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第27話 『ねこと鍛冶の神様、「復讐」に立ち向かう』

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静かに、雨が降ってっ来る。



まるで天が涙を流しているかのように。







召喚士の葬式は特殊だ。



土葬ではなく、火葬する。



魂が肉体にとらわれることなく自由になり、いつしか人に力を与える召喚獣として蘇るように、との願いをこめてそうなっているららしい。







ユージーンの『おかしい』義体は取り外され、義体を作る専門家が集まるるブラックスミスギルドに鑑識に回された。



ギルド関係の問題はギルドで。



だから、本来一番適している『鍛冶を追求し続ける神』スピカには、それは回ってこない。







ユージーンの右半身は特別に、新しい義体が備えられていた。



左半身だけで火葬するのはあんまりだからだ。



通常は義体ごと高熱で燃やすのだが、ユージーンのそれは、事前の火葬温度を確認するための作業でも、何度にしても、それを受け付けなかったらしい。







召喚士ギルドの裏にある葬儀場には、多くの召喚士が、道を作るように真ん中を開けて左右に並んでいた。



そこから、ユージーンの遺体の入った棺がゆっくりと四人の召喚士によって運び出される。



その先頭を、ギルドマスターレインが歩く。



そして、参列者の向こうには、炎の精霊が特別に呼び出した、聖なる炎が燃え上がっていた。







召喚士たちは皆すすり泣いていた。



ジルも参列を許された。







ギルドマスターレインが炎の前にたどり着いた。



背後には棺桶。



彼は両手を掲げて、雨降る天へと叫んだ。







「天よ、その涙に感謝いたします!どうか、この哀れなる召喚士の魂に、救いと、大いなる力をお与えください!!」







『魂に救いを!!』







召喚士たちの声が、一斉に唱和した。



ギルドマスターレインが、一歩左にのいた。



運ばれていた棺が、聖なる炎の中へと送りこまれ―ぱちぱちと音を立てながら、より盛大にそれは燃え上がった。







それを眺めながら、ジルは友と共に駆け回った日々を思い出していた。



自分と同じ26歳。



その歳で、ユージーンは死んだ。







冒険者は短命だ。



その歳若さで死ぬことはよくある。



ジルがこらえきれなかった涙が、頬を伝う。



それは一見、雨に濡れているように見えたが、レンはしっかりと見ていた。







「ジル」



「…今、だけだ。今だけ」







冒険者の死は何度も見てきたし日常茶飯事だから、今更泣くのはおかしいし、いちいち泣いてもキリがない。



ジルはもう、誰が死んでもなかないように割り切れるようになっていた。



ただ―今回だけは、どうしてもこらえきれなかった。







『救いあれ!!』







すすり泣く召喚士たちの声が、また、唱和した。











葬儀が終わった後。



ジルは召喚士ギルドを出て、真っ先にスピカの元へと向かった。



工房では、珍しくスピカが仕事をせずに、木のテーブルの上にのせたウイスキーの瓶と共に待機していた。



「よ。お疲れさん」



びしょ濡れのジルとレンに、彼はタオルを投げつけてきた。



それを受け取って、ジルはわしゃわしゃと顔と髪をぬぐう。



三つ編みもほどいた。



レンも丁寧にぬぐう。







「座れよ」



「……」







ジルとレンは腰かけた。



レンはなんといっていいか分からない、という様子だった。



スピカがアイスペールから大ぶりの氷をグラスにいれて、ウイスキーを注ぐ。





「ちょっと飲ませてくれ」





スピカがウイスキーを煽る。。

珍しく、彼は荒れていた。

ジルは、スピカへと『ソレ』を差し出した。



「ああ。お前ならやってきてくれると思った、ジル」



それは、義体の小指だった。

ジルが、ユージーンの死を契機に、医療関係者が駆けつけてくる前にちぎったものだ。



それがどんな動きをしたか、ジルはスピカに説明した。





「…なあ。全部知ってるんだろ」



ジルの問いに、2杯目のウイスキーを自分のグラスに注ぎながら、スピカが頷いた。



「知ってる。レクゼルに聞いた。こっから先はレクゼルも知らない…酔わなきゃ話せねえくらいのもんだ」



再びウイスキーを口にしながら、スピカが話し始めた。



「俺がじっちゃんに弟子入りしたころの話だ。兄弟子がいた。そいつの名は、バルカス=クロウス」

「バルカス…」



スピカが頷く。

ジルも聞いたことのある名前だった。

『鍛冶に愛されしブラックスミス、バルカス』

しかし、その行方は要として知られず。



「そう、バルカス。俺たちは兄弟のように過ごした。『いつか人を助ける鍛冶屋になるんだ」と兄貴は語っていた」



ぐい、とまたスピカはウイスキーを飲み―絶望的な顔つきになる。



「兄貴は天才だった。たった10年でじっちゃんの技術のすべてを会得した上に、槌を神器にまで昇華させた。―その名も、エンヴィ・ジャッジメント。人の『復讐』を必ず遂げさせる義体や武器を作る槌だ」

