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2章
第6話 娘と父③
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瞳をうるうるさせたリデルが俺を見つめていた。そこに満たされつつある物は今にもこぼれ落ちそうだった。
「私はティルスさんが死んだら困ります。ティルスさんと一緒に喪われた双剣を見つける、それが今の私にとっての目標なんです。冗談でもそんな事を言わないで下さい!」
「リデル……」
好んで死のうとは思っていないが本当に俺が死んで困りそうな人物が思い当たらないので口に出た何気ない一言だった。それがリデルをこんなにも揺さぶってしまうものだとは想像だにしていなかった。
ヴァレットは泣きじゃくるリデルに歩み寄るとそっと自分の胸にリデルの顔を収めた。
「リデル、侯爵様がヘマをしたせいでおかしな話になってしまってごめんね」
親友の胸に肩を寄せるリデルにどう声をかけていいものかわからない時が少し続いた。
「妙な事を言ってすまない。俺にはリデルを守る義務がある、だから死なない。安心してくれ」
リデルはコクリと頷いて瞳の端に残っていた悲しみの結晶をそっと拭い去った。それを合図に皆が席に戻って話を続ける。
「俺にそっくりな者が誘拐に失敗した現場を目撃した人達がいるのは確かなのですね?」
「ああ、すんでのところで防いだ親達の証言がある様だ。手配書に添える似顔絵はその者達に聞き取りをした上で書かれたものだ」
「俺を狙っている魔族はおそらく幻影を使える者です。幻影で俺の顔を見せていたとすればどうでしょう?」
「それまで誰にも気付かれず立て続けに誘拐に成功しているものを顔まで見られて何回も失敗する。お父様、これはおかしいですわね」
ヴァレットの指摘で濡れ衣の仕組みは決定付けられた様なものだった。そして、その仕組みは人間にとって実に危険なものの芽吹きである事にも気付かされた。
「魔族が人間社会の仕組みを利用して邪魔な人間を人間に始末させる手を思いついたのだとすれば厄介です」
「冒険者を使って他の冒険者を襲う、共倒れにする事も可能ではあるな……」
ヴァレットの父親が眉間にしわを寄せて黙り始めた。暫くしてテーブルの上にある強い酒を静かに少しずつ口に運んだ。
「お父様! ですから、魔族を油断させておいてその間に喉元まで迫ってしまえばいいのです」
ルデット侯爵は何も言わなかった。ただただ口元がゆるんでいた。そして使用人が制止するのも気に留めず俺のグラスに自ら酒を注ぎ始めた。。
「あれが何やら企んでいる様だ。それは真っ黒な泥沼に脚をつっこむ事になるやもしれぬ。このルデット、あれを守って頂けるようティルス殿にお頼み申しますぞ」
「剣にかけてお嬢様の脚を汚さずお返しします、ご安心下さい」
「はて? もしや王国の騎士務めでもした事が? 姿勢といい、声の張り方といい、随分と様になっていた様な」
「そうでしたか? いや、そんな覚えはないのですが……」
双剣の一振り『キドラ』を喪う以前の記憶がない俺は少し口ごもってしまった。
「お父様! ティルス! 何をこそこそしていらっしゃるので?」
「ヴァレット、それはお前の悪口に決まっているだろう」
「なっ、なんですって!?」
テーブルの周りで小さな笑いが起きた。あの爺やは拳を口に当て咳き込みながらうつ向いていた。主の娘が笑いの種にされ、うっかりそれにつられてしまった表情を見られるわけにはいかないのだろう。
落ち着いたところで俺もリデルも久々に食事らしい食事にありつける事が出来た。それから4階建ての屋敷の最上階に通された。大理石で設えた豪華な露天風呂で今日の汚れを落とせる様だ。
「こんなにゆったり出来るのは久し振りだな。いい眺めだ」
大きな岩で仕切られた向こうからはリデルとヴァレットの声が聞こえる。何を話しているかわからないが親友同士でつもる話もあるだろう。
ただ、ヴァレットが父親と話す際に天恵の印【夢見る少女】の効果を少し使っていたのだけは聞き取る事が出来た。理想の大人の女の内面を夢見て、その人物として大人の会話をしていたらしい。
「急に大人びたからおかしいとは思ったがそういう事か」
夢の中からヴァレット弐式の様な物を取り出す大技は頻繁に使えるものではないらしいが、様々な人格を演じ分ける様な使い方はいつでも出来る様だ。
印には実に色々な種類があるものだと思いながら岩に背を当て夜空を仰ぎ見た。輝く星々の間に……、黒い影?何かが降ってきて湯を大きく跳ねさせた。
「ヴァレット弐式! しかし……、その姿は……」
それはヴァレットが夢見た理想の大人の女の身体だ。それが一糸まとわぬ姿で目の前に立っていた、迂闊にも見とれてしまって唾を飲み込んだ俺がいた。
「ヴァレット! そんなイタズラしちゃダメだって!」
「しまった……。湯気で弐式の目が曇って何も見えない。大人の男が大人の女の裸を見たらどんな反応するか知る必要があるわ。ほら、リデルも登って」
湯を仕切る大岩の頂きにヴァレットの顔が現れ、少し遅れてリデルが現れたと思ったらヴァレットの肩の辺りを掴んで消えた。大きく湯が跳ね上がる音が聞こえた。
「ティルスさん、覗いてごめんなさ~~い!」
