悪役令嬢、うっかり入った混浴風呂で老婆の背中を流す。その姿を見られた時……許嫁になった

カズサノスケ

文字の大きさ
1 / 3

第1話

しおりを挟む
「これより王立セントヘレナ学院恒例の強化合宿が始まりますわ! 騎士を目指す諸君、この地獄から生きて還ろうものなら恥、恥、恥辱の極。その様な不心得者は私が命を奪って差し上げますから覚悟なさい。おっほっほっ!!」

 壇上に仁王立ちし口元を羽根扇子で隠しながら皆の姿を見下ろす。居並ぶ約200人の中には頭を抱えてうなだれる者、見るからに顔色の悪くなる者が出始めた。どんより曇った空の様に重い空気が立ち込めている一団の中には隣同士で私への不平不満をこそこそとやり取りする者もいる。

「相変わらず無茶苦茶だな……、ベルジット生徒会長は」

「転生した魔王だって噂は本当かもしれないぞ」

(ほんと、愚かな人達ね。私が精霊術をSランクまで修得しているのを忘れるだなんて)

 私と契約した精霊たちは彼らが居並ぶ列の間を飛び回って聞き耳を立てている。魔力探知を遮断する術式を施してあるから静かなる密告者の存在に気付ける者はいない。少なくとも学院生の中には。

「こら、そこの下から成績順位を数えた方が早い2人! 私のどこが魔王なのかしら?」

「ひぃぃぃ~~~~!」

「あなた達に特別プレゼントよ! 全ての合宿特訓メニューを3割増しにしてあげるわね」

 不届きな男子生徒をいつも通りに成敗する。問題なのはこういうハッキりと歯向かってくる様な輩ではない。気が付けば鋭い視線を突き刺してくるあいつ、それでいて笑顔を浮かべているあいつ。どこか私を値踏みしている様なあいつ。

(あの転入生は何なのかしら?)

 1月ほど前にやって来たラルスとか言う男子。成績は中の上程度、厚い眼鏡をかけた上にそこそこ長いボサボサの髪で顔が隠れている以外はこれと言った特徴がない生徒だ。ただ、1つだけあるとすれば私が悪役令嬢としてバッチり決めた時に限って見つめてくる事。学院の秩序を守るために敢えて厳しい生徒会長を演じているのを見透かされていそうなところが不気味だ。


 1日の特訓が終わった。皆、どこで見ていて聞き耳を立てているかわからない私に恐怖してきっちりメニューをこなしてくれたみたいだ。皆が死んだ様にぐったりしている。成果を見届けたところで私はゆっくりと心の奥を洗わせてもらうとしよう。

「ふぅ~~いいお湯。貸し切り露天風呂、一般生徒とは違う生徒会長の特典ね!」

 誰の目にも付かない場所。私だけの楽園で思いっきり身体を伸ばすと全身隈なく行き渡る温かさが実に心地良い。「ベルジット生徒会長の心臓は氷で出来ている」、そんな噂話も耳にするけれど……。私は冷たい紅茶より少し息を吹きかけたくなるくらいの温かい紅茶が好き。


 気疲れからの……あまりの心地よさ、少しうとうとした末に眠ってしまっていた様だ。

「ふわぁ~~! こりゃえぇ湯だわ。極楽、極楽」

「そうですわね~~! ……って、えっ!?」

 私以外いるはずのない貸し切り露天風呂に誰かがいる……。慌てて声のする方を見ると小さなお婆さんが湯の中に腰を下ろしていた。

「いや~~、染み込む、染み込むの~~」

「あの……、ここは貸し切りになっているはずですけど?」

「そうですの~~! 今宵は星が出ていて綺麗な夜空ですじゃ」

「いや、そうじゃなくてですね」

 少々耳が遠いらしい、あとは少々お年寄りらしい症状が出ているせいかうまく話が伝わらない……。

「お爺さんと一緒にここの宿の露天風呂に入る約束してたんですよ~~。まあ、去年ぽっくり死んじまったんですけどね……」

「そうでしたか、それはご愁傷さまですわ」

「お爺さんに背中を流してもらうはずだったのだけどね~~。あの人は背中流し検定8級の持ち主だったから……」

 そんな検定があったなんて知らなかった。8級がどれほどの実力を示すものなのかもよくわからない。反応に困って作ってしまった間が続き静寂の一時になる、聞こえるのは時折底の方から湯が沸き出して気泡が弾ける音くらいのものだった。

