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第38話 『ねこは過去を邂逅する』

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冒険者ギルドで、依頼の掲示板をジルは腕を組んで見つめていた。

冒険者は決まった給料というのがないので、自分で依頼を見つけてお仕事しないと食っていけないのである。不定期に破格の報酬が入るものもあるが。

特に今はめぼしいものはない―と思ったが、ひとつ、目につく依頼があった。



『魔物の群れに村が襲われ、孤児院が壊されました。魔物を討伐してください』

「……!!」



その依頼を見て、ジルの瞳の瞳孔が鋭く絞られた。

孤児院の名前は-リメル孤児院。

依頼主の名前は、アリシア=リメル。



ジルは自嘲した。

そして、依頼掲示板からそれをはぎ取って、ギルドのカウンターのおねーさんに提出した。



「おねーさん。これの詳細教えてよ」

「…はい。ちょうど、繁殖期になって集った、わたりのワイバーンに襲われたみたいですね」

「へえ。いい気味だ」

「え?」



受付のおねーさんが一瞬首を傾げた。

それを隠すように、ジルはほほ笑む。



「これ、俺に受けさせてよ」







『はい。私が皆の親ですよ』



優しい声。

それとは別に、侮蔑するような、目。



『君たちは亜人ですからね、人間のご飯は苦手でしょう』



争って手づかみで食べたパンのかけら。



『ほら、食べてよ、ジル』



唯一差別してこなかった人間ヒューマンの友人がくれた肉。

貪るように食った。



『私は、皆の母親ですよ』



どこが。

どこが。



「ーーー!!」

「ジル、ジル!!」



どうやらうなされていたらしい。

レンに揺さぶられて、ジルは目を覚ました。



「うなされていたぞ。どうした」

「んー、別に?」



ジルはほほ笑んで、くしゃくしゃとレンの髪をかきまぜた。

がたごとと、乗っている竜車が揺れている。

地竜が馬車を引いているのだ。



「それよりさ、膝枕してくれよ」

「…ジル?」



揺れる竜車のなかで、ジルは身体を縮めて、レンの膝の上に頭を載せた。

珍しく自ら甘えてくるジルを見て、レンが不思議そうに首を傾げるが、ジルの髪を梳き始める。



「何があった」

「…今から行くのね、俺の故郷」

「……ジルの過去は、私も聞いたことがないな」



髪を梳く優しい指に、ジルは己の指を絡める。

そして自嘲した。



「ろくなもんじゃねえよ」





辿り着いたのは小さな村、リヴェール。



「あー。こりゃ酷いわ」



空を飛び交うワイバーンを見て、ジルは呟いた。

繁殖期の特有の甲高い叫び声を出しながら、空中を飛び回っている。

だが、敵自身は大したことはない。

村人たちはワイバーンを激発することを恐れて、皆家屋に引きこもっているらしく、村は静かだ。

とりあえず、孤児院に冒険者として挨拶に行く。



孤児院は外壁が派手に壊され、板で即席の修理が成されていた。

そのドアを、ジルはかるーくノックする。



「依頼を受注した冒険者でーす」



ジルのその声はいつになく棒読みで、いらついていて、レンは心配だった。

孤児院のドアがそっと開けられる。

そこから覗いたのは、しわがれた女性の顔だった。



「ああ、冒険者様―」



一瞬だけ、ジルを見て女性の顔が歪んだ。

侮蔑の表情だ。

それを彼女は取り繕い、



「こんな小さな村に、わざわざありがとうございます」

「いいえー」



ジルの笑みは、かつてヤタル親子に向けた対人用スマイルよりも対人用だ。

孤児院の中は薄暗く、埃っぽい。



「私、この村で孤児院の院長をしております、アリシア=リメルと申します」



院長が丁寧にあいさつした。

そこに、一人の少年が駆け寄ってくる。