「人の、『復讐』を遂げさせる槌…」



ジルは思い出した。

最後まで、ユージーンの義体が、自分の首を締め上げようとしたことを。



「その槌を作ったことに、じっちゃんは激怒した。多分な、生き残ったのはお前ひとりだよ、ジル。激怒したじっちゃんは、兄貴を破門した」

「……」

「こうなった原因は、兄貴がじっちゃんに拾われる奴隷だった頃に、目の前で姉を強姦されて殺されたから、だった。じっちゃんが死ぬ前に教えてくれた。そして後悔していた。もっとあの子に寄り添ってやればよかった。そして頼まれた。もし、会うことが会ったら、兄貴を救ってやってくれと」



がたがたと、ウイスキーのグラスを握るスピカの手が震えていた。

その握力に、ついにかしゃん、とグラスが砕け散る。

ウイスキーと氷が流れ出した。



「俺は兄貴を助けることを頼まれた。…だが、どうすればいいか、正直わかんねえ。奴はお前を殺そうとした。そして他にも犠牲者を出している」

「犠牲者?」

「お前もその一人で、唯一生き残った一人だ」



スピカがジルを見つめた。

どうしたらよいか、と分からない目だった。



「最近、金持ちに引き取られた『養子』が、『保護者』を殺す事件が何件か起きている。その子らはいずれもどこかを義体化されて、主人のその義体化された部分と同じところを傷つけて殺している」

「!!」



ひゅ、とジルは息を呑んだ。



「主人とその奴隷の遺体は、いずれも残っていた。奴隷の方の遺体は、死亡解剖しても死因が分からなかったようだ。そして、穏やかな顔で眠っていたと」



「恐らく『復讐』を遂げたからだろう。『養子』という名目で引き取られた子らは、『保護』の名のもと、金持ちに腕をもいだり足をも斬り落としたり、爪をはがしたりして楽しむうわさがある奴で有名だ。明らかにエンヴィ・ジャッジメントで打たれた義体の子らが、殺したんだ。……既に死人が出ている義体を打った奴を、どう『救えば』いいか、俺はわからない」



「……」



ジルは沈黙した。

そして、ユージーンとの最期を思い出した。

ユージーンをぶちのめした奴をぶちのめそうと決めた時―ジルのそうする理由は、ユージーンと最期に『友人』として会話出来て、全てを赦せたからだ。

自然と、言葉が出ていた。



「『復讐』以外の救済方法。『赦し』を教えてやればいい」

「ジル…?」

「俺は…完全じゃないけど、ユージーンのことを赦した。それで俺は、救われた。だから赦すという方法があることを、教えてやればいい」



スピカは泣き笑いの顔だった。



「きれいごと言いやがって。…だけどまあ、それが一番なんだろうな」





次の日。

ジルは、レンと共にスピカを伴って、冒険者ギルドへとやってきた。

そして、コウエンと面会した。

「-つーわけで、それらの事件は兄貴が打った義体のせいである確率が高いのよ。弟弟子として何とかしたい。次の犠牲者になる確率が高いのはガーニーだろ。奴は『養子』に逃げ出されているが、あえて依頼をしてこない」



コウエンが苦笑いした。



「そこまで掴んでいるのかい」

「レクゼルに聞けば一発よ」

「…全く、あの男の情報網はどうなってるんだ」



コウエンが頭を抱えた。



「…実際、シークレットいう形で、ガーニーという男からちょうど依頼が来ているんだよ」



『私に襲い掛かってきた養子が逃げ出しました。左腕と右足を義体化した子です。どうか彼を捕らえてください。』



「…俺が行こう」



ジルが言った。

コウエンが頷く。



「…実際、君が引き受けてくれるなら、ガーニーも喜ぶだろう。彼は君が亜人を助けてきたなどの功績を詳しくは知らないだろうしな。分かった、ガーニーには疾風のジルが依頼を受諾に立候補していると、伝える」



