お前の失恋話を聞いてやる

灯璃

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社会人編 大切なもの 前編

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 早乙女 大和は、ベータから生まれたオメガである。
 色々あったが高校を卒業後、ゲームの専門学校を卒業し、オメガながら大手のゲーム会社に就職が決まった。かねてからの約束通り、無事に土岐 大和になった。
 結婚式もなんとか済ませ、新婚時代を楽しめるかと思っていたが、社会人1年目というのはそう甘いものではなかった。

 旦那である土岐 司は、自身と同じアルファである祖父の会社の跡継ぎとして、大学在学中から、後継者教育を受けながら忙しくしていた。
 念願のゲーム会社に入社した大和もまた、ゲームの開発という常に忙しい部署を希望した為に、二人はゆっくりと話す時間もままならない程であった。

 特に大和の方は、1年目という事で、仕事自体は簡単だったり雑用だったりしたが覚える事が非常に多く、家には寝に帰るような日が続いていた。
 オメガ、という事を考慮して採用されてはいるが、ゲーム開発にオメガが入る事自体がはじめてな為、3ヶ月に1回、1週間程も休む事になると流石に周りも困惑し、入社後はじめての発情期の後に、これでは困る部署移動もあり得る、と遠まわしに伝えられた。

 大和は、生来の真面目な性格と、子供の頃からの夢が叶っているこの状況を手放したくないという思いから、発情期も働く事が出来るか、主治医のおじいちゃん先生に相談してみる事にした。




----

「先生、オレ、発情期も働きたいんです。何とかなりませんか」

 いつものように診察に来た大和の言葉に、おじいちゃん先生は少しだけ驚いた様に眉を開いた。

「ほう、それはどうしてだい?」

 穏やかな口調のおじいちゃん先生に、大和は一瞬、言うか言わないか迷ったようだが、覚悟を決めたように口を開いた。

「あの、オレ、今、夢が叶って憧れの職場で働いてるんです。忙しくて大変だけど、凄く楽しくて。やりがい、みたいなものも感じてて。だけど、その、オレがオメガだって事はわかっているけど、3ヶ月に1回、3、4日も休まれると困る、と言われまして……オレ、この職場辞めたくないんです!」

 大和の言葉を聞きながら、おじいちゃん先生はふむ、と少し考える仕草をして、カルテに何かを書き加えていた。大和を見ずにボールペンを動かしながら、口を開く。

「そうだね、結論から言うと、ある程度までは可能だよ。ただし」

 そこで言葉を区切り、大和をしっかり見据えた。

「強い抑制剤を使うと、副作用も強い。オメガの発情は本能だからね、完全に抑え込むというのも難しいし、薬との相性もある。アルファとの性交が一番だけど、アフターピルを使っても絶対妊娠しないとは言い切れない。……僕らは、そういう生き物なんだ。それでも、働く事を優先するかい?」

 おじいちゃん先生の真剣な言葉に、一瞬大和はたじろいだ。
 先生の言葉の意味がわからない大和ではない。囲(かこ)ってくれるアルファがいて王道に幸せになる道もあるのに、そこまでして働きたいのか、と聞いているのだ。
 覚悟を問われ、すぐに返事できなかった自分を、大和は少し恥じた。だが、それを隠して頷く。

「ずっと、夢だったんです。この1年か2年頑張れば、少し余裕が出来るハズなんです。それまでの間、頑張りたいです!」

 バッと頭を下げると、はぁ、という小さなため息が聞こえた。

「……僕は医者だから、本当にこれ以上はってなったら止めるけれど、それでも良いかい」
「っ、はい!」

 パァッと顔を輝かせる大和とは対照的に、おじいちゃん先生は静かに諦めのような表情を浮かべていた。

「じゃあ、今回から薬が変わるから、薬局で良く話を聞いておいてね」
「はい! ありがとうございますっ」

 元気良く返事をして出ていく大和の後ろ姿を、おじいちゃん先生はただ黙って見送っていた。



 一方、大和はいつもの薬局でいつものように薬を貰おうとしたら、薬局の中がザワザワしはじめた。何だろうと名前を呼ばれるのを待っていると、ようやく順番がきたので窓口に向かった。
 窓口で待っていたのは、ベテラン風のおばちゃん薬剤師だった。

「えーっと、今回お薬が変わっているようですが、何か、先生と相談されましたか?」

 少し聞きにくそうに聞いてくる薬剤師に、首を傾げながらも大和は頷いた。

「ええ、まあ、はい。強めの抑制剤を……」
「そう、ですか。えっと、これは今ある抑制剤の中でもかなり強いものでして。先生からお聞きになりましたか?」
「はい。副作用も強くなるって。何の副作用ですか?」

 薬剤師は、後ろの棚から何やら薄い紙を引っ張り出してきて、大和に見せた。

「人それぞれにはなるんですが、一番は強い倦怠感ですね。この薬は、むりやり身体の代謝や活動を抑え込む成分が入ってまして、それに付随してこの辺りの副作用もでる事があります」

 薄い紙には、薬の名前と効能、副作用の欄がありその数の多さに大和は一瞬怯んでしまった。

「あの、これ、全部?」
「ああ、もちろん全てが出るわけではないですよ。個人差があって、強く眠気が出る方とか、便秘で済む方とか色々です」

 副作用が少しで済むかもしれないという事に、大和はホッと胸をなでおろした。たが、おばちゃん薬剤師は少し気の毒そうに大和を見ていた。その視線に気づき、少し不安になる。

