『ATRI』という神ゲーがついに発売されてめちゃくちゃ面白かったからレビューしたくなったよって話

みやほたる

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ATRIアトリ -My Dear Moments-』

発売日:6/19
企画・シナリオ:紺野アスタ
制作:フロントウイング、枕
製作:アニプレックスエグゼ



 アニメーション関連会社として知られるアニプレックスが発足した新ノベルゲームブランド、アニプレックスエグゼ。本作品はそのブランドの第一弾を飾る作品です。
 制作に携わるスタッフは皆ビジュアルノベルゲーム界隈では名の知れた方々ばかりで(例えばフロントウイングは『グリザイア』シリーズを作った会社)、ファンの間では作品発表段階からかなりの期待が寄せられていました。
 そしてその期待の全てに応え「ビジュアルノベルゲーム」というゲームジャンルの面白さを再度教えてくれたのが本作品、『ATRI -My Dear Moments-』(以下『ATRI』)です。
 今回は、ネタバレを極力避けてその魅力を全力で語りたい!!



あらすじ
 舞台は近未来。原因不明の急激な海面上昇により、地表の大部分が深海に沈んでしまった地球。蝕まれるように多くを失っていった人類は、この滅び、絶望を穏やかに受け入れていました。
 片足を失い、心に深い傷を負った主人公、斑鳩夏生いかるがなつきもまたその一人。
 物語は、夏生が借金返済のため、海の底へと沈んだ祖母の自宅に金目のものを探しにいくところから始まります。
 そしてそこで出会ったのがヒューマノイドの少女、アトリ。
 アトリは夏生の「足」になると宣言し、夏の終わりまでの45日間を共に過ごさせて欲しいと話すのです。
 最初は彼女をうざったく思っていた夏生ですが、快活で奔放で、けれど時折母のような優しさを見せるアトリに導かれ、多くの人と関わるようになります。そして腐っていた心が前向きになっていくことで、夏生は再び歩き出すための決意をするのです。
 これは、心に傷を抱えた少年と、無垢なアンドロイドの少女が紡ぐ、ひと夏のボーイ・ミーツ・ガール。
 ──時よ過ぎ行け、お前は残酷だ。



感想・評価点
 ビジュアルノベルゲームを構成する要素はざっくり4つです。
 シナリオ、グラフィック、音楽、そしてスクリプト。
 その一つ一つに焦点を当てていきます。

・磨き抜かれ、洗練された王道のシナリオ!
 本作品はロープライス作品、2000で買える作品です。
 そのため、シナリオボリュームも比較的こじんまりとしています。だいたい15時間前後です(フルプライスは通常24時間以上)。ヒロインはアトリだけであり、ルート派生もほとんどありません。
 しかし、その15時間をまさに駆け抜けるように楽しむことが出来ます。
 前半(体験版部分)は、美少女ゲーム的な萌え要素と、ライター先生お得意の青春サイエンスとでも呼ぶべき展開が絡み合いながら進行していきます。サブキャラや世界観もテンポ良く紹介してくれるので非常に面白い。「子供たちが大人に出来ないことをやってのける」というジュブナイルの面白みがあり、その中心で活動するなかで夏生が周囲と打ち解けていく様はまさに青春王道と言えますね。
 その後の展開も、恋愛もののど真ん中、アンドロイドものの鉄板をしっかりと突き、王道ゆえの安定した面白みを発揮してくれます。全体を通して「丁寧にしっかり作りこまれているな」という印象でした。
 逆に言うと、トリッキーさや逆張り的な要素は少ないです。「今まで見たことのない奇抜な展開が欲しい」という方は少し合わないかもしれません。
 とはいえ、コンパクトながらも王道を外さないシナリオは、初心者に優しい設計とも言えます。万人受けする“ウェルメイド”な作品であることは間違いなく、多くの方のノベルゲーム入門として相応しいシナリオに仕上がっていると思いました。

・透明度の高い美麗なグラフィック!
 『ATRI』最大の特徴とも言えるのが、このグラフィックです。
 世紀末的な衰退、退廃を醸し出した背景はとにかく全て美しい。
 設定上、海がよく描かれるのですが、その透き通るような青さはホントに何とも言えない。気になる人は是非とも一度公式サイトで確認して欲しいです。
 素晴らしいのは背景だけではありません。キャラに関してもそうです。
 立ち絵の表情パターンも多く、かなりコロコロ変わってくれます。特にヒロインであるアトリの表情は絶妙です。喜怒哀楽をしっかり描きわけつつ、としての、としての、としての彼女も忘れていません。
 美しさを押し出したイベントCG、一枚絵の魅力も凄まじいですし、SDと呼ばれる可愛さ重視のグラフィックも随所に採用されることで、作品をマイルドに仕上げてくれています。ここでもやはりアトリが際立ってますね(笑)。
 グラフィックは一切欠点などなく、むしろ「こんな綺麗なグラの作品2000円でいいのっ!?」ってくらいです。それくらいとにかく美しい。この部分だけで2000円の元は取れると思っていいです、間違いなく。(ちなみにクリア後はギャラリーで確認できるようになります)