シークレットの依頼はスムーズに進んだ。

ジルがSランク冒険者であることもあって、ガーニーはむしろ喜んで受け入れたそうだ。





ジルはレンを伴って、ガーニー邸を訪れた。



ちょっとした屋敷だ。

メイドさんに応接間まで案内される。

ガーニーは、いかにも『成金上がり』といった風情だった。



「やあやあ!この度は『疾風』で高名なジル君が依頼を引き受けてくださるなんてね!ありがたいよ!!」



ジルは眉間に血管が浮かぶのを必死にこらえた。

こいつから漂う『においは知っている。

弱者を弄ぶ、クソみたいな奴らのにおいだ。



ジルは何度も、奴隷商に売られた子供たちを助けてきた。

だから、この手の感覚には敏感だ。



「どうも。初めまして、ジルです」



ガーニーが差し出した左手には、包帯が巻かれていた。

ジルも義手の左腕を差し出す。

ガーニーがそれを見て、少しびくりとした。



「どうかなされたんですか?」



「その、養子の『ジャン』も左腕が義手だったからちょっと思い出してしまってね。…この傷は、あの子に噛みつかれたものなんだ」



ガーニーが悲し気に顔をゆがめる。

きっとそれは悲しくない。『奴隷」ふぜいに傷つけられた悔しさだ。

ジルにはそれが見える。







「それはお気の毒に」

「何とか、駆けつけた私兵が引きはがしてくれてね。その際に左腕の義手を傷つけることはできたんだが、にげられてしまって。…立ち話もなんだ。座ってくれたまえ。聖獣さまも」



勧められて椅子に腰かける。

そして、聞いてみた。



「最近、巷で『養子』の子が主を襲うという事件があったと聞きました。本当に、義体化していただいたのに恩を知らぬ子どもたちですね。…ところで、義体は誰に打たせたんですか」

「バルカス、という男だよ。スピカと同じ『鍛の神』で凄腕だったからね。彼にはジャンの『左腕』と『右足』を義体化してもらった」



ビンゴだった。



「……スピカには依頼しなかったんですか」



ガーニーは苦笑いして答えた。



「世間はね、彼を信用していないんだよ。召喚士の義体は絶対打たないという主義とはいえ、この間は召喚事故を起こした幼い子供の義体作成すら、断ったというじゃないか」



スピカのアイリーン事件の顛末は、いまだに尾を引いている。



「なるほど……脅す形になってしまいますが、あなたの『養子』は、多分あなたをまた殺しにくると思うんですよ。『護衛』という形で、あなたの屋敷に滞在してもよろしいですか」