「あの、この薬、何かあるんですか?」
「あっ、いいえ。なかなか出さない強い薬だったもので。薬が合わないとか、何かあったらすぐ相談して下さいね。それでは、お会計はあちらでお願いします」

 誤魔化すようなおばちゃんの微笑みに、首を傾げながらも、大和は会計を済ませ(倍以上とられてさらに驚いた)家路についた。



 帰った大和は、おばちゃん薬剤師の歯切れの悪い対応が心に引っかかり、ついネットで薬の名前を入れて検索をかけてみた。
 すると、出てきた結果は下世話なもので。

『番を解消されたオメガに出される薬』
『これ出されたら、オメガとして詰んでる』
『メンヘラ化して頭おかしくなったオメガに、アルファが頼んで医者に出させるというウワサがある』
ODオーバードーズすると不安全部吹き飛ぶ』

 大和は頭を抱えた。
 だが、ちゃんと多少なりともポジティブな結果もあり、大和と同じく働きたいオメガに、割と出されている薬らしかった。だが、これが効かないという人もいて、大和はそっと検索結果を閉じた。



 夜、夕食後。

「なあ、司。相談があるんだけど」
「なに?」

 真剣な顔をして話かける大和に、司はただならぬ雰囲気を察しながらも、あえて何でもないように聞き返した。
 大和は、眉を寄せて申し訳なさそうに、口を開いた。

「あのな、司。この間の発情期でオレ、四日ぐらい会社休んだだろ」
「ああ。そんなに早く行って大丈夫かって思ったよ。どうした?」

 あくまでこちらを心配する司に、大和はバッと頭を下げた。

「司、オレ、発情期も会社に行きたいんだ。仕事も覚えたいし、周りの人もオメガだからって、そんなに休まれるのは困るって。だから、しばらく、発情期にヤるの……我慢して欲しい」

 これ言うのめちゃくちゃ恥ずかしいな、と思いながらも大和は頭を下げ続けた。
 これは、大和だけの問題ではない。司の欲求も巻き込む問題だ。
 少しの沈黙。
 大和が恐る恐る顔を上げると、少しだけ悲しそうな顔をしたレトリバーがそこにいた。

「……それをして、大和の身体は大丈夫なの?」

 それは、自分の欲求より大和の身体を優先した言葉だった。その優しさに、大和はもう一回頭を下げる。

「一応、おじいちゃん先生と相談して決めた薬を使うから、大変な事にはならない、と思う。ただ、副作用が結構あるらしくて、どうなるか使ってみないとわからない。だけど、仕事を覚える、1、2年の間、来ないように遅らせるだけだ。ちゃんと、元に戻すようにするから。だから、司も協力して欲しい」

 また、少しの沈黙。だが、今度は、

「……わかった。新人の間は、って事だよな。オレも、来年正式に入社したら、忙しくてそれどころじゃなくなるかもしれないし。大和の言う通りにするよ」
「司! ほんっと、ごめんな。ありがとう!」

 ぎゅっと司に抱き着きに行くと、腕が回された。結構な力の込め具合の腕に、あっと、大和は思った。

「いいよ。大和の夢、知ってるから。オレも、応援したい。……ヒートの時期じゃなきゃ、良いんだよな?」

 見上げる顔は、色気を纏っていて。その瞳に見据えられると、もう、大和は動けない。降りてくる唇を無抵抗で受け入れ、舌も受け入れ、行為はだんだんと激しくなっていく。

「つ、かさ、ごめんな。我慢、させるけど」
「いいよ。大和の頼みだからな。でも、なるべく早く解禁して欲しい」
「がんばる……あっ」

 あとは、言葉にならなかった。



-----



 最初に処方された抑制剤は、眠気が強く出過ぎて、大和は失敗してばかりだった。
 これでは駄目かと、次に処方された薬は、前回より弱いものにしたので眠気は出なかったが、1日目の大和のフェロモンが相当なものになっていた。番契約をしているので、他のアルファが豹変するという事はなかったが、部署内が変な雰囲気になってしまい、結局二日休む事になった。
 三度目の正直と出された薬は、倦怠感があったが、動ける程度で良く抑制できていたので、これを飲むこととなった。

 ようやく、まともに社会生活ができると喜んだ大和だったが、運命の番、というのはどこまでも優しく残酷だった。

 大和も入社2年目となり、雑用以外の仕事も任されるようになった頃、その抑制剤が効きにくくなった。
 慌てて薬を強いものに変えて欲しいとお願いし、何とか抑えたが、副作用で大和はフラフラであった。
 おじいちゃん先生にも、これ以上はもう無い、あとは不妊になる、と言われるところまできていた。

 ただでさえ、ゲーム開発部は忙しい部署だ。
 また、新作のリリース時期がいよいよ近づいてきているという段階で、多忙を極めていた。それは、2年目の大和まで駆り出される程で。
 また、大和も大和で、仕事を覚えられるチャンスだと、言われた仕事を全て引き受けていた為、首がまわらなくなっていた。
 見かねた周囲が、仕事を少しもらうから家に早く帰るように言うが、一人前になりたいと言うばかりで、大和はますます家に帰るのが遅くなっていた。

 余裕が無くなれば、イライラしてしまうのが人間というもので。

 クリスマスすら忘れて仕事をしていた大和しんこんを見かねた周囲が言い聞かせて、ようやく、それでも定時を大幅に過ぎて帰宅した程だった。

 久しぶりにゆっくり司と過ごした大和だったが、また忙しい日々に戻っていた。



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