「ねえ、アリシアせんせえ、いつ外にでられるのー」



一人の子供が、女性の服の裾を引っ張る。



「もうちょっと待ちましょうね。今回来た冒険者様が退治してくれるから」



アリシア、と呼ばれた女性は、子供を見て苦笑いした。



「本当に助かります。子供たちも外に出られないことに不満が募ってきているようでしてね」



人間の子供たちは、元気に駆け回っている。

―その奥で、亜人の子供たちが小さく固まっていた。



「おらおらー!猫!!にゃーんってないてみろよ!!」



一人の少年が、その亜人の中の一人―ジルと同じ、猫牙族の少年を蹴飛ばした。

猫牙族の少年が、か細い声を漏らす。



「にゃ、にゃあ」

「ほらー!やっぱせんせえがいう通りただの猫じゃん!!人間の言葉なんてしゃべるなよー!!もっとにゃあっていえよ!!」

「にゃ…」



「相変わらずっすね、院長」



その言葉に、アリシア院長が固まった。

ジルはそこに顔を近づけて、対人用スマイルを完全に解いて、牙を剥いて笑った。



「ねえ、ジルって覚えてる?13年前までアンタのところにいた子なんだけどさあ」

「あ、あなたは…!!」

「そう、ジル。ジル=ラジェンダ。一杯愛情込めてパンのかけら投げてくれたよね、せんせえ?今も優しくしてるんだー」

「…!!」



硬直するアリシア院長を通り抜けて、ジルは固まっている亜人の少年たちのところへ向かった。

先ほどから蹴り続けている人間の子供との間にさりげなく割って入る。

屈みこんで、蹴られていた猫牙族の少年の頭を撫でた。



「よしよしー。痛かったなあ」

「お、お兄ちゃん、誰?」

「お兄ちゃんはねー。この村のワイバーンを退治しにきたんだ」

「おい、猫、お前誰だよ!!」



邪魔されて、起こった人間の少年がジルの背中を蹴りあげた。

ジルは首だけ振り返った。



「にゃー?」



牙を剥いて笑う。

少年がたじろいだ。



「な、何だよ!ちゃんと話せよ!」

「猫は人間の言葉話しちゃいけないんだろ?にゃあ」



ジルの迫力に、人間の少年が、硬直した。

ジルはまた亜人の子供たち視線を向けて、彼らの頭を優しくなでる。



「どう?アリシアせんせえは」

「いつもいたい、ぼくたちのこと、いじめる」



レンは入口でそれをじっと見つめていた。

ジルの過去が何となくわかってきた。

―彼は、此処で育ったのだ。

ジルは立ち上がると、硬直している院長の元へと戻ってきた。



「相変わらず、人間至上主義ヒューマニズムっすか。院長」

「……亜人は、それが正しいのですよ。実際、一番優れているのは人間で―」

「はっ」



ジルは鼻で笑った。



「なぁに言ってんの。俺、Sランクの冒険者。俺より弱い『格下』の『人間』なんて腐るほどいるよ」

「……!!」



アリシアが息を飲む。



「ねえ、院長。報酬いらないからさあ、あの子ら、俺にちょうだい?」

「……何を、するつもりですか」



院長の声は震えている。



「何って。亜人は虐げられてなんぼなんだろ?じゃあ、亜人が亜人に同じことをしたって一緒だよな」



それからジルは、孤児院中に聞こえる声で叫んだ。



「はーい。今から『猫』のお兄ちゃんがワイバーン全部片づけるので、ちょっと待っててねー」



亜人の子供たちが顔をあげた。

人間の子供たちが笑った。



「なんだ。猫のおとなだって、そんなんできるわけないだろ」

「出来ちゃうんだなあ?それが。今回は悪いけど俺一人にやらせてよ、レン」





ワイバーンの群れを注視する。

ジルは適当にその辺の家屋の屋根に飛び乗ると、更にそこを足場に飛んだ。



「―闘気零式」



心臓が跳ねて、血液の巡りが早くなり、『気』の密度が増す。

爆発的に跳ねあがった身体能力のままに、自由に宙へとふわりと浮かび上がった。

クロスさせた両手には、計八本のナイフ。

それを投げ放つ。

