私を溺愛している婚約者を聖女(妹)が奪おうとしてくるのですが、何をしても無駄だと思います

***あかしえ

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49.疵痕

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 ◇◆◇


 ルイーゼは、マルグリートにヘルタ夫人への伝言を頼み、しばらくはエルウィンの家で生活をすることになった。
 ここは、シュティーフェル家の人間が、不都合エルウィンを隠すために用意した家だ。メーベルト家の婚約者となった男を押しやっていただなんて、醜聞が悪くて言えやしない。だから、ここはある意味コルテス邸よりも安全だと言える――とルイーゼは考えていた。

 しかし、ここに落ち着いてもいられない。
 聖女のお披露目ひろめ式はバザーの一週間後。オフシーズンの真っ只中ただなかだが、それはソフィアが貴族としての立ち居振る舞いに、未だ不安が残ることやら、今年の天候状況諸々を考慮して、この時期に決まった。正式なお披露目のリハーサルといったところか。

 シュティーフェルの人間が、この家の事を隠したとしても、王都へ来ればエルウィンとソフィアは出会うことになるだろう。未知なる運命の力が、きっと働く。

 ――お父様に頼まれて、彼女に貴族令嬢としての教育をしていたこともあったけど……結局、上手くいかなかった。それが今になってあだになった。もしきちんとうまくいっていたら、お披露目はこんなタイミングにはならなかった……?

 ソフィアを愛さなければ、彼の身は破滅するかもしれない。
 だから、ルイーゼはやりたくもないのに、一生懸命、ソフィアをプッシュしているのだが……。



「新しい聖女様は大変お美しい方だそうですね!」
「……」
「ずいぶん気さくな方だとお伺いしました!」
「……」
「何事にも一生懸命な素敵な方だそうですね!」
「……」
「お似合いだとお伺いしております!」
「……」

「え? あの、エルウィン様? なんか、怒ってます???」
「この間からどういうつもりだ?」

 ヘルタと名乗るルイーゼを保護してから、毎日毎日、暇さえあればソフィアの話を吹き込んでこようとするルイーゼに、初めのうちは適当にあしらっていたエルウィンだが、ついに切れた。

「なぜ君は、俺に彼女を愛するように強要する?」
「それは……エルウィン様が、彼女の婚約者だからです」

「……では、違ったら?」
「え?」
「……いや、なんでもない。何を言っているんだ、俺は」

 一瞬、ルイーゼを詰問しかけたエルウィンだが、すぐに己の失態に気づいたように後悔した顔をして、ダイニングから出て行った。彼はここ数日、買い出し以外には家から出ていない。

 ――不審者である私を、見張っているつもりなのかも……。





 ◇◆◇


 バザー当日。ルイーゼは売り子として、教会の手伝いをしていた。

 エルウィンはルイーゼを不審者、あるいは不審者に狙われている被害者と考えているので、当然反対した。
 昨日の夜の晩餐ばんさんはちょっとした修羅場だった――とルイーゼは昨夜を胸中で振り返る。





「君は破落戸ごろつきから逃げているのではなかったか?」
「そ、そうなんです! 会場は大聖堂前の広場ですし、このような催しには絶対に顔を出さない連中だから大丈夫なんです」
「……相手が高位貴族だからか?」

 エルウィンからそう追求を受けたとき、ルイーゼはマルグリートが彼に話をしたのかと思ったのだ。……すぐに違うと気づいたが。
 だから、ついつい心の防御態勢があまくなり、最終的にエルウィンの口車にまんまとめられて、白状するはめになった。自分が勝手に勘違いをしただけなのだけれども。
 要約すると――『母親の暴走で、他国の高位貴族にの結婚をさせられそうになっている!』

「母親の暴走?」
「兄の話では、父もこの件を知って当惑しているようなので、兄が父を上手うまく操縦してくれれば、この話は絶ち消えるはず……です」
「……」

 ――エルウィンの顔が厳しい。記憶があろうがなかろうが、このような事態には憤りを覚える人だった。まずい……私がメーベルトの屋敷に逃げようとしていたのを、彼は知ってる。しかも――
「君は、メーベルトの関係者だと言っていたな?」
 ――あの時、なんで何も考えずにペラペラしゃべってしまったの、私!
「……」
「ソフィアに女兄妹がいるとは聞いていない。君は親類縁者か?」
「えっと……」