「それはありがたい!」



ガーニーの眼が輝いた。



「『疾風』のジル君と、その聖獣がいるなら完璧だ!ぜひ、私を守ってくれ!!」





―こうしてジルは、胸糞悪いながらもガーニー邸に滞在することになった。

できれば早く『養子』に現れてほしい。



ちなみにがーにーは、美しいレンを見て眼を輝かせ、『譲ってくれないか?』とも交渉してきた。



全力で断った。





侵入者を警戒して、ジルは寝室の窓の外のバルコニーで、レンは部屋のドアを守っている。



3日目の夜。





-『それ』は、来た。





「ガアアア!!」





およそ正気を失っているとしか思われる少年が、2階にあるはずのバルコニーへと跳ねてきた。

それは猫牙族の少年で、左腕と右足が義体化されている。

傷つけられた右腕は修理されたようだった。

つまり、スピカが予測したとおり、バルカスは近くにいて、『養子』たちの『復讐』の手助けをしている。



そして今現れたのは、おそらく、ジャンだ。



「うわあああ!!」



後ろで咆哮に気づいたガーニーの悲鳴が聞こえた。



ジルの優れた動体視力には、ジャンの動きはとてもゆっくりに見える。

今まで助けてきた奴隷たちを思い出した。

自分が左腕を奪われて、義手をつけてもらったことを思い出した。

ジャンの左腕も、ジルと同じ、左腕から先が義手だ。

彼は、ジルと違っていたぶられたから、左腕と義手右足が義足なのだ。



ジルは黙って、ジャンの頭を右足で掴んだ。



ばたつく少年の左足を、左腕の義体の握力で握りつぶす。

ごき、めき、と金属がねじられるような音がした。



「ギャアアアアア!!」



少年が悲鳴を上げた。

ジルは逃げられた風を装って、彼をフルスイングで放りだした。



部屋の外で待機していたレンに、命じる。



「俺はジャンを追う。レンはその『ベッドの中の人』を護衛しろ」

「承知した」



レンは頷く。

間違ってもアイツをガーニー様、などと呼びたくなかった。





ジルはバルコニーから真っ逆さまに飛び降りた。

少年は四つん這いで、必死にかけている。

猫牙族であって、右足を損傷していながらもその動きは意外と早い。

ジルには余裕で追いつく速度だが―あえて、逃がす。



彼が行く先に、ジルが、そしてスピカが求める義体を作った者がいる。





「……」

「おー。上手く進んでるな」







気配を殺して追跡していたところで、事前に決めていた集合場所でスピカと合流した。

スピカは兄弟子の責任を取る、という一心で、ジルについてきていた。



「今のところな」



2人で気配を殺しながら、必死に地面を這って逃げる少年を負う。

やがて、少年がひとつの建物の中に、駆け込んだ。

ジルとスピカは、こっそりと建物に近づき、ジルが中をこっそり覗こうとしたところで―



「てんめええええ!!クソ兄貴いいぃぃぃぃ!!」



スピカが突撃していった。

ジルも頭を抱えて突入した。

その暗闇の中には、一人の男性がいた。



「やあ。スピカ。久しぶりだね」



その男は笑った。

闇に溶け込むように、白い顔が浮かんでいる。

彼が纏うローブも黒だからだ。



スピカが男―バルカスを睨みつける。



「…ったく。人様の身体をお前の槌で弄びやがって。どういうつもりだよ」



バルカスが笑った。



「どうもこうも、それが人を助けるからだよ」



バルカスが、闇より深いマントを取り去った。

そこに、今度は白い鎧のようなものが浮かび上がる。

―バルカスは、全身を義体化していた。



「全く。エンヴィ・ジャッジメントを使いこなすにはね、かなりの鍛錬が必要だったよ」



彼は笑う。

スピカが、冷や汗をかきながらも笑い返した。



「…全身を義体化してまでもエンヴィ・ジャッジメントを使いこなそうとした執念には負けるわ。俺にはそこまで出来なかった。…だがな、それと人様を弄ぶのは別だ」

「何故?」



バルカスが首をかしげる。



「僕は人を弄んだりしていないさ。むしろ『復讐』で憎しみを晴らすという形で救済している。お前のように『人を幸せにする』なんて甘い目的で槌を振るったりなんかしない。例えば―」



バルカスの視線が、ジルへと注がれた。



「君の友人、ユージーンの義体も僕が打った。…だが果たされなかったようだね、かわいそうに」



ジルは怒気が身体に満ちてくるのを感じた。

この男が、ユージーンを『あんなもの』にしたのだ。



「バルカス!!」



スピカが怒声をあげた。

その時、ちょうど逃げてきた少年が、スピカに噛みつこうととびかかってきた。

ジルはスピカの襟首を引いた。

同時に、少年の腹を思い切り蹴りとばす。

少年は泡を吹いて倒れ、動かなくなった。



その時。

『何か』が飛んできた。

ジルはそれを弾いた。

それはひとつのナイフがした。



「いーんが、いんが」



そういっていつの間にか天井にぶら下がっていた青年が笑っていた。

その顔に、ジルは見覚えがあった。

いつも依頼の掲示板に張られていて、誰も受け付けない依頼。



「復讐者リヴェンジャーのノロイか」



『復讐者リヴェンジャーの捕縛。生死問わず』



「あったりい」



青年は笑った。

裏の世界で有名な、復讐代行屋、まさに『復讐者リヴェンジャー』の二つ名で知られている者だ。

彼は、必ず依頼された『復讐』の代行をとげる。



「バルカス君のこと気に入ったからさ。護衛してんだよね。俺は『ユージーン君』が果たせなかった『復讐』を代行しまーす」

「ふざけんな!!



ジルは思わず冷静さを失って怒鳴っていた。

ユージーンとは、最後に友人として会話を交した。

それを、ノロイは侮辱している。



ジルはダガーを構える。

少し額に汗が浮かんだ。

スピカを守りながら戦うのは難しい。



「因果応報。自分がやったことは全て自分にかえってくるのです、『疾風』」」



スピカが前に出た。



「此処は俺に任せてくれ。腐れ兄貴は俺が叩きなおす」





そのころ。



レンはガーニーの寝室の隅っこにあぐらをかいて、じゃらじゃらと三節棍を手の中でもてあそんでいた。



「問う、人間」





感情のない冷たい声に、ガーニーは震えあがった。

先ほどまで、欲しがっていた聖獣は、触れてはいけない鋭い水晶のように研ぎ澄まされていた。

それでも虚勢をはる。



「な、なんだね。聖獣」

「『あの子』に何をした?」

「それは…どういう意味だ」



ガーニーの声は、震えていた。



「『そういう』意味だ」

「わ、私は身体の一部が欠けているあの子を助けて―」

「お前が欠損させたのではないか?」



レンが、ガーニーの言葉を遮った。



「ひっ!!」



レンの反応に、ガーニーが震えあがった。

それは認めたも同然の反応だった。



じゃらり。

脅すように、三節棍を、レンは鳴らした。



「…まあ、いいさ。私が任されているのは護衛だから、お前に手出しはしない。非常に胸糞悪いことこの上ないが」

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