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第31話 『ねこと聖獣さまは愛を確かめあう』
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先ほどから皆が呼ぶ『あのお方』とは一体だれなのか。
「…行こう」
レンがジルの手を引いた。
岩山は、ジルがギリギリ通れるくらいの高さだった。
ぽたぽたと雫が音がする。
ジルはぴんと猫耳と尻尾をたてた。
誰かいる。が、敵意はない。
岩山の中の道は短くて、あっさりと奥にたどり着いた。
行き止まりの壁に、大きな亀裂が入っている。
それが、眼を見開いた。
「!!」
ジルは息を飲んで思わず身構えた。
見開かれたそれは、大きな黄金の眼だった。
その目が細められる。
『ほっほ。警戒せずともよい。わしはお主らの敵ではないよ』
岩山全体に振動するように、優しい老人の声が響いた。
ジルも構えを解く。
確かに、敵意は感じない。
『眼』は自己紹介した。
『わしは『ロウエン』。この『世界』そのものの精霊だ』
「『世界』…?」
何を言っているのか、ジルには分からなかった。
また、ロウエンが眼を細める。
笑っているのか、岩山全体が振動した。
『分かりにくいじゃろう。『世界』の形を取った精霊というべきか、ひとつの『世界』が意志持つ精霊となったというべきか。とりあえずわしはこの『世界』そのもので、今ここにいるわしは意思疎通するためにこの形をしている』
何となく、ジルはロウエンの言わんとすることが分かった気がした。
つまり、この『神族の谷』そのものが、ロウエンというわけだ。
『ま、そんな感じの理解でよい。レクゼルが連れてきたということは、そういうことじゃな?』
「どういうことだ」
レンが鋭く聞いた。
ロウエンの眼が悲し気に細められる。
『…我が身…この『世界』には、捨てられた子らが集まる。わしの眼は会ったものすべての真実を暴く。例えば―ジル』
「!?」
名乗ってもいないのに、名前を呼ばれてジルは驚いた。
『ほら。わしは眼にしたものは何でもわかるのじゃよ。そちらは―かつては『親なし』と呼ばれ、『親』を見つけた聖獣、レン=カウス=アジェストじゃろう』
「…そうだが、何か?」
レンは気が立っているようで、三節棍を構えていた。
ロウエンが楽しそうに笑った。
岩山が振動する。
『ほっほ。そう構えずともよいというておるのに。まだ若僧じゃのう』
レンは1000年生きているが、己を若輩者と呼んでいた。
ロウエンにとっても、彼は若僧の扱いらしい。
「……」
『先ほども言った通り、わしの『眼』は、全ての真実を暴き―そして白日にさらす。『親』を持つ人間が来たということは、つまりそういうことじゃ』
「だからどういう―」
ジルが問いかけた瞬間。
ロウエンの黄金の瞳が、更に輝いた。
「あ……」
ジルは、胸の深い深いところから、レンへの愛情が湧き上がってくるのを感じた。
ああ、彼がとても愛しくてたまらない。
レンの方を振り向いた。
からん、と音をたてて、レンの手から三節棍が落ちた。
レンが跪く。
ジルの手をとって、そっと口づけた。
「ジル」
その声は、いつになく優しい。
先ほどまで気が立っていたのが嘘のように―というか、今まで見たことがないほど、レンは優しい目をしていた。
口づけたジルの手に、頬を擦り寄せてくる。
「愛している。心の底から」
「…レン」
歓喜が湧き上がってくる。
ジルも、口にしていた。
「愛してる、レン」
「ああ、ジル。愛しい」
「俺もだ、レン」
ぺろぺろと、レンがジルの手を舐めた。
「私は、ジルが愛しい」
