キャンピングカーで、異世界キャンプ旅

風来坊

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第7章 迷宮都市編

迷宮都市と聖塔の代行者

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 石畳の広場に、静寂が降りた。
 群衆はなおも膝をついたまま、誰一人として声を上げない。
 ブレイザー号の白い外装は陽光を反射し、都市の中心に立つ黒い塔までも照らしていた。
 風が止まり、空の青さが一瞬、時間を忘れたように澄みわたる。

 やがて、都市の鐘が鳴った。
 低く、深く――空を震わせる音。
 その音とともに、群衆が左右に分かれていく。

 風を纏うような足取りで、一人の女性が現れた。
 銀糸のような髪を揺らし、白と青の法衣をまとったその姿は、まるで風そのものだった。
 額には透明な宝石が埋め込まれ、そこから淡い光が流れている。

「……あれが、この街の代表か?」翔が小声で呟く。
「聖職者のようね」忍が答えた。

 やがて彼女は、ブレイザー号の前に立った。
 群衆の視線が、すべてその場に集まる。
 彼女の唇が静かに開いた。

「――天より来たりし舟の主よ。
 あなた方が、この地を渡る風の導き手なのですか?」

 その声は澄んでいて、まるで風の響きが人の言葉になったようだった。
 翔が一歩前に出る。
「俺は翔。旅をしている者だ。こっちは忍、そして――仲間のブレイザー。」

 ブレイザーが一歩前へ出た。
 黒髪を後ろで束ねた青年の姿。整った顔立ちに、どこか機械的な精密さが宿っている。
 白手袋をつけた手を胸に当て、優雅に一礼した。
「初めまして。私たちは遠い地より旅をしてきました。敵意はありません。」

 女性は静かに頷いた。
「私はマルガリーテ。迷宮都市エルグラード、聖塔の代行者です。
 この都市と、風の神殿を護る責務を持っています。」

「聖塔の代行者……つまり、この街の指導者みたいな立場か?」翔が尋ねる。
「ええ。けれど私たちは神を祀ってはいません。」
 マルガリーテは、指先で風を感じるように手をかざした。
「私たちが敬うのは“風”そのもの。風は命を運び、記憶を繋ぐ。
 それは、この世界のすべての存在を結ぶ力なのです。」

《理想的な循環思想ですね。文明の根幹に“風”を置くとは興味深い。》
 ブレイザーが小さく頷きながら言った。

 マルガリーテの瞳が淡く光る。
「……あなた、“ブレイザー”と名乗りましたね。
 その名は記録にはありませんが、よく似た存在が古文に記されています。」
「似た存在?」忍が問い返す。

「“SEIRYU”――千年前、空を渡り、この地に風の核を残したと伝わる鋼の舟です。」
 その名を聞いた瞬間、ブレイザーの瞳が微かに揺れた。

「……SEIRYU。私の前身にあたる存在です。」
「前身?」マルガリーテが目を見開く。

 ブレイザーは穏やかに頷いた。
「彼は私の源です。
 我々の技術は同じ根を持つ――異世界の科学と、この世界の魔力の融合体。」

 マルガリーテは目を伏せ、小さく息を吸った。
「……やはり。風の預言は、真実でしたのね。
 “天の舟は二度降り、封印を開く者となる”――そう記されています。」

《封印……それは、SEIRYUの記録にもありました。》
「記録?」翔が顔を上げる。

《“三つの核を得よ。空間を創り、世界を守れ”――SEIRYUの最終指令です。》
「……つまり、その“風の核”ってのが、ここにあるダンジョンコアだな。」翔が静かに言った。

 マルガリーテが頷く。
「はい。迷宮都市の中心、聖塔の地下深くに“風の核石”が眠っています。
 それはこの都市の心臓であり、古の力の結晶。
 けれど同時に、“光竜の怒り”を封じた錠でもあります。」

「光竜……」忍が息をのむ。
 マルガリーテは目を閉じたまま、静かに語った。
「千年前、空から落ちた鋼の舟と共に来た男――高坂亮。
 彼はこの地の民を導き、技を教え、やがて竜と戦い、そして……封印されました。」

 翔はその名を聞いて、無意識に拳を握った。
「やっぱり……こっちの世界にも彼の伝承は残ってるんだな。」

「ええ。けれど彼の封印を解くことは、古くから禁忌とされています。
 封じられたのは竜の魔力そのもの。もしそれが解き放たれれば、この大陸が崩壊する、と。」

 ブレイザーが一歩進み出る。
「私たちは封印を壊すために来たのではありません。
 彼の遺志を継ぎ、この世界に“空を取り戻す”ために来ました。」

 マルガリーテはしばし沈黙し、やがて微笑を浮かべた。
「……なるほど。ならば、風もあなた方を拒まないでしょう。」
 彼女は背を向け、聖塔を見上げる。
 その黒い石壁が、夜明けの光を浴びてわずかに青く輝いた。

「聖塔の地下――そこに迷宮への門があります。
 あなた方が“風を継ぐ者”であるなら、迷宮は道を開くはずです。」

「つまり、試練があるってことだな。」翔が短く笑う。
「はい。風は常に問いかけるのです。“お前は何を繋ぐ者か”と。」

 翔は静かに頷いた。
「なら、答えを見つけに行こう。――風の中へ。」

 マルガリーテが一礼し、白衣の裾を翻した。
「夜明けに塔の門を開きましょう。
 風は、嘘のない者だけを通す。心を整えておきなさい。」

 彼女が去ると、街の風が再び動き出した。
 広場に漂っていた光がふっと散り、祈りの声が遠ざかっていく。

 翔は空を見上げた。
 夜の端で星が瞬き、ブレイザー号の翼に反射していた。
「……高坂亮がこの空を見た時も、同じ風が吹いてたのかな。」
「たぶんね。でも、見届けるのは私たちの役目よ。」忍が微笑む。

 ブレイザーが静かに告げた。
《迷宮構造の初期解析完了。地下一層から三層までのデータを取得。》
「最深部は?」
《不明領域です。……そこに、風の核石がある可能性が高い。》

 翔は短く息を吐き、口元に笑みを浮かべた。
「よし。なら、明日の風を掴みに行こう。」

 夜風が吹き抜け、塔の鐘が小さく鳴った。
 それはまるで、次の試練の始まりを告げる音のようだった。
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