友人の代わりに謝る声を耳にしてリデルが側に戻って来てくれたのを強く感じる事が出来た。様々な事がありすぎた1日だったが一気に疲れが飛んでいった様な気がした。
「私はティルスさんが死んだら困ります。ティルスさんと一緒に喪われた双剣を見つける、それが今の私にとっての目標なんです。冗談でもそんな事を言わないで下さい!」
「リデル……」
好んで死のうとは思っていないが本当に俺が死んで困りそうな人物が思い当たらないので口に出た何気ない一言だった。それがリデルをこんなにも揺さぶってしまうものだとは想像だにしていなかった。
ヴァレットは泣きじゃくるリデルに歩み寄るとそっと自分の胸にリデルの顔を収めた。
「リデル、侯爵様がヘマをしたせいでおかしな話になってしまってごめんね」
親友の胸に肩を寄せるリデルにどう声をかけていいものかわからない時が少し続いた。
「妙な事を言ってすまない。俺にはリデルを守る義務がある、だから死なない。安心してくれ」
リデルはコクリと頷いて瞳の端に残っていた悲しみの結晶をそっと拭い去った。それを合図に皆が席に戻って話を続ける。
「俺にそっくりな者が誘拐に失敗した現場を目撃した人達がいるのは確かなのですね?」
「ああ、すんでのところで防いだ親達の証言がある様だ。手配書に添える似顔絵はその者達に聞き取りをした上で書かれたものだ」
「俺を狙っている魔族はおそらく幻影を使える者です。幻影で俺の顔を見せていたとすればどうでしょう?」
「それまで誰にも気付かれず立て続けに誘拐に成功しているものを顔まで見られて何回も失敗する。お父様、これはおかしいですわね」
ヴァレットの指摘で濡れ衣の仕組みは決定付けられた様なものだった。そして、その仕組みは人間にとって実に危険なものの芽吹きである事にも気付かされた。
「魔族が人間社会の仕組みを利用して邪魔な人間を人間に始末させる手を思いついたのだとすれば厄介です」
「冒険者を使って他の冒険者を襲う、共倒れにする事も可能ではあるな……」
ヴァレットの父親が眉間にしわを寄せて黙り始めた。暫くしてテーブルの上にある強い酒を静かに少しずつ口に運んだ。
「お父様! ですから、魔族を油断させておいてその間に喉元まで迫ってしまえばいいのです」
ルデット侯爵は何も言わなかった。ただただ口元がゆるんでいた。そして使用人が制止するのも気に留めず俺のグラスに自ら酒を注ぎ始めた。。
「あれが何やら企んでいる様だ。それは真っ黒な泥沼に脚をつっこむ事になるやもしれぬ。このルデット、あれを守って頂けるようティルス殿にお頼み申しますぞ」
「剣にかけてお嬢様の脚を汚さずお返しします、ご安心下さい」
「はて? もしや王国の騎士務めでもした事が? 姿勢といい、声の張り方といい、随分と様になっていた様な」
「そうでしたか? いや、そんな覚えはないのですが……」
双剣の一振り『キドラ』を喪う以前の記憶がない俺は少し口ごもってしまった。
「お父様! ティルス! 何をこそこそしていらっしゃるので?」
「ヴァレット、それはお前の悪口に決まっているだろう」
「なっ、なんですって!?」
テーブルの周りで小さな笑いが起きた。あの爺やは拳を口に当て咳き込みながらうつ向いていた。主の娘が笑いの種にされ、うっかりそれにつられてしまった表情を見られるわけにはいかないのだろう。
落ち着いたところで俺もリデルも久々に食事らしい食事にありつける事が出来た。それから4階建ての屋敷の最上階に通された。大理石で設えた豪華な露天風呂で今日の汚れを落とせる様だ。
「こんなにゆったり出来るのは久し振りだな。いい眺めだ」
大きな岩で仕切られた向こうからはリデルとヴァレットの声が聞こえる。何を話しているかわからないが親友同士でつもる話もあるだろう。
ただ、ヴァレットが父親と話す際に天恵の印【夢見る少女】の効果を少し使っていたのだけは聞き取る事が出来た。理想の大人の女の内面を夢見て、その人物として大人の会話をしていたらしい。
「急に大人びたからおかしいとは思ったがそういう事か」
夢の中からヴァレット弐式の様な物を取り出す大技は頻繁に使えるものではないらしいが、様々な人格を演じ分ける様な使い方はいつでも出来る様だ。
印には実に色々な種類があるものだと思いながら岩に背を当て夜空を仰ぎ見た。輝く星々の間に……、黒い影?何かが降ってきて湯を大きく跳ねさせた。
「ヴァレット弐式! しかし……、その姿は……」
それはヴァレットが夢見た理想の大人の女の身体だ。それが一糸まとわぬ姿で目の前に立っていた、迂闊にも見とれてしまって唾を飲み込んだ俺がいた。
「ヴァレット! そんなイタズラしちゃダメだって!」
「しまった……。湯気で弐式の目が曇って何も見えない。大人の男が大人の女の裸を見たらどんな反応するか知る必要があるわ。ほら、リデルも登って」
湯を仕切る大岩の頂きにヴァレットの顔が現れ、少し遅れてリデルが現れたと思ったらヴァレットの肩の辺りを掴んで消えた。大きく湯が跳ね上がる音が聞こえた。
「ティルスさん、覗いてごめんなさ~~い!」
友人の代わりに謝る声を耳にしてリデルが側に戻って来てくれたのを強く感じる事が出来た。様々な事がありすぎた1日だったが一気に疲れが飛んでいった様な気がした。
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