・時に明るく、時に儚く、時に壮大な音楽!
 『ATRI』の魅力をより引き立て、プレイヤーを掴んで離さない音楽もまた素晴らしいです。
 この作品、15時間のなかに「ジュブナイル」「恋愛イチャラブ」「アンドロイドもの」など、複数の要素をギューッと詰め込んでいます。そのため、ともすればチグハグさや不整合をプレイヤーに感じさせかねないのです。
 それを阻止し、ひとつの作品としてのまとまりを与えているのは、ひとえに物語を彩るBGMだと思います。場面ごとに相応しい音楽が流れることで、プレイヤーは無駄な意識を割かずにすんなりとストーリーを楽しめるというわけです。
 またOP、EDも共に素晴らしいですね。歌詞の内容含め『ATRI』という作品の方向性をきちんと示しています。OPはYouTubeで「アトリ」と検索していだければ、公式の動画が出てきます。グラフィックも合わせて確認できるので、興味ある方は探してみてください。
 OP、ED含めて全24曲。繊細なものから弾むようなもの、寂寥を感じさせるものと実にバリュエーション豊かな音楽の数々が、作品に深みと心地よさを与えてくれています(ちなみにBGMもクリア後はギャラリーで聴くことが出来ます)。

・地味だけど大切、ノベルゲームならではのスクリプト!
 最後はスクリプトですが、これはそもそも知らない人がいそうなので、先に軽く説明します(ただし本場のプログラミング的な話は割愛)。
 まず、本っ当にざっくり言ってしまえば、ビジュアルノベルゲームは「高品質の紙芝居」です。物語をイラストや音楽、ボイスによって彩るエンタメですから。
 スクリプトというのは「紙芝居の順番とめくりかた」だと思ってもらえれば大まか大丈夫です(パワポとかで使うアニメーションにも近しいかな)。今までと違って「素材の見せ方の領域」であり、その意味でと言い直せます。
 さて『ATRI』のスクリプトですが、非常によく出来ていました。特に冒頭から頻繁に使われる「泡」の演出には思わずため息が漏れるほどです。
 単純に絵と絵を繋げるだけでなく、物語のテンポに合わせてメリハリを利かせているのがイイですね。また感動的なシーンでは粋な演出でプレイヤーの涙腺をゴリゴリに刺激してきます。特に後半のあるシーンが個人的には最高でした。
 アニメでも小説でもない、ノベルゲームだからこその体験、面白さだったなとしみじみ感じました。

・その他もろもろ
 物語を支える要素としてシナリオ、グラフィック、音楽、スクリプトを提示し、それぞれ語ってきました。
 ですが、ノベルゲームを支える要素は他にもまだあります。
 そのうちの一つは声優さんの演技です。キャラクターをより生きいきとさせるためには必須の要素と言えますね。
 『ATRI』は主人公の夏生以外は全編フルボイスです。サブキャラの演技も皆さま素晴らしいのですが、ここではメインヒロインであるアトリを演じられた、赤尾ひかるさんの演技に絞って話をしたい。
 まず、単純に可愛いです。言動の幼いアトリの無邪気で奔放な様子が、赤尾さんの少し舌足らずであどけなさを残した声で、よりキュートに表現されています。同時に、少し落ち着いた温かみのある声が、アトリが垣間見せる母性をギャップによりさらに強調してくれます。
 「『ATRI』の持つ魅力の一端=メインヒロイン、アトリの魅力」です。主役を見事演じきった赤尾さんの実力があったからこそ『ATRI』という作品は一段も二段もその面白さを上げたなと思います。
 また、ゲームとしてのシステム面、UIの利便性の貢献も少なくなかったなと思いました。特別さはないのですが、セーブやオート、ショートカットキーの設定など、プレイの上で不便を感じないよう丁寧に作られているなという印象でした。初めてノベルゲームをする人も感覚的に理解しやすいよう設計されているのは良かったです。
 それと、ゲームとしての側面を強調するためのある工夫が仕掛けられているのも好きでした。細かいところですが「ノベルゲーム」ならではの仕掛けが個人的には刺さりましたね。
 他にも挙げられる魅力はいくつもありますが、ひとまずここで区切りたいと思います。



総評・まとめ
 ロープライスながら作品を構成する要素が全て高水準。
 「ビジュアルノベルゲーム」のエンタメ性をそのままハイクオリティに押し上げた良作であり、入門編として非常に多くの人にオススメできます。

【ここが良かった!】
・コンパクトながらも安定した面白さと感動のあるシナリオ
・シナリオを彩り「ノベルゲーム」に仕立て上げてくれる圧倒的なグラフィック、音楽、スクリプト
・初心者でも簡単に使えるシステム面のストレスフリーさ
・2000円前後とお手頃価格で手を出しやすい
【ここが気になる!】
・王道であるがゆえに、展開自体に物珍しさは薄い
・基本的に「夏生とアトリの物語」であるため、魅力的なサブキャラがいても攻略は不可能
・ゲームディスクや設定資料集などの特典付きサントラが10月末に発売されるため、急ぎでない人は今steamで無理に買う必要はない(ただしゲーム本編のみを楽しみたいならセールを行っているタイミングがお得)



結びに
 「ノベルゲームだから、おもしろい」というスローガンの元に発足したアニプレックスエグゼ、そのブランド第一弾に相応しい作品だったと改めて思います。
 単純なイチャラブに還元されないテーマ性も持っており、多くの人がこれを機にノベルゲームへの興味と理解をより深めてくれることを期待したくなりますね。
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