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第31話 『ねこと聖獣さまは愛を確かめあう』

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先ほどから皆が呼ぶ『あのお方』とは一体だれなのか。



「…行こう」



レンがジルの手を引いた。

岩山は、ジルがギリギリ通れるくらいの高さだった。

ぽたぽたと雫が音がする。

ジルはぴんと猫耳と尻尾をたてた。

誰かいる。が、敵意はない。



岩山の中の道は短くて、あっさりと奥にたどり着いた。

行き止まりの壁に、大きな亀裂が入っている。

それが、眼を見開いた。



「!!」



ジルは息を飲んで思わず身構えた。

見開かれたそれは、大きな黄金の眼だった。

その目が細められる。



『ほっほ。警戒せずともよい。わしはお主らの敵ではないよ』



岩山全体に振動するように、優しい老人の声が響いた。

ジルも構えを解く。

確かに、敵意は感じない。



『眼』は自己紹介した。



『わしは『ロウエン』。この『世界』そのものの精霊だ』

「『世界』…?」



何を言っているのか、ジルには分からなかった。

また、ロウエンが眼を細める。

笑っているのか、岩山全体が振動した。



『分かりにくいじゃろう。『世界』の形を取った精霊というべきか、ひとつの『世界』が意志持つ精霊となったというべきか。とりあえずわしはこの『世界』そのもので、今ここにいるわしは意思疎通するためにこの形をしている』