「俺も、レンがすごくすごく愛しい」
レンが、心から嬉しそうにほほ笑んだ。
「私の番になってくれてありがとう、ジル」
「――っ!!」
深い歓喜が、ジルを満たす。
愛している。愛されている。
それを身を以て実感する。
まるで先ほどまでの不安が、嘘だったかのように吹き飛んで、心の内が、愛に満たされている。
「俺を、番に選んでくれてありがとう、レン」
その時。
『やだ、らっぶーい!!』
岩山が今までになく激しく振動して、ジルははっと正気に返った。
「ちょ、今のは!!」
『やだ、久しぶりにらぶくてわし、幸せ!!』
「ロウエン―!!」
『言ったじゃろ、わしは全ての真実を白日にさらすっ―あー!これこれ堪んない!』
岩山は歓喜するように振動を続けている。
天井からぱらぱらと砂が降ってきた。
崩れやしないだろうか、とジルが心配してレンを見ると、
「ジル…」
激しい振動の中で、レンは未だにジルの手に頬を擦り寄せていた。
「愛してる、愛してる」
急に恥ずかしくなる。
「ちょ、レン―俺も、愛してる」
まだ当てられっぱなしなのか。
ジルは正気とロウエンの『眼』の影響を行ったり来たりだ。
胸の内から湧いてくる愛情が止まらない。たまらない。
『らっぶーい!らっぶーい!』
「だから、そんなに振動…レン」
「ジル。心から愛してる」
やがて、岩山の振動が緩やかになった。
何だかハァハァしている気がした。
『久しぶりじゃよ、心から愛し合う『番』を見たのは。心配せずともよい。お主らならやっていける。例えどんな困難があろうとも、きっと乗り越えていけるじゃろう』
その言葉に、ジルは不思議と確信があった。
正気には帰ったが、先ほどとは違うのは、自分がレンを愛していて、レンに愛されているという確信があることだ。
レンもそれは同じようで、―というか、まだ当てられっぱなしなのか、「ジル、ジル」と幸せそうにジルの手に頬を擦り寄せている。
「…よっこいしょ」
何となくそんな気分になって、ジルはレンをお姫様抱っこした。
「っ!?ちょ、ジル!!」
ようやく正気に帰ったらしいレンが、恥ずかし気に足をばたつかせる。
愛しい愛しい番の頬に、ジルはちゅ、とキスした。
「愛してる、レン」
「…愛してる、ジル」
改めて言われると恥ずかしいのか、レンはジルの首に手を回して、胸に顔を埋めてしまった。
また岩山が揺れた。
やっぱりハァハァ言っている気がした。
『やっぱり…最高の…眺め…じゃよ…』
「……」
そして、口調が改まる。
『良かった。本当に良かった。お互いによい『番』に恵まれたのぅ』
「ああ」
ジルは自信をもって頷いた。
レンの方はジルの胸に顔を埋めたままで、こくり、と小さくうなずいただけだ。
『きっとジルが『そういう意味』でこの谷に来ることはないじゃろう。お主らの愛は、それだけ深い。わしはよいものを見れた。お主らの幸せを祈っておるよ』
金色の瞳が閉じて、また岩の壁の裂け目に戻る。
これで終わったのだ、とジルは確信した。
とりあえずレンをお姫様抱っこしたまま、元の道を戻る。
かつんかつんと、岩山に足音が反響する。
「…ジル」
腕の中のレンが、小さい声で話しかけてきた。
「何?」
「あいして、る」
そのいじらしい様子に、ジルはくすりと笑った。
無限牢獄を使ったとき、レンは激しく気が立っていた。
きっと彼は、不安だった。
ジルも、同じように不安だった。
だが、それはもうない。
レンをお姫様抱っこしたまま、外に出る。
彼は珍しく、抵抗しなかった。恥ずかしがってジルの胸に顔を埋めたままだったが。
―そこには、異様な光景が広がっていた。
レクゼルとライナスが、地面を転がりまわっていた。
「やっだー!らっぶーい!」
