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第2話 海賊討伐

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 ウェルヘン王国の王城から東へ10kmほどの所にあるベルダー城。王族が休日を過ごす保養地の逗留先として造られたもので城とは名がつくものの建物自体は少々頑強な別荘と呼ぶに相応しい設えであった。

 マルフィス公子らはモルディス国王から無償で借り受けたこの城を仮の公子府、棲み家として6年間を過ごした。王家の客人として暮らしに必要な金は月毎に決まった分だけ支給された。日々の暮らしの細事は気にせず少しでも多くの時間を武芸の鍛錬と用兵術の研鑽に使われよ、そうした国王の気遣いであった。

 それなりに長い時を過ごした城。この地を去る際になると名残り惜しさも感じたものだが。その翌日には再び城門を潜る事となり使用人たちに出迎えられてみると、何とも言われぬ気恥ずかしさでどこか俯き加減となってしまう者が大半だった。

 そうして住み慣れたはずの地で何とも居心地の悪い10日間ばかりを過ごした頃である。玉座の間のないこの城でその様に使われていた大広間に主従が勢揃いしていた。

「殿下、ご命令通りに海賊は討伐致しました」
「そうか。ガルディノよくやってくれた!」
「いえ、殿下の差配のお陰にございます」

 マルフィス公子は奪われた物資を取り戻すべく騎士団に海賊討伐の命を下していた。まず、港町ワスディの傭兵ギルドで海の仕事に慣れた者達を雇い入れ襲撃犯と思しき海賊の拠点に関わる情報収集に努めさせた。

 そうして突き止めた拠点にガルディノ騎士長を指揮官とする討伐隊を派遣した。強者揃いの公国騎士ではあるがこの際はほとんど当てにしなかった。水練に長けた者を少数選抜した程度で主力となったのは前の傭兵たち。

 足場の悪い水辺での戦闘経験が豊富なのはもちろんだが万が一に備えてという面もあった。借り上げた船の船員に急病者が出たり負傷者多数の場合、船の扱いに慣れた彼らならば代わりが務まる。最悪の事態、遭難した際に生存率を高める術を心得ているのも大きい。

 と、いう様な物言いで騎士主体の編成を主張するガゼルを言いくるめた公子であった。そして、その差配が功を奏したかの様に船員達が腹痛と下痢に悩まされ傭兵が操船を代わる事態も起きた。

「我らが損害が軽微なのは傭兵の方々の働き大きく、中でも特に活躍目覚ましく1人で16名も打ち倒した強者がおります。是非とも殿下からお言葉を賜りたく」
「それはすごいな。戦場では常に先陣を切ってきたガルディノ騎士長がわざわざそう申すのであれば剛力無双の勇士に違いない」

 ガルディノが後ろに控えていた傭兵たちの方に振り向き目配せで合図をする。その中から1人の者が静かに立ち上がりガルディノの右脇まで来ると、そこで改めて恭しく跪いた。

「お目にかかれて光栄にございます。港町ワスディの傭兵ギルド所属、マチルダと申します。以後お見知りおきを」
「そなたが16人も!? てっきり……、いや、まさかこれほど美しい女性であったとは」
「あっはっはっ! 化け物じみた怪力の戦士でも想像していらっしゃいましたか? 私がやつらをぶった斬れたのは殿下にお褒め頂いたこの美貌のお陰にございます」
「ん? どういう事だろう……」
「勿体ない、私の前に立った男どもは私の姿を目に入れた瞬間にそう思ってしまう。捕らえて後で慰み者にでもしよう、そう考えてニヤついた薄汚い面の少し下の辺りにスゥーっと長刀を。それだけの事にございます」

 そうやって形だけは畏まって見せる傭兵マチルダは随分と肌の露出の多い革鎧を身に着けていた。正面にいる公子の位置からは意識的に見ようとせずとも溢れんばかりの胸が見えてしまう。それを微かに揺さぶりながら誘う様な艶めかしい笑みを公子に投げかけたのを合図としたかの様に、公子の脇にいたガゼルが咳払いをした。

