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第10話 『召喚士ギルド』

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次の日。

やっと外に出る気になって、ジルはいつもの服に着替えた。



「…それ、目立つな」



レンの服はゆったりしていて、少し胸元が露出している。



「……そうだ、な」



レンが、恥ずかし気に、袖で噛み傷の残る胸を隠した。



「…着替えて」



さすがにあんまりだと思ったので、ジルは自分の服を貸した。

着替えたレンは―



「少し大きいぞ、これ」

「いや、体格差だから仕方ないだろ」



少し服がぶかぶかだった。

だが、嬉しそうに、匂いを嗅いでいる。



「私の猫のにおいだ」

「猫なのか」

「そう、猫」





召喚士ギルドへと行くために、外へ出る。

久しぶりの外は、何だか眩しかった。



「…眼にしみる」

「ずっと部屋の中にいたからな」

「……」



部屋の中でしていたことを思い出したのか、レンが頬を染めて視線をそらした。

その様子を見て、また押し倒したくなったが、我慢してジルはレンの手を引いて歩く。



「召喚士ギルド、というのは何をするところなんだ」

「冒険者ギルドとは別に、召喚士をまとめているところだ。…召喚獣と契約者の登録をしたり、召喚に関する研究、および資料の管理、だったかな」



事前に召喚士ギルドについては、レクゼルに聞いて調べていた。

レクゼル自身も精霊術士として昔は所属していたらしく、詳しく教えてくれた。

多分、これからろくでもないことが起きるということも。



「うわー…」



召喚士ギルドを見て、ジルは舌打ちした。

白亜の大理石で作られた聖堂のような建物。

その入口までが芝生に手入れされた芝生に包まれていて、真ん中を石畳の道が貫いている。

あまたの名のあると思われる幻獣や精霊、魔族の像が、芝生ののいたるところに並んでいる。



「……あれは神話級幻獣、レイラ=シェル=リングだな。確かに今、受肉しているとは聞いているが」

「……」

「あっちはグランディオ=ヴィー=カイン。これも確か今この世界にいる魔獣ではなかったか。…グランツェの『親』か」

「親って何?」

「『神話級聖獣』『神話級魔獣』からあふれだすアストラルから私たちは生まれるから、その源『親』と呼ぶ。…私には、いないんだが、な」

「…?」



レンが少し視線をそらした。



「私は少し生まれ方が特殊なんだ」

「…」



召喚士ギルドを前に、これ以上聞くつもりはなかった。





召喚士ギルドに入ると、多くのローブ姿が目についてジルは更に嫌になった。

皆ローブの背中に、召喚士を象徴する天から降りてくる翼と祈る人間の刺繍がしてある。

受付で、ジルは手紙を出した。



「…呼ばれたジル=ラジェンダですけど」



手紙を見た受付嬢は目を丸くして―ジルとレンを見比べて、



「ああ、はい。承りました、どうぞこちらにっ」



いきなり奥へと案内された。



「ジル。何かあったら、私に任せてくれ」

「…そんなに物騒なこというな」



ジルも、何を言われても、レンを手放すつもりはない。

最悪の場合は暴れてやるつもりだった。

右へ左へ、迷路のように曲がった赤い絨毯の廊下の先に、大きな両開きの扉があった。

受付嬢がその扉をノックする。



「来られました。ジル様です」

「どうぞ、通してください」



涼し気な男性の声だった。

受付嬢がドアを開き、恭しく手を伸ばして2人を促した。



「どうぞ、おはいりください」





「初めまして。私が召喚士ギルド、ラグナロクシティ支部のギルドマスター、レインです」

「…ジルです」



声のとおり上品な美青年が笑った。

…何だか、気に食わない。

ジルの中で警鐘が鳴る。

大体この勘は、あたる。

握手だけはかわした。



「どうぞ、ジル様、聖獣様ともどもおかけください」



ふかふかのソファだった。

冒険者ギルドのものとは比べ物にならないくらいだ。

あの荒くれ者たちの集まった空気の方が、ジルは好きだった。

こういう綺麗な場所は嫌いだ。



「突然の申し出で申し訳ないのですが―ジル様、レン様を譲渡していただけませんか」



光の速さでジルは断った。



「コウエンに聞いた。俺は何の法にも触れてないし、聖獣を別に悪事に使うつもりはない」



「それでも、ですよ。召喚士でもない人間が聖獣を従えているという事実に召喚士ギルドはざわめいています。これは前代未聞のことなんですよ。しかもあなたはSランク冒険者で、これ以上の戦力は必要ないでしょう。それに、貴方が力を持ちすぎることでいろいろな均衡が崩れますし、そういった意味でも聖獣様はこちらでお預かりするのが適切かと」