「やばいですやばいですやばいです!」
「え、何これ」
2人ともロウエンのようにハァハァ言っていた。
何とか身もだえから正気を取り戻した―というか取り戻そうとしているライナスが教えてくれる。
「この世界は―らぶいっ、じゃなくて、『あのお方』そのものなので、全ての感情が住人に伝播するんですよ。特にあのお方が感じたものは。ああっ、らぶいっ」
つまり、あの洞窟の中で、ジルとレンの中から湧き上がってきた愛と、それを見たロウエンが感じて『らぶい!』と伝えた何ともいえない甘酸っぱさは、村中に広がっているということだ。
「ちょ、ジル!降ろしてくれ!!」
事態に気づいて再び足をばたつかせるレンを、ジルはより強く抱きかかえた。
「やだ」
「だ、って、皆がっ」
「見せつけてやろうよ」
ジルは筋力が強い。
軽いレンを抱っこして村を突っ切るくらい平気だった。
ライナスはようやく正気に戻ったようだった。
同じように転げまわっていたレクゼルも、何とか立ち上がる。
だが、口元はにやけたままだ。
「あー。らぶい」
「しつこい」
「だってそうなんだもん」
ライナスの案内で、元来た道を守る。
ライナスは時折せき込んで何かをごまかしていた。
やっぱりまだ、彼は影響を受けているらしい。
そして、村へと戻ると。
「お幸せに!!」
…何故か、花道が出来ていた。
皆笑顔で、どこからかき集めてきたのか、道を行くジルとレンに花弁の雨を降らせる。
「だってさ。俺たち祝福されてるよ、レン」
レンが少しだけ顔をあげた。
その恥ずかしそうな額に、ジルはほほ笑んで額にキスする。
周囲がどうっと盛り上がった。
「~~~っ」
真っ赤になったレンが、このままで終わってたまるかといわんばかりに―首を伸ばして、ジルに一瞬だけちゅ、と唇を重ねた。
そしてすぐに、胸に顔を埋めてしまう。
「…これ、どうしてこうなってんの」
ジルの問いに、ライナスが振り返って満面の笑みで答えた。
「だから言ったじゃないですか。此処は『あのお方』という世界そのものだから、感情がすべて伝播する。だからあなたたちの互いの深い愛情も、ロウエン様が感じたらぶい何かも伝播して、皆喜んでるんですよ」
「…嫉妬とか、ないの」
この村の住人は、皆、『親』に見棄てられた子たちだ。
むしろ『親』と愛を確かめ合ったジルの方が、嫉妬されそうな気もするが。
「いいえ」
ライナスはきっぱりと首を振った。
「ここが『あのお方』であるからこそ、僕たちは喜びも悲しみも共有しあいます。そして―あなたちは、僕らの希望なんです」
「希望?」
「もしかしたら、また自分たちにもまた新しい未来があるかもしれないという希望、ですよ」
その時、先ほど皮肉を言ってきたルゥが、ジルに話しかけてきた。
「…その、悪かったな。酷いこと言って」
「いや、別に。…ありうるかもしれないことだったんだろ」
「……今、現世はどうなんだ?」
ルゥの問いに、ジルは笑って答えた。
「ラグナロクシティってとこに住んでるけど、そこは『逃れモノ』とか呼ばれずに、神族も皆楽しくやってる」
「へえー。現世はそんなに進んだのか。俺も行きたいなあ」
いつか現世がもっと寛容になった時、ロウエンはきっと、彼らをここから解放するのだろう、とジルは思った。
ライナスに連れられて、あの門の前に戻る。
ライナスがかんぬきを引いて、扉を開けた。
「さあ。またいつでも来てください、僕たちの『希望』」
お姫様抱っこしたまま、ジルはあのオーロラの世界を歩いた。
一度来たから慣れたものだ。
精神の感覚でも、レンをお姫様抱っこしている感覚がある。
ただ、『道』はまだ分かりづらいので、レクゼルを追って歩く。
そして。いつもの酒場の扉が見えてきた。