 ――このまま黙っていても、見逃してはくれなさそう……。話しても、問題のない言葉を考えるのよ。

「ジェヒュー様の従姉妹の親戚の入り婿の隣のおじいさんの親戚の子供の友達の――」
「言う気がないのは分かった」
 ――失敗したかしら?
「君を一人で出歩かせるわけにはいかない。何かあってメーベルト伯に迷惑がかかるような真似は、俺も避けたい」
「ですが、私はもうマルグリート様に――」
「俺も行こう」
「……はい?」




 そして、バザー当日。
 エルウィンは、意固地になりやすい性格ではないけど、本気でこうと決めたら絶対に譲らない意志の強さがある。
 ――今のこの状況がそれを証明している……のだけれど、彼にはそんな記憶はないんだろうな。

 ルイーゼは、後ろでバザー会場設営のため、木箱の整理をしているエルウィンを見ながら、心の奥底から込み上がってくる複雑な感情を押しとどめていた。ルイーゼの担当作業は、並べられた木箱の上にクロスを敷いて、売り物を展示していくこと。
 木箱のまま展示してしまえば楽なのだが、毎年木箱で怪我をする子供が出ているし、虫干しも兼ねての行いだとルイーゼは聞かされていた。

 開始と終了を告げる鐘の音などはない。
 品物を並べていると、市井の人々が品を見にやってくる。これから本格的な冬が来るという今の時期、彼らの服装は防寒対策バッチリとは言えないものだった。
 バザーに出す品は、貴族から寄付された品が主。一度着たら二度と着ることのないドレス、子供が成長したから使わなくなった寝具や衣類等、様々な不要品を彼らは持っている。
 バザーの日、大聖堂近隣へ貴族籍にある者は近づこうとはしない。

 日が高くなると、更に多くの人が訪れるようになった。ルイーゼはエルウィンに監視と言う名の護衛をされながら、精力的に売り子活動を続けている。沢山の市民が集まるこの機会を狙って、よからぬことをたくら破落戸ごろつきもいないわけではない。もしもの場合を考え、教会も警備態勢を敷いている。
 ――だからそんなに、一人でピリピリする必要はないと思うんだけどな。

 記憶を無くした今のエルウィンにここまで心配をされてしまうと、メーベルトの町屋敷へ侵入しようとしていたあの日の自分は、一体どんな顔をしていたのかと不安になってくる。彼はずっとそれを忘れずに、ルイーゼのことを心配し続けているに違いないから。

 そんなことを考えていた時だった。


「マルグリート?!」

 聞き覚えのない声がその名を叫んだ。

 活気溢れるこの場で、その叫びが悪目立ちすることはなかったが、ルイーゼとエルウィンの耳にはしっかりと届いた。
 呼びかけられたマルグリートは、売り子たちの小腹を満たすための差し入れを配り歩いている最中だった。

 今日の彼女はいつもの白いベールをつけていない。
 彼女を呼び止めるその声が響くまで、彼女が普段はベールを着けていたことを忘れていた。つつましやかな生活をするために、元・聖女という身分を隠すためにしている、と知ってはいたが、その本気度を測りかねていた。
 あのベールは、現役を退いたといえ、いまだ残る彼女の神秘性を引き立たせている――なんて思っていたくらいだ。

 マルグリートを呼び止めた声は緊張をはらんでいた。
 ルイーゼが無意識の内に、声の主からマルグリートを守ろうと動くが、瞬時にエルウィンがルイーゼの腕を掴み制止をかける。

「……いや、マルグリート……様」
 マルグリートに声をかけたのは、四十代前後と思しき線の細い男だった。薄汚れた質の悪い布で縫われた服は、間違いなく平民だろう。彼は、同年代と思しき女性と、十代前後と思しき少年少女を連れていた。子供たちは何も気づいていないようで、棚の上に並べられている子供服に夢中になっているが、大人二人の視線はマルグリートにくぎ付けになっている。
 驚愕きょうがくの口調が徐々にしおれ最終的には敬語になり、先を続けられないほどに弱り切ったものになっていった。

 何も考えずにマルグリートをかばおうと体が動いてしまうルイーゼを、エルウィンが反射的に引き止める。その瞬間の動きで、エルウィンは予想外に周囲に殺気を放ってしまったようで、場に静寂が訪れた。
 棚に手を伸ばしかけていた子供たちが驚きに手を止め、目を見開いている。

 両親も警戒した様子を見せていたが――
「……大丈夫です。彼らは……知り合いなので」
 マルグリートのその言葉で、周囲に徐々に喧噪けんそうが戻り始めた。




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