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第3話:芽生える恋心と、猫又の掟
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ハルとの奇妙な同居生活が始まってから、季節は春から初夏へと移り変わろうとしていた。私の日常は、彼のおかげで驚くほど彩り豊かになり、ミーコを失った深い悲しみも、いつの間にか柔らかな思い出へと変わっていった。ハルは相変わらず私を「ご主人様」と呼び、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。その献身ぶりは、時々やりすぎだと感じることもあるけれど、彼の真っ直ぐな好意は、私の心の奥底まで温かく満たしてくれていた。
最初はただの「不思議な恩返し」と割り切ろうとしていた私の気持ちも、いつしか変化していることに気づかないふりはできなくなっていた。彼の作る美味しい料理、部屋中に響く楽しそうな鼻歌、そして何よりも、私を見つめる純粋で熱っぽい眼差し。それら全てが、私にとってかけがえのないものになっていたのだ。
休日に近所の公園を散歩している時、彼がふと私の手を握ってきたことがあった。その瞬間、心臓が大きく跳ね上がり、顔がカッと熱くなったのを覚えている。彼は、驚く私に気づき、「ご主人様の手、冷たいから温めてあげようと思って」と、悪びれもなく微笑んだ。その無邪気さと、時折見せる男の子らしい仕草のギャップに、私はどうしようもなく惹かれていた。
これは、もうペットロスを癒やしてくれる存在への感謝なんかじゃない。私は、ハルに恋をしているのだ。年の差も、彼が猫又であるという事実も、もう私の気持ちを止めることはできなかった。
ハルの私への愛情表現は、日に日にストレートになっていた。
「ご主人様、今日の髪型、すごく可愛いです。俺、ご主人様のそういうところ、全部好きです」
「雫の笑顔を見てると、俺、胸がいっぱいになるんだ。ずっと、その笑顔を守りたい」
そんな甘い言葉を、彼は何のてらいもなく口にする。そして、私が仕事から帰ると、子犬のように駆け寄ってきては「お帰りなさい、雫!」と抱きついてくる。その度に、私は顔を真っ赤にしながらも、彼の温もりを愛おしく感じていた。
「ご主人様は、俺だけのものですからね」
時折、彼が見せる独占欲に、私は戸惑いつつも、心のどこかでそれを喜んでいる自分もいた。彼の真っ直ぐな愛情は、あまりにも心地よく、そして甘美だったのだ。
そんな幸せな日々が永遠に続くかのように思えた矢先、私たちの間に、不穏な影が差し始めた。
ある満月の夜、ハルが珍しく深刻な顔で私に切り出したのだ。
「雫…俺、もしかしたら、あんまり長くは君のそばにいられないかもしれない」
「え…?どういうこと、ハル?」
彼の言葉に、私の心臓が嫌な音を立てた。
ハルは、ゆっくりと話し始めた。猫又の世界には、古くからの厳しい掟があること。人間と深く関わり、情を移すことは、本来許されていないのだという。特に、人間と恋愛関係になるなど、ご法度中のご法度なのだと。
「俺は、ご主人様に命を救われた特別な猫又だから、こうして人間の姿で恩返しをすることを許されているけど…それも、期間限定かもしれないんだ。もし、長老たちに君への想いがバレたら…俺は、無理やり連れ戻されてしまうかもしれない」
彼の声は、不安と悲しみに震えていた。その大きな青い瞳が、頼りなげに私を見つめている。
さらに数日後、私たちの住む草加のアパートの前に、見慣れない黒猫が姿を現すようになった。その猫は、ただの野良猫とは思えない鋭い眼光で、じっと私たちの部屋を見上げている。ハルは、その黒猫の気配を感じるたびに、私を庇うように背後に隠し、警戒心を露わにした。
「あれは…たぶん、俺たちのことを見張りに来たんだ。猫又の…追っ手かもしれない」
ハルの言葉に、私は息を呑んだ。彼らの穏やかで幸せな日常が、音を立てて崩れ落ちていくような恐怖。
「大丈夫だよ、ハル。私が、あなたを守るから」
震える声でそう言った私を、ハルは力強く抱きしめた。
「ううん、俺が雫を守るんだ。絶対に、誰にも君を傷つけさせたりしない」
彼の腕の中で、私は大きな不安を感じながらも、同時に、彼と共にいることの温かさと心強さを改めて感じていた。
でも、どうすればいいのだろう。猫又の掟。そして、私たちを監視する謎の黒猫。私たちの恋は、このまま許されずに終わってしまうのだろうか。
ハルと一緒にいたい。この温かい日々を、失いたくない。その想いは、日増しに強くなるばかりだ。