レクゼルがそこを開けると、いつもの酒場の風景が広がっていた。
そこに、ジルは足を踏み出した―
たん、と再び足が地面についた。
今度はなれた酒場の床だ。
亜空間で精神に意識を集中して、こうして肉体のある場所に来ると、何だか奇妙な感覚がする。
そして。
「その様子じゃと、上手くいったようじゃのう」
アルカンシエルがにやにや笑っていた。
ジルは、レンをお姫様抱っこしたままだった。
「ああ。ばっちり。もうらぶくって」
「私も『父さま』のもとにいきたかったのー」
アルカンシエルは羨ましそうだ。
ふと、引っかかった言葉があった。
「『父さま』?」
「そう。『世界』ロウエンは我が父よ」
つまり『世界』であるロウエンの子がアルカンシエルで、ロウエンの孫にあたるのがレクゼルということになる。
ジルはなんだか不思議な縁を感じた。
ここに来て、失った左腕を作ってくれたスピカに出会って、更にロウエンの元で愛を確認しあって。
「ジル……」
「やだ。降ろさない」
2人を見てにやいやしていたアルカンシエルが、ぱちんと扇を閉じた。
「さて。そろそろ私はお前の影に戻るぞ。早く次元を戻せ」
「はいはい、おかーさま」
レクゼルが、また手を打ち鳴らす。
ごうん、と鐘の鳴る音がした。
-人々の喧騒が戻ってくる。
そう、ラグナロクシティに、戻ってきたのだ。
「では、達者でな。ジルとレンよ」
そういって、アルカンシエルは虹色の粒子になって消えていった。
「…準神話雄精霊に会うなんて、初めてだわ……」
「アレね。俺の親で、唯一使役している精霊なの。俺が『取り換え子』で、喧嘩しかけてくる精霊が多いからさ」
レクゼルが苦笑いした。
「精霊様は何かと純粋で高潔だからね。どうしても俺みたい混ざり物がいるのがゆるせないみたいでさー。親と契約して直接庇護されてるっていうか」
「過保護だな」
「実際100回以上襲撃受けてっからね」
レクゼルが笑う。
「んじゃ、夕方ですし晩御飯にしますかー」
「…行こう」
レンがジルの手を引いた。
岩山は、ジルがギリギリ通れるくらいの高さだった。
ぽたぽたと雫が音がする。
ジルはぴんと猫耳と尻尾をたてた。
誰かいる。が、敵意はない。
岩山の中の道は短くて、あっさりと奥にたどり着いた。
行き止まりの壁に、大きな亀裂が入っている。
それが、眼を見開いた。
「!!」
ジルは息を飲んで思わず身構えた。
見開かれたそれは、大きな黄金の眼だった。
その目が細められる。
『ほっほ。警戒せずともよい。わしはお主らの敵ではないよ』
岩山全体に振動するように、優しい老人の声が響いた。
ジルも構えを解く。
確かに、敵意は感じない。
『眼』は自己紹介した。
『わしは『ロウエン』。この『世界』そのものの精霊だ』
「『世界』…?」
何を言っているのか、ジルには分からなかった。
また、ロウエンが眼を細める。
笑っているのか、岩山全体が振動した。
『分かりにくいじゃろう。『世界』の形を取った精霊というべきか、ひとつの『世界』が意志持つ精霊となったというべきか。とりあえずわしはこの『世界』そのもので、今ここにいるわしは意思疎通するためにこの形をしている』
何となく、ジルはロウエンの言わんとすることが分かった気がした。
つまり、この『神族の谷』そのものが、ロウエンというわけだ。
『ま、そんな感じの理解でよい。レクゼルが連れてきたということは、そういうことじゃな?』
「どういうことだ」
レンが鋭く聞いた。
ロウエンの眼が悲し気に細められる。
『…我が身…この『世界』には、捨てられた子らが集まる。わしの眼は会ったものすべての真実を暴く。例えば―ジル』
「!?」
名乗ってもいないのに、名前を呼ばれてジルは驚いた。
