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第184話 「止まった時の中で、届かない恋を抱いて」
青年は手のひらに乗せた黒い手袋を見つめ、まるでそこに眠る記憶を撫でるように、ゆっくりと語り始めた。
⸻
……初めてアスに会った日のことは、今でもはっきり覚えている。
あの頃、俺は国境の最前線に配属され、ただ命令をこなし、生き残ることだけを考えていた。
戦場はいつも同じ匂いがする——鉄のような血の匂いと、乾いた土の匂い。
心まで錆びていくような日々だった。
そんな中、補給隊と一緒に、一人の青年がやってきた。
背中に大きな荷物を背負い、髪に砂埃をつけたまま、それでも真っすぐな笑顔を浮かべて。
「今回の任務、よろしくな。俺はアス——アス・ディルナだ。気軽に呼んでくれ。」
握手をした瞬間、指先から伝わる温もりに、なぜか心がざわついた。
戦場の冷たさに慣れすぎていた俺には、その温もりは眩しすぎた。
⸻
それからの日々、俺たちは同じ部隊で任務をこなした。
夜の見張りの時には、焚き火を囲んでくだらない話をした。
「なあ、お前、故郷に好きな奴とかいねぇの?」と茶化された時、俺は笑って誤魔化したが——本当は、もうその頃には答えが変わっていた。
ある夜、ふと、俺は自分の秘密を打ち明けた。
「……俺には、古代に失われた魔法が使えるんだ。」
「古代魔法? そんなの、伝説だと思ってた。」
「俺も、ずっとそう思ってたよ。でも……これは事実だ。
一生に一度だけ、ほんの短い間、自分と対象者以外の“時間”を止められる。」
アスは目を見開き、それから、にやりと笑った。
「なんでそんな大事なこと、俺に話すんだ?」
「……わからない。でも、いつかお前に必要になる気がした。」
「ふーん……そうか。」
その時、アスは意味深に笑ったけれど、何も言わなかった。
俺はその笑顔を、ずっと忘れられなかった。
⸻
……やがて、知ってしまった。
アスの瞳の奥には、俺じゃない誰かがいること。
休憩中、ふと彼が語った名前——「ルカ」。
「ルカは……世界を変える。会ったら、きっと笑ってくれる。」
その時のアスの横顔は、俺に向けるものよりもずっと柔らかかった。
胸が締めつけられるようだった。
わかっていた。自分じゃ勝てないと。
それでも、彼の隣にいたかった。
⸻
あの日——鎖に囚われ、西の王に操られたアスがルカの前に立った時、俺はただ祈ることしかできなかった。
戦闘の末、ルカの力が鎖を砕き、アスは自由になった。
けれど、その身体はもう限界を迎えていた。
その瞬間、俺は迷わず魔法を使った。
世界の色が音を失い、風も焚き火も止まる。
静寂の中、動いているのは俺と、腕の中のアスだけ。
「……これが、お前に使う最後の魔法だ。」
「……時間、止めたのか。」
「そうだ。俺と、お前だけの時間……これで終わりだ。」
アスは驚いたように目を見開き、それからゆっくりと笑った。
「……お前、本当に俺のこと……好きだったんだな。」
「愛してた。今も、これからも。……でも、届かない。」
「……ああ。俺は……ルカを、愛してる。」
その言葉は、わかっていたはずなのに、胸を裂くように痛かった。
アスは懐から黒い手袋を取り出し、俺に握らせた。
「鎖が消えた今だけは、俺は自由だ。この最後の瞬間に、お前に託す。
……これをルカに渡してくれ。」
「なぜ、俺に?」
「お前になら、託せる。……俺の気持ちも、少しはわかってくれるだろ。」
俺は頷き、その手を強く握った。
「……ああ。必ず届ける。」
時間を解くと、世界が再び動き出し、アスはルカの腕の中に崩れ落ちた。
俺の腕から離れたその背中は、もう二度と振り返らなかった。
⸻
青年は黒い手袋をルカに差し出す。
「……これが、あいつの最後の願いだ。」
その指がわずかに震えているのを、ルカは見逃さなかった。
そしてルカは、何も言わずにその手袋を胸に抱きしめた。
その瞳には、青年の知らない涙が静かに滲んでいた。
⸻
……初めてアスに会った日のことは、今でもはっきり覚えている。
あの頃、俺は国境の最前線に配属され、ただ命令をこなし、生き残ることだけを考えていた。
戦場はいつも同じ匂いがする——鉄のような血の匂いと、乾いた土の匂い。
心まで錆びていくような日々だった。
そんな中、補給隊と一緒に、一人の青年がやってきた。
背中に大きな荷物を背負い、髪に砂埃をつけたまま、それでも真っすぐな笑顔を浮かべて。
「今回の任務、よろしくな。俺はアス——アス・ディルナだ。気軽に呼んでくれ。」
握手をした瞬間、指先から伝わる温もりに、なぜか心がざわついた。
戦場の冷たさに慣れすぎていた俺には、その温もりは眩しすぎた。
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それからの日々、俺たちは同じ部隊で任務をこなした。
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ある夜、ふと、俺は自分の秘密を打ち明けた。
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「古代魔法? そんなの、伝説だと思ってた。」
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「なんでそんな大事なこと、俺に話すんだ?」
「……わからない。でも、いつかお前に必要になる気がした。」
「ふーん……そうか。」
その時、アスは意味深に笑ったけれど、何も言わなかった。
俺はその笑顔を、ずっと忘れられなかった。
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……やがて、知ってしまった。
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休憩中、ふと彼が語った名前——「ルカ」。
「ルカは……世界を変える。会ったら、きっと笑ってくれる。」
その時のアスの横顔は、俺に向けるものよりもずっと柔らかかった。
胸が締めつけられるようだった。
わかっていた。自分じゃ勝てないと。
それでも、彼の隣にいたかった。
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けれど、その身体はもう限界を迎えていた。
その瞬間、俺は迷わず魔法を使った。
世界の色が音を失い、風も焚き火も止まる。
静寂の中、動いているのは俺と、腕の中のアスだけ。
「……これが、お前に使う最後の魔法だ。」
「……時間、止めたのか。」
「そうだ。俺と、お前だけの時間……これで終わりだ。」
アスは驚いたように目を見開き、それからゆっくりと笑った。
「……お前、本当に俺のこと……好きだったんだな。」
「愛してた。今も、これからも。……でも、届かない。」
「……ああ。俺は……ルカを、愛してる。」
その言葉は、わかっていたはずなのに、胸を裂くように痛かった。
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……これをルカに渡してくれ。」
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その瞳には、青年の知らない涙が静かに滲んでいた。
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