けれど、大きな障害を前に、私はただ途方に暮れるしかなかった。ハルもまた、私への深い愛情と、猫又としての宿命の間で、苦しんでいるのが痛いほど伝わってくる。
窓の外では、不吉なほど美しい満月が、私たちの不安な未来を静かに照らし出していた。
私たちのささやかな幸せは、一体どうなってしまうのだろうか――。
最初はただの「不思議な恩返し」と割り切ろうとしていた私の気持ちも、いつしか変化していることに気づかないふりはできなくなっていた。彼の作る美味しい料理、部屋中に響く楽しそうな鼻歌、そして何よりも、私を見つめる純粋で熱っぽい眼差し。それら全てが、私にとってかけがえのないものになっていたのだ。
休日に近所の公園を散歩している時、彼がふと私の手を握ってきたことがあった。その瞬間、心臓が大きく跳ね上がり、顔がカッと熱くなったのを覚えている。彼は、驚く私に気づき、「ご主人様の手、冷たいから温めてあげようと思って」と、悪びれもなく微笑んだ。その無邪気さと、時折見せる男の子らしい仕草のギャップに、私はどうしようもなく惹かれていた。
これは、もうペットロスを癒やしてくれる存在への感謝なんかじゃない。私は、ハルに恋をしているのだ。年の差も、彼が猫又であるという事実も、もう私の気持ちを止めることはできなかった。
ハルの私への愛情表現は、日に日にストレートになっていた。
「ご主人様、今日の髪型、すごく可愛いです。俺、ご主人様のそういうところ、全部好きです」
「雫の笑顔を見てると、俺、胸がいっぱいになるんだ。ずっと、その笑顔を守りたい」
そんな甘い言葉を、彼は何のてらいもなく口にする。そして、私が仕事から帰ると、子犬のように駆け寄ってきては「お帰りなさい、雫!」と抱きついてくる。その度に、私は顔を真っ赤にしながらも、彼の温もりを愛おしく感じていた。
「ご主人様は、俺だけのものですからね」
時折、彼が見せる独占欲に、私は戸惑いつつも、心のどこかでそれを喜んでいる自分もいた。彼の真っ直ぐな愛情は、あまりにも心地よく、そして甘美だったのだ。
そんな幸せな日々が永遠に続くかのように思えた矢先、私たちの間に、不穏な影が差し始めた。
ある満月の夜、ハルが珍しく深刻な顔で私に切り出したのだ。
「雫…俺、もしかしたら、あんまり長くは君のそばにいられないかもしれない」
「え…?どういうこと、ハル?」
彼の言葉に、私の心臓が嫌な音を立てた。
ハルは、ゆっくりと話し始めた。猫又の世界には、古くからの厳しい掟があること。人間と深く関わり、情を移すことは、本来許されていないのだという。特に、人間と恋愛関係になるなど、ご法度中のご法度なのだと。
「俺は、ご主人様に命を救われた特別な猫又だから、こうして人間の姿で恩返しをすることを許されているけど…それも、期間限定かもしれないんだ。もし、長老たちに君への想いがバレたら…俺は、無理やり連れ戻されてしまうかもしれない」
彼の声は、不安と悲しみに震えていた。その大きな青い瞳が、頼りなげに私を見つめている。
さらに数日後、私たちの住む草加のアパートの前に、見慣れない黒猫が姿を現すようになった。その猫は、ただの野良猫とは思えない鋭い眼光で、じっと私たちの部屋を見上げている。ハルは、その黒猫の気配を感じるたびに、私を庇うように背後に隠し、警戒心を露わにした。
「あれは…たぶん、俺たちのことを見張りに来たんだ。猫又の…追っ手かもしれない」
ハルの言葉に、私は息を呑んだ。彼らの穏やかで幸せな日常が、音を立てて崩れ落ちていくような恐怖。
「大丈夫だよ、ハル。私が、あなたを守るから」
震える声でそう言った私を、ハルは力強く抱きしめた。
「ううん、俺が雫を守るんだ。絶対に、誰にも君を傷つけさせたりしない」
彼の腕の中で、私は大きな不安を感じながらも、同時に、彼と共にいることの温かさと心強さを改めて感じていた。
でも、どうすればいいのだろう。猫又の掟。そして、私たちを監視する謎の黒猫。私たちの恋は、このまま許されずに終わってしまうのだろうか。
ハルと一緒にいたい。この温かい日々を、失いたくない。その想いは、日増しに強くなるばかりだ。
けれど、大きな障害を前に、私はただ途方に暮れるしかなかった。ハルもまた、私への深い愛情と、猫又としての宿命の間で、苦しんでいるのが痛いほど伝わってくる。
窓の外では、不吉なほど美しい満月が、私たちの不安な未来を静かに照らし出していた。
私たちのささやかな幸せは、一体どうなってしまうのだろうか――。
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