「して、ガルディノ。肝心の物資は?」
「誠に残念ながら大半は既に売り払われてしまったと思われます。我が軍の物として目印を刻んだ木箱がいくつも空の状態で見つかっただけでした……。それを売却して得たはずの金も一切見当たらず……。持ち帰れたのはこれだけにございます」

 ガルディノが目線を送った先にあるのは木箱が10箱。投槍や矢といった大量に消耗する武器、兵糧、貨幣などといったものを容れた木箱は500箱ほどあったはずだが……。それに決して多くはないものの軍馬もいた。今はその姿なく飼料だけが大量に。

 公子以下、騎士団の皆がうつむいてしまう中、傭兵のマチルダが声を上げる。

「海賊ゴスロ団は商船への襲撃を繰り返して賞金首となっております。奪われた分には到底届かないでしょうが少しは足しになる、かと」

 公子は僅かな時間うつむいて考えてから口を開いた。

「ならばこうしよう、此度の海賊討伐では皆に難儀をかけた。特に傭兵の方々の働きは大きいと心得ている。懸賞金は皆で分けて欲しい」
「で、殿下っ! 討伐にかかった費用で我が騎士団の懐具合は実に心許ない状況にございますぞ!!」

 ガゼルは思わず公子の側まで歩み寄って大声を上げた。なけなしの軍資金で傭兵を雇い商船を借り食糧と水を購入して臨んだ海賊討伐だったが回収出来たのは極わずか。財政的な面から見れば完全に失敗の軍事行動であった。

 ガゼルに詰め寄られてしまった公子は僅かにたじろぐ様子を見せたが内心は穏やかであった、平静だった。そうなる様に画策した張本人である。

「思えば我々はこの島に何の恩返しもしないまま旅立とうとしていた。落ち延びてきたところを優しく受け容れ生き続けさせてくれたその恩義に対して。違うかな?」

 マルフィス公子はいつになく爽やかなものを表情に浮かべてそう語った。恩を返していなかった、公子にそう言われるまで公国騎士団の誰もが意識していない様な事だった。

「だから、この島の人々に仇名す悪名高き海賊を討ったのはその不義理の清算。不運から始まった事ではあるがそう思ってはどうだろうか? 海賊を討ったという事実だけで我々には充分だ」

 その場にいる者達は公子の懐の深さというものに触れた様な気がした、させられてしまった。

「我ら、殿下と共に! ベルスティン公国に栄光あれっ!!」

 騎士団の面々から上がったその様な声と一緒に覇気の様なものが大広間に充ちた。

「随分と太っ腹なマルフィス公子殿下に感謝しますぜぇっ!」

 更に傭兵たちの歓声も沸き上がっていた。


 その夜。港町ワスディの怪し気な酒場の一角にはボロを纏ったマルフィス公子とアマルダ海竜団の頭目の姿があった。

「傭兵マチルダ、じゃなくてアマルダ姐さん。今回は色々と助かったよ。海賊襲撃という手を使った以上は騎士の敵意がそこに向く、ガス抜きしておかねば士気に関わるからね」
「いいって事さ。最近、やり口が目に余るゴスロ団を襲撃犯にでっち上げて始末出来たし、たんまりと稼がせてもらったしね」
「船員が下痢で酷い事になったと聞いたが、やはり?」
「そう、そういう薬をちょっとね。マル坊の差配とやらの確かさを演出する為に」
「ほんと、アマルダ姐さんはいい仕事するな~~」

上機嫌でアマルダと話していたマルフィス公子であったが、急にその表情は険しいものとなっていた。

「それにしても、だ……。こうもあれこれと面倒な事をせねばならぬ羽目になったのも全てはブリュンドル王国のディウス将軍とやらのせいだ。反転攻勢に出るのは勝手だが、各地に決起を促す檄文をばら撒くとは何たる迷惑」

 祖国奪還を謳えるだけ謳って悠々自適に過ごす。出来るだけその期間を延ばす事に心を砕いてきた公子にとって、それは想定外の横槍だった。ある日、モルディス王に呼ばれて王宮を訪ねてみればその様な物が届いたと告げられた。

 祖国奪還を謳っているだけに、そのまたとない好機とあっては動かぬわけにはいかない。仕方なくモルディス王の前で歓喜した様子を見せ出征を宣言する羽目になってしまったのである。
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