 お婆さんは夜空を眺めながら瞳をせわしなく動かしていた。

「あの中にお爺さんがいるんじゃないかと思いましてね。周りの星に比べていまいち輝きの冴えない感じが似ている、あの星かしらね~~」

「……(何だか寂しそうね、でもちょっと羨ましい)。よかったらお背中流しましょうか?」

「ほえっ? お嬢さん、いいのかい?」

「ええ、ご主人様ほど上手にはいかないと思いますがそれでよければ」

「今時のお若い方がそういう気遣いしてくれるなんて嬉しいわ~~。」

 これから長い合宿になる。魔王と陰口を叩かれる私がゆっくりと出来る時間は限られる、貸し切り露天風呂で独りの時間を満喫したいところだけど、迷い込んできてしまったお婆さんには特別な理由がありそうなので追い出すのも可哀想だ。

「あぁ~~、こりゃえぇ、堪らんの! そうじゃ、せっかくだからお返しにお嬢さんの乳でも洗ってあげようかの?」

「いっ、いいえ。大丈夫ですわよ」

「そうかい? あたしゃ乳洗い6級なんじゃがの」

 よくわからない6級に関しては丁重にお断りして背中を流し続けた。

「ところでお嬢さん。やっぱりこの『ようの湯』に入っているのはあたしと同じで若い殿方の身体が目当てなのかの? ひっひっひっ」

(若い殿方? 何を言っているのだろう、長湯し過ぎて湯あたりでもしてしまったのだろうか……。そんな事より)

「今『ようの湯』っておっしゃいましたけど、ここは『あまの湯』ですわよ」

「いやいやここは混浴露天風呂『夭の湯』、あの柱に書いてある案内をしっかり見るんじゃ」

 お婆さんが指差した柱に書かれてあるものをじっくりと見た。なんて紛らわしいのだろう、確かに『天の湯』ではなく『夭の湯』と書いてあった。

「お爺さんを失ったあたしの楽しみと言えば若い殿方の身体を拝む事くらいじゃ。絶対に入る湯を間違うはずはありゃしませんよ!」

 ご老人らしく言う事が割と不安定だと思っていたのだけどそこだけはしっかりとぶれていなかった。よわいいくつになっても恐るべし欲望パワー。

(いや、ここは感心している場合じゃない。間違って混浴に入ってしまったのだから一刻も早く出ないと!)

 幸いにもお婆さんの背中は流し終えている。用事があるのを思い出した事にして失礼しようと思った時の事だった。

「いや~~、今日の特訓はキツかったな……」

「少しサボれたけど、もしサボったところをあの生徒会長に見つかったら地獄だった。あの賭けはヒヤヒヤさせられたぜ」

 入って来た男子2人の顔には見覚えがある。セントヘレナ学院の生徒であり今回の合宿の開始宣言をした際にチクりと刺した者達だ。

「おぉ~~! 殿方じゃ、殿方の裸じゃ~~、潤うの~~」

 急に色めきたってしまったお婆さんの声に反応した2人と目が合った……。お婆さんの後ろに隠れる形になっているので裸を見られてしまう事はない。しかし、即座に顔を背けたつもりだが間一髪で間に合っていなかった感触しかない。

「もしかして、生徒会長?」

「あの魔王がお婆さんの背中を流してあげているだと!?」

(くぅぅ……、やっぱり少し遅かった。まずい、この様子を生徒達の間に広められてしまっては大事な合宿中に私の睨みが利かなくなる。どうする?)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

処理中です...