それらはあやまたず、8頭のワイバーンの喉を貫いて一気に絶命させる。



威嚇の声をあげて近づいてきたワイバーンを、更に、伸ばした爪でひっかいて、目つぶしした。

その首を掴んで、鬱憤と共に地面へとたたきつける。

落下するのを上手く身体をひねって、その辺の煙突に着地する。

そしてまた跳んで、スピカに打ってもらったクナイ、という武器を投げ放った。



レンはただただそれを眺めていた。

何となく事情は呑み込めてきた。

ジルはここで育った。

あの子らと同じように、差別されて。



戦闘の中でジルは、人間至上主義ヒューマニズムなどぶち壊すくらい自由に空中を舞った。

全てのワイバーンが落下する。

こっそりドアの隙間から見ていた子供たちが、外へと出てくる。

人間の少年が、顔を真っ赤にして叫んだ。



「わいばーん全部仕留めたからっていい気になるなよ!!人間だったらな!もっと上手くできるんだよ!!どーせその左腕も魔物にやられて義手になったんだろ」

「にゃーん?」



ジルは意地悪く笑って見せた。



「じゃ、院長。報酬いらねえから、亜人らの子、全員俺にちょうだいよ」

「っ…」



院長は唇を噛み―



「いいですよ、連れて行きなさい。どうせどこへ行ったって同じなんだから」





がたごと、と竜車が揺れる。

亜人の子供たちは、縮こまっていた。

ジルはレンの膝を枕にして、くつろぎながら彼らに笑いかける。



「だぁーいじょうぶだって。悪いようにはしねえから。お兄ちゃんが助けてやる」

「お、お兄ちゃんは誰なの?」



一人の狐耳の少女が尋ねた。



「お兄ちゃんはねー。Sランク冒険者。『疾風』って聞いたことある?」



子供らが息を飲んだ。

そして目を輝かせた。



「しってる!猫牙族の『しっぷーのじる』!!」

「ひーろーなんだよね!!」

「さっきのたたかいもすごかったよね!おにいちゃん、やっぱりひーろーなんだ!!」



亜人たちの間では、Sランク冒険者で唯一の亜人のジルは希望の星扱いされていたりする。



「ところでおにーちゃん、さっきからひざまくらしてもらってるおねーちゃんはだれ?」



レンの額に血管が浮いた。

少し前に、おねーちゃんと呼ばれたことを未だに引きずっているらしい。



「…せめておにーちゃんと呼べ」

「えっ?」

「こら、脅すな、レン。このおにーちゃんはね、俺よりすっごく強い聖獣さまなの」

「しってる!しっぷーのおにーちゃんが、せいじゅうさまをつれてるって!」

「きれー!!」



こどもたちは純粋であるがゆえに、研ぎ澄まされた美貌のレンを直視してきた。

レンは恥ずかしくなって、ぷいと横をむいた。



「せいじゅうさま、どうしたの?」

「恥ずかしがってんの」



ジルは笑って、レンの肩から流れ落ちている銀色の髪をいじった。





ジルは、連れてきた子供たちを全員、ラグナロクシティの孤児院へと引き渡した。

そこは明るい陽光が差し込む立派な建物で、亜人の子供たちも人間の子供たちも、関係なく元気に楽しそうに駆けずり回っている。



「突然すいません。急に連れてきちゃって」

「いいんですよ。むしろ、この子たちを差別的な場所からこちらへ連れてきてくださって、ありがたいくらいです。やっぱり『疾風』のジル様ですね」



狐魂族の院長が微笑んだ。

ジルは恥ずかしくなって、猫耳をかいた。

尾が揺れる。



「…俺がひねくれてるから無理矢理連れてきただけで、そんなんじゃないです。…でも、喜んでもらえるなら、良かったかな」

「もう、謙遜なさって。この子たちは私たちが大事に育てますから、心配しないでくださいね」





冒険者ギルドに行くと、カウンターの受付のおねーさんが脱力していた。



「ジルさぁん。報酬と引き換えに子供引き取ってくるとかなんですか。一部じゃ人身売買って囁かれてるんですよお?」

「いや、実際にその通りなんだけど?」



ジルは笑って、ワイバーンの肉と骨と皮を小分けしたものを、カウンターにどっさりおいた。