『ほら。わしは眼にしたものは何でもわかるのじゃよ。そちらは―かつては『親なし』と呼ばれ、『親』を見つけた聖獣、レン=カウス=アジェストじゃろう』
「…そうだが、何か?」
レンは気が立っているようで、三節棍を構えていた。
ロウエンが楽しそうに笑った。
岩山が振動する。
『ほっほ。そう構えずともよいというておるのに。まだ若僧じゃのう』
レンは1000年生きているが、己を若輩者と呼んでいた。
ロウエンにとっても、彼は若僧の扱いらしい。
「……」
『先ほども言った通り、わしの『眼』は、全ての真実を暴き―そして白日にさらす。『親』を持つ人間が来たということは、つまりそういうことじゃ』
「だからどういう―」
ジルが問いかけた瞬間。
ロウエンの黄金の瞳が、更に輝いた。
「あ……」
ジルは、胸の深い深いところから、レンへの愛情が湧き上がってくるのを感じた。
ああ、彼がとても愛しくてたまらない。
レンの方を振り向いた。
からん、と音をたてて、レンの手から三節棍が落ちた。
レンが跪く。
ジルの手をとって、そっと口づけた。
「ジル」
その声は、いつになく優しい。
先ほどまで気が立っていたのが嘘のように―というか、今まで見たことがないほど、レンは優しい目をしていた。
口づけたジルの手に、頬を擦り寄せてくる。
「愛している。心の底から」
「…レン」
歓喜が湧き上がってくる。
ジルも、口にしていた。
「愛してる、レン」
「ああ、ジル。愛しい」
「俺もだ、レン」
ぺろぺろと、レンがジルの手を舐めた。
「私は、ジルが愛しい」
「俺も、レンがすごくすごく愛しい」
レンが、心から嬉しそうにほほ笑んだ。
「私の番になってくれてありがとう、ジル」
「――っ!!」
深い歓喜が、ジルを満たす。
愛している。愛されている。
それを身を以て実感する。
まるで先ほどまでの不安が、嘘だったかのように吹き飛んで、心の内が、愛に満たされている。
「俺を、番に選んでくれてありがとう、レン」
その時。
『やだ、らっぶーい!!』
岩山が今までになく激しく振動して、ジルははっと正気に返った。
「ちょ、今のは!!」
『やだ、久しぶりにらぶくてわし、幸せ!!』
「ロウエン―!!」
『言ったじゃろ、わしは全ての真実を白日にさらすっ―あー!これこれ堪んない!』
岩山は歓喜するように振動を続けている。
天井からぱらぱらと砂が降ってきた。
崩れやしないだろうか、とジルが心配してレンを見ると、
「ジル…」
激しい振動の中で、レンは未だにジルの手に頬を擦り寄せていた。
「愛してる、愛してる」
急に恥ずかしくなる。
「ちょ、レン―俺も、愛してる」
まだ当てられっぱなしなのか。
ジルは正気とロウエンの『眼』の影響を行ったり来たりだ。
胸の内から湧いてくる愛情が止まらない。たまらない。
『らっぶーい!らっぶーい!』
「だから、そんなに振動…レン」
「ジル。心から愛してる」
やがて、岩山の振動が緩やかになった。
何だかハァハァしている気がした。
『久しぶりじゃよ、心から愛し合う『番』を見たのは。心配せずともよい。お主らならやっていける。例えどんな困難があろうとも、きっと乗り越えていけるじゃろう』
その言葉に、ジルは不思議と確信があった。
正気には帰ったが、先ほどとは違うのは、自分がレンを愛していて、レンに愛されているという確信があることだ。
レンもそれは同じようで、―というか、まだ当てられっぱなしなのか、「ジル、ジル」と幸せそうにジルの手に頬を擦り寄せている。
「…よっこいしょ」
何となくそんな気分になって、ジルはレンをお姫様抱っこした。
「っ!?ちょ、ジル!!」
