められる前に――。






 
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