「それ、建前」



ジルは笑った。



「召喚士が犠牲型召喚を行ったせいで召喚士ギルドの面子今めっちゃ丸つぶれだよな。ブラックスミスギルドとも仲が悪くなってるって聞いてる。大方筋書きを変えたいんだろ」

「何を、おっしゃって」

「ユージーンと親しいSランク冒険者が、さらなる力を狙って彼の召喚に介入し、聖獣を奪いました。ユージーンは犠牲型召喚を行ったとみなされて、監獄行になってしまいたが、実は誤解だったのです。ぼくたち召喚士ギルドは例の冒険者から聖獣様を取り返し、ユージーンの犠牲型召喚の疑惑を晴らしました。実は悪いのはジルだったのです。証拠は後ろめたいから、ブラックスミスギルドを通さず義手を作ってもらったこと…ってとこですかね、ギルドマスター様」

「何を言ってらっしゃるんですかね」



レインはキレやすいのか、もはやかぶっていた猫が10匹くらい落ちていた。

口元がひくひくひきつっている。

ジルは笑った。



「猫、落ちてる。俺でももっとかぶれるっての」

「……ああ認めます、認めますよ。全部あなたのいう通りだ、『疾風』」



がたん、と乱暴に音を立ててレインが杖をついて立ち上がった。

ぎし、と何かが軋む音がした。



「そう、犠牲型召喚が公になってから、ブラックスミスギルドとの間に溝が生じたんですよ。おかげで、召喚で四肢を失ったものが義肢を作ってもらえなくなりましてね。全部あなたのせいなんです」

「俺のせい?何で?」

「あなたは、ユージーンのコンプレックスの原因になった。あんたさえいなければ、こんなこともなかったんですよ。今も多くの召喚士が苦しんでいる」

「それは覚悟の問題だよな。ブラックスミスがいるから身体持ってかれても平気です、は召喚士として頭足りないだろ」

「それでも、召喚士が四肢を持っていかれるから、ブラックスミスギルドは潤ってるんですよ!!なのにあいつらときたら、他に稼ぎ口があるからって生意気に、僕たちの義肢の作成やメンテナンスをしてくれなくなって」