何となく、ジルはロウエンの言わんとすることが分かった気がした。

つまり、この『神族の谷』そのものが、ロウエンというわけだ。



『ま、そんな感じの理解でよい。レクゼルが連れてきたということは、そういうことじゃな?』

「どういうことだ」



レンが鋭く聞いた。

ロウエンの眼が悲し気に細められる。



『…我が身…この『世界』には、捨てられた子らが集まる。わしの眼は会ったものすべての真実を暴く。例えば―ジル』

「!?」



名乗ってもいないのに、名前を呼ばれてジルは驚いた。



『ほら。わしは眼にしたものは何でもわかるのじゃよ。そちらは―かつては『親なし』と呼ばれ、『親』を見つけた聖獣、レン=カウス=アジェストじゃろう』

「…そうだが、何か?」



レンは気が立っているようで、三節棍を構えていた。

ロウエンが楽しそうに笑った。

岩山が振動する。



『ほっほ。そう構えずともよいというておるのに。まだ若僧じゃのう』



レンは1000年生きているが、己を若輩者と呼んでいた。

ロウエンにとっても、彼は若僧の扱いらしい。



「……」

『先ほども言った通り、わしの『眼』は、全ての真実を暴き―そして白日にさらす。『親』を持つ人間が来たということは、つまりそういうことじゃ』

「だからどういう―」



ジルが問いかけた瞬間。

ロウエンの黄金の瞳が、更に輝いた。



「あ……」



ジルは、胸の深い深いところから、レンへの愛情が湧き上がってくるのを感じた。

ああ、彼がとても愛しくてたまらない。

レンの方を振り向いた。

からん、と音をたてて、レンの手から三節棍が落ちた。

レンが跪く。

ジルの手をとって、そっと口づけた。



「ジル」



その声は、いつになく優しい。

先ほどまで気が立っていたのが嘘のように―というか、今まで見たことがないほど、レンは優しい目をしていた。

口づけたジルの手に、頬を擦り寄せてくる。



「愛している。心の底から」

「…レン」



歓喜が湧き上がってくる。

ジルも、口にしていた。



「愛してる、レン」

「ああ、ジル。愛しい」

「俺もだ、レン」



ぺろぺろと、レンがジルの手を舐めた。



「私は、ジルが愛しい」

「俺も、レンがすごくすごく愛しい」



レンが、心から嬉しそうにほほ笑んだ。



「私の番になってくれてありがとう、ジル」

「――っ!!」



深い歓喜が、ジルを満たす。

愛している。愛されている。

それを身を以て実感する。

まるで先ほどまでの不安が、嘘だったかのように吹き飛んで、心の内が、愛に満たされている。



「俺を、番に選んでくれてありがとう、レン」



その時。



『やだ、らっぶーい!!』



岩山が今までになく激しく振動して、ジルははっと正気に返った。



「ちょ、今のは!!」

『やだ、久しぶりにらぶくてわし、幸せ!!』

「ロウエン―!!」

『言ったじゃろ、わしは全ての真実を白日にさらすっ―あー!これこれ堪んない!』



岩山は歓喜するように振動を続けている。

天井からぱらぱらと砂が降ってきた。

崩れやしないだろうか、とジルが心配してレンを見ると、



「ジル…」



激しい振動の中で、レンは未だにジルの手に頬を擦り寄せていた。



「愛してる、愛してる」



急に恥ずかしくなる。



「ちょ、レン―俺も、愛してる」



まだ当てられっぱなしなのか。

ジルは正気とロウエンの『眼』の影響を行ったり来たりだ。

胸の内から湧いてくる愛情が止まらない。たまらない。



『らっぶーい!らっぶーい!』

「だから、そんなに振動…レン」

「ジル。心から愛してる」



やがて、岩山の振動が緩やかになった。

何だかハァハァしている気がした。



『久しぶりじゃよ、心から愛し合う『番』を見たのは。心配せずともよい。お主らならやっていける。例えどんな困難があろうとも、きっと乗り越えていけるじゃろう』



その言葉に、ジルは不思議と確信があった。

正気には帰ったが、先ほどとは違うのは、自分がレンを愛していて、レンに愛されているという確信があることだ。

レンもそれは同じようで、―というか、まだ当てられっぱなしなのか、「ジル、ジル」と幸せそうにジルの手に頬を擦り寄せている。



「…よっこいしょ」



何となくそんな気分になって、ジルはレンをお姫様抱っこした。



「っ!?ちょ、ジル!!」



ようやく正気に帰ったらしいレンが、恥ずかし気に足をばたつかせる。

愛しい愛しい番の頬に、ジルはちゅ、とキスした。



「愛してる、レン」

「…愛してる、ジル」



改めて言われると恥ずかしいのか、レンはジルの首に手を回して、胸に顔を埋めてしまった。

また岩山が揺れた。

やっぱりハァハァ言っている気がした。



『やっぱり…最高の…眺め…じゃよ…』

「……」



そして、口調が改まる。



『良かった。本当に良かった。お互いによい『番』に恵まれたのぅ』

「ああ」



ジルは自信をもって頷いた。

レンの方はジルの胸に顔を埋めたままで、こくり、と小さくうなずいただけだ。



『きっとジルが『そういう意味』でこの谷に来ることはないじゃろう。お主らの愛は、それだけ深い。わしはよいものを見れた。お主らの幸せを祈っておるよ』



金色の瞳が閉じて、また岩の壁の裂け目に戻る。

これで終わったのだ、とジルは確信した。



とりあえずレンをお姫様抱っこしたまま、元の道を戻る。

かつんかつんと、岩山に足音が反響する。



「…ジル」



腕の中のレンが、小さい声で話しかけてきた。



「何?」

「あいして、る」



そのいじらしい様子に、ジルはくすりと笑った。

無限牢獄を使ったとき、レンは激しく気が立っていた。

きっと彼は、不安だった。

ジルも、同じように不安だった。

だが、それはもうない。



レンをお姫様抱っこしたまま、外に出る。

彼は珍しく、抵抗しなかった。恥ずかしがってジルの胸に顔を埋めたままだったが。



―そこには、異様な光景が広がっていた。



レクゼルとライナスが、地面を転がりまわっていた。



「やっだー!らっぶーい!」

「やばいですやばいですやばいです!」

「え、何これ」



2人ともロウエンのようにハァハァ言っていた。

何とか身もだえから正気を取り戻した―というか取り戻そうとしているライナスが教えてくれる。



「この世界は―らぶいっ、じゃなくて、『あのお方』そのものなので、全ての感情が住人に伝播するんですよ。特にあのお方が感じたものは。ああっ、らぶいっ」



つまり、あの洞窟の中で、ジルとレンの中から湧き上がってきた愛と、それを見たロウエンが感じて『らぶい!』と伝えた何ともいえない甘酸っぱさは、村中に広がっているということだ。



