お前の失恋話を聞いてやる

灯璃

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匂いと真相

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 また次の日。

 朝起きて、自分を匂ってみたが、あんまりよくわからなかった。昨日しっかりボディーソープで洗ったから、その香りが残ってんのかな? っていうぐらいの匂い。

 朝食を食べ終えて、病院に行こうと準備していると玄関で、

「大和、あんた一人で大丈夫? 今日休みだから、なんかあったら電話しなさいよ」

 ちょっとだけ、いつもより心配そうな母ちゃんに声かけられた。けど、この年で親同伴で病院に行くってさすがに恥ずかしいし。

「大丈夫だよ。子供じゃあるまいし。行ってきまーす」

 そう言って玄関を開けて振り返ると、母ちゃんは既にダイニングに戻って行ってた。息子が心配なんだかそうじゃないんだか、全くわからん。





 近所の皮膚科は、個人病院だった。
 予約がなくても大丈夫だというので、受付で問診票を書き、待つ。気になる項目は、もちろんワキガだ。
 順番になり、名前が呼ばれたので、受付の横にある診察室に入った。

「失礼しまーす」

 入るなり、机で書き物をしていた先生が、バッとオレの方を振り返った。
 その行動に驚いてオレが固まっていると、先生はごめんごめん、と言って苦笑した。

「椅子にどうぞ。今日はどうしました?」
「はい。あの、オレ、もしかしたらワキガなんじゃないかなって思って……」

 お医者さん相手とはいえ、恥ずかしいぞこれ。
 先生はちょっと考えた後、首をひねる。

「それは、誰かに言われたのかな?」
「いや、言われたというか……なんか、オレの友達で臭い嗅いだ奴が、ちょっと行動が変で。オレが臭かったのに、言い出せなかったのかなって」
「ふぅむ」

 先生は、何事かを机の上の紙にさらさらと書いていく。

「失礼だけど、キミ、オメガだよね?」
「はい?!」

 今、まさかその単語聞く事になるとは思わなくて、声が上ずった。

「いや、急にごめんね。身内や親戚、近しい人にアルファかオメガの人は居なかったのかな」
「あの、なんの関係が」

 先生のいきなりの話題の変更についていけず、つい不機嫌そうに聞き返してしまった。
 先生は気を悪くした様子もなく、苦笑して口を開いた。

「ごめんごめん。キミのその匂いはね、オメガが発情期の合図に出す匂いだよ。フェロモンって、聞いた事あるかな? 両親がベータなら、わからなくても仕方ないね。その匂いの事を聞きに来たってことは、今回がはじめての発情期かな。そのお友達がアルファのお相手じゃないなら、抑制剤よくせいざいが要るでしょう。ここでは薬を処方してあげられないから、大きい病院の紹介状を書いてあげるよ。なるべく早く、親御さんと一緒に、今日にでも行った方が良いと思うよ」

 そう、オレを見ずに、机の上の紙に何やら書きながら先生が言う。
 先生の言葉が、耳から入らない。

「君は、気付くのが早くてよかったね。もっとフェロモンをムンムンにしながら来る子もいたから、まだマシな方だよ」
「そう、ですか……」

 オレの意思関係なく、物事が進んでいく。
 診察が終わり、受付で名前を呼ばれて、お金を払う。
 領収書と、紹介状と、大きい病院の地図が渡された。
 受付の綺麗なお姉さんに、お大事に、と言われた事だけ、なんだか現実感があった。

 呆然。

 オレはこの時、呆然としてたんだと思う。
 オメガ、と言われてもどこかまだ他人事だった。
 でも、発情期が来てしまったら……耐えがたい衝動、とやらがこれから自分にも来るのだと思い知らされたら、オレは。






 あんまり覚えてないけど、オレは自宅に帰って、ダイニングに居た母ちゃんの前で、泣いてしまったらしい。
 母ちゃんは静かに、オレの、支離滅裂な言葉を聞いてくれて、その大きな病院に電話してくれた。
 幸い、専門の先生が帰る前なので、今からでも良いと言ってもらえたみたいで、急いで支度した母ちゃんと、タクシーでその大きな病院に向かった。タクシーの中で、司に今日は無理とだけメールをいれる。それだけで、また泣きそうになった。
 母ちゃんは何も言わなかったけど、側に居てくれた。

 病院に着いて受付して、案内されたのは結構奥まった場所だった。そこには、Ω科という謎の科の名称が書かれたプレートが掲げられていた。
 名前を呼ばれ、母ちゃんには外に居てもらって、一人で診察室に入っていく。

「失礼します」

 さっきまで泣いていたせいか、声が震える。

「どうぞ。そこに座って、楽《らく》にしてね」

 聞こえてきたのは、柔らかいしわがれ声。
 中にいたのは、小柄なおじいちゃん先生だった。柔らかい表情に、ちょっと安心する。
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