「俺たちだって」



ジルは立ち上がった。



「死んだり殺されたりする可能性を前提にして、冒険者をしている」



初めてのゴブリン退治で漏らすというみじめな思いもした。

血を吐くような修行もした。

冒険者に戻ってからも何度も死線を潜り抜けてきた。

ジルは、いつも死ぬ覚悟を以て仕事をしている。

身体の一部が欠損するのを覚悟している。

だからといって、ブラックスミスがいるから大丈夫、とは思わない。

だからこそ、それを補ってくれるブラックスミスがいることがありがたい、と思っている。

スピカがいたから、ジルは『疾風のジル』に戻れた。



「命を覚悟してるんなら、犠牲型召喚に使われてもいいだろ!!」

「あいつのはただの裏切りと傲慢だ!!」



ジルは叫び返した。

スピカの言葉をまた、思い出す。



『召喚士はなにかってーとすぐに体を犠牲にして召喚獣呼んでは義手だの義足だの人工内臓なぞ作ってくれと言ってくる馬鹿者だ』



ユージーンを思い出した。

ああ、ここにもスピカの言った召喚士バカがいる。



「行け!ヴィオラ!!」

「はいはーい!!」



レインの怒声に応えて、場違いに軽い声とともに、一人の緑色の髪の青年が現れた。

レンと似た気配だ。

ー聖獣だ、とジルは直観した。



「久しぶりだねー、『親ナシ』ー!ここで戦やりあうことになるとは思わなかったけど!!」



レンがジルの前に回った。



「…下がれ。ジル」

「レン」

「いいから下がれ」

「……」



多分、レンは相手がグランツェと同じくらい危険だから、ジルを守ろうとしている。

ーが。



「…ごめん、マスター。俺、できないわ」



ヴィオラの方が、そっぽを向いた。



「何で!何でだあ!!!」

「気づかないの?」



ばたばたばたばた。

凄まじい数の足音が響いてきてードアが、蹴り開けられた。



「ジルーーーー!!」



大勢の声がばらばらにジルを呼んだ。

戦闘はコウエンだ。

その後ろに、冒険者共あらくれものどもが集まっている。



「ジル!!何もされていないか!!」



駆け寄ってきたコウエンに、ジルはがしっと腕を掴まれた。

ちょっとジルも引きそうな勢いだ。



「え、と、されそうになってたというか」

「善良な冒険者に濡れ衣を着せようとしたな!許さんぞ、ギルドマスターレイン!!」



コウエンが怒鳴った。

背後に続く冒険者たちも抗議の声をあげている。



「あの戦闘狂ジルが聖獣奪って強くなりますとかやるわけないだろ!!」

「俺、見てたぜ。左腕なくしたとき、必死にどうにかならないか素振りしてたの。何かそこの聖獣とイチャイチャしてたけど」



ビクトルだ。



「俺なんかファイトストリートで『リハビリ』って名目でぶちのめされたもんなー」

「俺たちの『疾風』を汚すな!!」



冒険者は、数十人は、いる。どの冒険者もAランク以上だ。

いくら聖獣でも、逸話級でもなければこの数はきつい。



「俺、名無しの聖獣だからさ。この数は無理ですわ、マスター」

「い、いいからやれえっ!そこのジルだけでもいい!!」



もはやレインは半狂乱だった。

全ての企みが明るみに出てしまったのに、私怨だけでジルを狙っている。



「だーかーらー、そいつに全員が味方しちゃってるんだって」



駆けつけてくれた大勢の冒険者に、ジルは胸が熱くなった。

奴隷にされやすい猫牙族がSランク、というだけで、他の冒険者から差別の眼で見られたこともある。

だが、こうして多くの冒険者が、ジルのために駆けつけてくれた。

彼らの言葉は、ジルを信じるものばかりだ。



「……話はレクゼルから聞かせてもらった。これ以上、我がギルドに所属する冒険者を汚すような真似をするならーこちらも、徹底抗戦するぞ」



コウエンの目つきは鋭い。

彼は年齢で冒険者を引退したが、その体はいまだに鍛えられて引き締まっており、眼つきも鋭く、他の冒険者と比べても遜色ない。



「くっ…」



レインが膝をついた。

ヴィオラがやれやれ、とばかりに肩を竦める。



「ほらねー。無理ゲーだから」





結果的に、ジルに濡れ衣が着せられることはなかった。



「ありがとう、レクゼル」



戻った酒場のカウンターで、ジルは彼に礼を言った。

レクゼルは、召喚士ギルドからジルに手紙が来た時点で、既に情報を掴んでいた。

だから、冒険者ギルドに伝えて動かしてくれた。

レクゼルが笑う。



「いいっての。少しはすっきりしたか?」

「え?」

「最近すげー殺気だってたしヤケ酒すごかったから。今はそれがない」

「あー…」



何だか胸の中の風通しがよくなった感じだった。

ユージーンのことは割り切れたわけではないが、窮地に駆けつけてくれた多くの冒険者が寄せてくれた信頼が、ジルの傷を埋めてくれた。



「ああ。何か風通しがよくなった感じ」

「そっか。んじゃ、今日は快気祝いにベヒーモスのステーキでも焼くわ」

「ああ、そうだ、レクゼル」



ジルはずっと頼もうと思っていて忘れていたことを思い出した。



「ここ、”拠点宿”にしたいんだけど」



”拠点宿”とは、世界を旅する冒険者が、自分の拠点とする宿のことだ。

冒険者は家を持ちにくいため、こうして家の代わりに、宿に自分の場所を持つことが多い。



「いいぜ。でも俺にプレイ見せるのはやめろよ」

「……私は悪くない。ジルが悪い」



レンがジルから目をそらした。



「…すんません。とってもあの時荒れてました」



ジルは頭を下げた。顔が熱い。

今思い出すと、めちゃくちゃ恥ずかしい。

何をやっていたんだ俺は、という気分だ。

あの時のジルはやけくそだった。



「分かったならいいっての。んじゃ焼くからちょっとまってなー」



香ばしい、いい香りがしてきた。

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