「ちょ、ジル!降ろしてくれ!!」



事態に気づいて再び足をばたつかせるレンを、ジルはより強く抱きかかえた。



「やだ」

「だ、って、皆がっ」

「見せつけてやろうよ」



ジルは筋力が強い。

軽いレンを抱っこして村を突っ切るくらい平気だった。

ライナスはようやく正気に戻ったようだった。

同じように転げまわっていたレクゼルも、何とか立ち上がる。

だが、口元はにやけたままだ。



「あー。らぶい」

「しつこい」

「だってそうなんだもん」



ライナスの案内で、元来た道を守る。

ライナスは時折せき込んで何かをごまかしていた。

やっぱりまだ、彼は影響を受けているらしい。



そして、村へと戻ると。



「お幸せに!!」



…何故か、花道が出来ていた。

皆笑顔で、どこからかき集めてきたのか、道を行くジルとレンに花弁の雨を降らせる。



「だってさ。俺たち祝福されてるよ、レン」



レンが少しだけ顔をあげた。

その恥ずかしそうな額に、ジルはほほ笑んで額にキスする。

周囲がどうっと盛り上がった。



「~~~っ」



真っ赤になったレンが、このままで終わってたまるかといわんばかりに―首を伸ばして、ジルに一瞬だけちゅ、と唇を重ねた。

そしてすぐに、胸に顔を埋めてしまう。



「…これ、どうしてこうなってんの」



ジルの問いに、ライナスが振り返って満面の笑みで答えた。



「だから言ったじゃないですか。此処は『あのお方』という世界そのものだから、感情がすべて伝播する。だからあなたたちの互いの深い愛情も、ロウエン様が感じたらぶい何かも伝播して、皆喜んでるんですよ」

「…嫉妬とか、ないの」



この村の住人は、皆、『親』に見棄てられた子たちだ。

むしろ『親』と愛を確かめ合ったジルの方が、嫉妬されそうな気もするが。



「いいえ」



ライナスはきっぱりと首を振った。



「ここが『あのお方』であるからこそ、僕たちは喜びも悲しみも共有しあいます。そして―あなたちは、僕らの希望なんです」

「希望?」

「もしかしたら、また自分たちにもまた新しい未来があるかもしれないという希望、ですよ」



その時、先ほど皮肉を言ってきたルゥが、ジルに話しかけてきた。



「…その、悪かったな。酷いこと言って」

「いや、別に。…ありうるかもしれないことだったんだろ」

「……今、現世はどうなんだ?」



ルゥの問いに、ジルは笑って答えた。



「ラグナロクシティってとこに住んでるけど、そこは『逃れモノ』とか呼ばれずに、神族も皆楽しくやってる」

「へえー。現世はそんなに進んだのか。俺も行きたいなあ」



いつか現世がもっと寛容になった時、ロウエンはきっと、彼らをここから解放するのだろう、とジルは思った。

ライナスに連れられて、あの門の前に戻る。

ライナスがかんぬきを引いて、扉を開けた。



「さあ。またいつでも来てください、僕たちの『希望』」





お姫様抱っこしたまま、ジルはあのオーロラの世界を歩いた。

一度来たから慣れたものだ。

精神の感覚でも、レンをお姫様抱っこしている感覚がある。

ただ、『道』はまだ分かりづらいので、レクゼルを追って歩く。



そして。いつもの酒場の扉が見えてきた。

レクゼルがそこを開けると、いつもの酒場の風景が広がっていた。

そこに、ジルは足を踏み出した―



たん、と再び足が地面についた。

今度はなれた酒場の床だ。

亜空間で精神に意識を集中して、こうして肉体のある場所に来ると、何だか奇妙な感覚がする。

そして。



「その様子じゃと、上手くいったようじゃのう」



アルカンシエルがにやにや笑っていた。

ジルは、レンをお姫様抱っこしたままだった。



「ああ。ばっちり。もうらぶくって」

「私も『父さま』のもとにいきたかったのー」



アルカンシエルは羨ましそうだ。

ふと、引っかかった言葉があった。



「『父さま』?」

「そう。『世界』ロウエンは我が父よ」



つまり『世界』であるロウエンの子がアルカンシエルで、ロウエンの孫にあたるのがレクゼルということになる。

ジルはなんだか不思議な縁を感じた。

ここに来て、失った左腕を作ってくれたスピカに出会って、更にロウエンの元で愛を確認しあって。



「ジル……」

「やだ。降ろさない」



2人を見てにやいやしていたアルカンシエルが、ぱちんと扇を閉じた。



「さて。そろそろ私はお前の影に戻るぞ。早く次元を戻せ」

「はいはい、おかーさま」



レクゼルが、また手を打ち鳴らす。

ごうん、と鐘の鳴る音がした。

-人々の喧騒が戻ってくる。

そう、ラグナロクシティに、戻ってきたのだ。



「では、達者でな。ジルとレンよ」



そういって、アルカンシエルは虹色の粒子になって消えていった。



「…準神話雄精霊に会うなんて、初めてだわ……」

「アレね。俺の親で、唯一使役している精霊なの。俺が『取り換え子』で、喧嘩しかけてくる精霊が多いからさ」



レクゼルが苦笑いした。



「精霊様は何かと純粋で高潔だからね。どうしても俺みたい混ざり物がいるのがゆるせないみたいでさー。親と契約して直接庇護されてるっていうか」

「過保護だな」

「実際100回以上襲撃受けてっからね」



レクゼルが笑う。



「んじゃ、夕方ですし晩御飯にしますかー」
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