ようやく正気に帰ったらしいレンが、恥ずかし気に足をばたつかせる。
愛しい愛しい番の頬に、ジルはちゅ、とキスした。
「愛してる、レン」
「…愛してる、ジル」
改めて言われると恥ずかしいのか、レンはジルの首に手を回して、胸に顔を埋めてしまった。
また岩山が揺れた。
やっぱりハァハァ言っている気がした。
『やっぱり…最高の…眺め…じゃよ…』
「……」
そして、口調が改まる。
『良かった。本当に良かった。お互いによい『番』に恵まれたのぅ』
「ああ」
ジルは自信をもって頷いた。
レンの方はジルの胸に顔を埋めたままで、こくり、と小さくうなずいただけだ。
『きっとジルが『そういう意味』でこの谷に来ることはないじゃろう。お主らの愛は、それだけ深い。わしはよいものを見れた。お主らの幸せを祈っておるよ』
金色の瞳が閉じて、また岩の壁の裂け目に戻る。
これで終わったのだ、とジルは確信した。
とりあえずレンをお姫様抱っこしたまま、元の道を戻る。
かつんかつんと、岩山に足音が反響する。
「…ジル」
腕の中のレンが、小さい声で話しかけてきた。
「何?」
「あいして、る」
そのいじらしい様子に、ジルはくすりと笑った。
無限牢獄を使ったとき、レンは激しく気が立っていた。
きっと彼は、不安だった。
ジルも、同じように不安だった。
だが、それはもうない。
レンをお姫様抱っこしたまま、外に出る。
彼は珍しく、抵抗しなかった。恥ずかしがってジルの胸に顔を埋めたままだったが。
―そこには、異様な光景が広がっていた。
レクゼルとライナスが、地面を転がりまわっていた。
「やっだー!らっぶーい!」
「やばいですやばいですやばいです!」
「え、何これ」
2人ともロウエンのようにハァハァ言っていた。
何とか身もだえから正気を取り戻した―というか取り戻そうとしているライナスが教えてくれる。
「この世界は―らぶいっ、じゃなくて、『あのお方』そのものなので、全ての感情が住人に伝播するんですよ。特にあのお方が感じたものは。ああっ、らぶいっ」
つまり、あの洞窟の中で、ジルとレンの中から湧き上がってきた愛と、それを見たロウエンが感じて『らぶい!』と伝えた何ともいえない甘酸っぱさは、村中に広がっているということだ。
「ちょ、ジル!降ろしてくれ!!」
事態に気づいて再び足をばたつかせるレンを、ジルはより強く抱きかかえた。
「やだ」
「だ、って、皆がっ」
「見せつけてやろうよ」
ジルは筋力が強い。
軽いレンを抱っこして村を突っ切るくらい平気だった。
ライナスはようやく正気に戻ったようだった。
同じように転げまわっていたレクゼルも、何とか立ち上がる。
だが、口元はにやけたままだ。
「あー。らぶい」
「しつこい」
「だってそうなんだもん」
ライナスの案内で、元来た道を守る。
ライナスは時折せき込んで何かをごまかしていた。
やっぱりまだ、彼は影響を受けているらしい。
そして、村へと戻ると。
「お幸せに!!」
…何故か、花道が出来ていた。
皆笑顔で、どこからかき集めてきたのか、道を行くジルとレンに花弁の雨を降らせる。
「だってさ。俺たち祝福されてるよ、レン」
レンが少しだけ顔をあげた。
その恥ずかしそうな額に、ジルはほほ笑んで額にキスする。
周囲がどうっと盛り上がった。
「~~~っ」
真っ赤になったレンが、このままで終わってたまるかといわんばかりに―首を伸ばして、ジルに一瞬だけちゅ、と唇を重ねた。
そしてすぐに、胸に顔を埋めてしまう。
「…これ、どうしてこうなってんの」
ジルの問いに、ライナスが振り返って満面の笑みで答えた。
「だから言ったじゃないですか。此処は『あのお方』という世界そのものだから、感情がすべて伝播する。だからあなたたちの互いの深い愛情も、ロウエン様が感じたらぶい何かも伝播して、皆喜んでるんですよ」