「はい。これ依頼達成の証拠」

「勝手なことしないでくださいよー。こっちだって契約ってもんがあるんですからー」

「んじゃ、その分ワイバーンで補ってよ。それで十分だろ」

「…まあ、いいですけどね。亜人の子供たちが救われたのは事実ですから」



カウンターのおねーさんが苦笑いした。





酒場に戻る。



「ただいまー」

「ん、おかえり。…ジル、何かいつもと顔つき違くね?」

「いいからいいから。マスター。一番手っ取り早く酔えるどぎつい奴持ってきてー」

「…ん?ああ」



レクゼルがジルのことを気にしながらも、『一番ドぎつい酒』―グリストラファイア・カルテットを持ってきた。

いつもはグラスに入れるそれを、ジルの雰囲気的に何となく大ジョッキに注いでカウンターに置く。



「さっすがマスター。サービスいいじゃん?」

「…こいつに何があったんだ、レン」

「……」



レンは何も語れなかった。

ジルが語ろうとしない限り、語るべきではないと思った。

手っ取り早く酔える酒で手っ取り早く酔っぱらったジルが、語り始める。



「今回の依頼ねー、俺が育った孤児院からだったの」

「へえ。お前リベール村の出身だったの」

「そこの院長がまたクソでさー。人間至上主義ヒューマニズムでね」



ジルは酒を飲みながらのんびりと語る。

尾が、ゆらゆらと揺れる。



「俺たち亜人は、『人間の食べ物はあいませんよね』ってカビの生えたパンとか投げつけられてさー。それでも腹減ってるからもう争奪戦で、亜人同士でも仲悪かった。なんとなーく気が合ったユージーンだけは俺にこっそりご飯くれたりしてたんだよね」



ごくり、とまた酒を煽る。



「あいつもいじめられっこでさー。アイツだけが俺をまともに扱ってくれた親友だったから、かばったら余計に『猫の癖に生意気だ!』って余計いじめられてさ」

「……」



レンは黙って聞いていた。

レクゼルもさすがに何も言えないようだ。



「まあ、弱い奴から死んでいったよ。俺たち亜人同士でも生き残るために必死でかびたパンでも何でも食料は取り合いしてたから。まあ、俺が殺したようなもんでもあるなあ」

「…ジルのせいじゃない。悪いのはあの腐れた院長だ」

「そっかー。ありがとうな、レン」



ジルはくしゃくしゃとレンの頭を撫でた。

いつもレンがしてくる代わりに、ジルがレンの肩に頭を載せる。



「13になるころには10人いた亜人は4人にまで減ってたかなあ。院長は人に見せる顔だけはよくてね、亜人の面倒まで見る聖人、って目で村人には見られてたからな」

「…だから、依頼受けたのか」



にへら、とジルは笑った。



「せいかーい。行ったのは院長への仕返し8割、俺と同じガキがいるだろうってのが2割。まあ、ヒーローとか呼ばれてけどお兄ちゃんはそんなきれいなもんじゃないんですよ。むしろあの子らはさ、会った時食べ物を分け合っててさー。命かけて奪い合いしてた俺たちの世代とはほんと違ってたわ。ほんといい子」



ジルは己の両手を見た。

気の弱い子や、優しい子ほど、先に死んでいった。

ジルは生き残ることに激しく執着したから、生き残れた。

院長はともかく、自分の手が汚れているのは確かだと思った。



「でも、お前、あの子らをこっちの孤児院に連れてきてやったんだろ。十分ヒーローだと思うぜ」

「そーかな……」



ごとり、とジルの頭が、カウンターに落ちた。

珍しく、彼は酔っぱらってつぶれた。



「……部屋に連れていく」



レンがジル腕を、己の方に回した。

そのままずるずると引きずっていく。

実際、彼の膂力は本気を出すとジルを上回る。



「ほら、ジル。階段上るぞ」

「れーんー」



引きずられながら、ジルはさわりとレンの尻を撫でた。



「俺を慰めてよ」
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