「…嫉妬とか、ないの」
この村の住人は、皆、『親』に見棄てられた子たちだ。
むしろ『親』と愛を確かめ合ったジルの方が、嫉妬されそうな気もするが。
「いいえ」
ライナスはきっぱりと首を振った。
「ここが『あのお方』であるからこそ、僕たちは喜びも悲しみも共有しあいます。そして―あなたちは、僕らの希望なんです」
「希望?」
「もしかしたら、また自分たちにもまた新しい未来があるかもしれないという希望、ですよ」
その時、先ほど皮肉を言ってきたルゥが、ジルに話しかけてきた。
「…その、悪かったな。酷いこと言って」
「いや、別に。…ありうるかもしれないことだったんだろ」
「……今、現世はどうなんだ?」
ルゥの問いに、ジルは笑って答えた。
「ラグナロクシティってとこに住んでるけど、そこは『逃れモノ』とか呼ばれずに、神族も皆楽しくやってる」
「へえー。現世はそんなに進んだのか。俺も行きたいなあ」
いつか現世がもっと寛容になった時、ロウエンはきっと、彼らをここから解放するのだろう、とジルは思った。
ライナスに連れられて、あの門の前に戻る。
ライナスがかんぬきを引いて、扉を開けた。
「さあ。またいつでも来てください、僕たちの『希望』」
お姫様抱っこしたまま、ジルはあのオーロラの世界を歩いた。
一度来たから慣れたものだ。
精神の感覚でも、レンをお姫様抱っこしている感覚がある。
ただ、『道』はまだ分かりづらいので、レクゼルを追って歩く。
そして。いつもの酒場の扉が見えてきた。
レクゼルがそこを開けると、いつもの酒場の風景が広がっていた。
そこに、ジルは足を踏み出した―
たん、と再び足が地面についた。
今度はなれた酒場の床だ。
亜空間で精神に意識を集中して、こうして肉体のある場所に来ると、何だか奇妙な感覚がする。
そして。
「その様子じゃと、上手くいったようじゃのう」
アルカンシエルがにやにや笑っていた。
ジルは、レンをお姫様抱っこしたままだった。
「ああ。ばっちり。もうらぶくって」
「私も『父さま』のもとにいきたかったのー」
アルカンシエルは羨ましそうだ。
ふと、引っかかった言葉があった。
「『父さま』?」
「そう。『世界』ロウエンは我が父よ」
つまり『世界』であるロウエンの子がアルカンシエルで、ロウエンの孫にあたるのがレクゼルということになる。
ジルはなんだか不思議な縁を感じた。
ここに来て、失った左腕を作ってくれたスピカに出会って、更にロウエンの元で愛を確認しあって。
「ジル……」
「やだ。降ろさない」
2人を見てにやいやしていたアルカンシエルが、ぱちんと扇を閉じた。
「さて。そろそろ私はお前の影に戻るぞ。早く次元を戻せ」
「はいはい、おかーさま」
レクゼルが、また手を打ち鳴らす。
ごうん、と鐘の鳴る音がした。
-人々の喧騒が戻ってくる。
そう、ラグナロクシティに、戻ってきたのだ。
「では、達者でな。ジルとレンよ」
そういって、アルカンシエルは虹色の粒子になって消えていった。
「…準神話雄精霊に会うなんて、初めてだわ……」
「アレね。俺の親で、唯一使役している精霊なの。俺が『取り換え子』で、喧嘩しかけてくる精霊が多いからさ」
レクゼルが苦笑いした。
「精霊様は何かと純粋で高潔だからね。どうしても俺みたい混ざり物がいるのがゆるせないみたいでさー。親と契約して直接庇護されてるっていうか」
「過保護だな」
「実際100回以上襲撃受けてっからね」
レクゼルが笑う。
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