保護した仔猫が、ある朝目覚めたら絶世の美少年になってました～「ご主人様、俺を拾ってくれてありがとう。今度は俺があなたを幸せにする番です」～

第2話：仔猫から美少年へ！？ 恩返し同居生活スタート

「……えっと、どちら様、でしょうか…？」

　目の前の、あまりにも現実離れした光景に、私の脳は完全に処理能力を超えていた。シーツを胸元まで引き上げ、警戒心を最大限に高めながら問いかける私に、銀髪の美少年――頭にはふわふわの猫耳、そしてお尻からはふさふさの尻尾を揺らしている――は、きょとんとした顔で小首を傾げた。

「ご主人様？ 俺ですよ、ハルです。もしかして、まだ寝ぼけてるんですか？」
「は、ハル…！？」
　仔猫のハル？ でも、目の前にいるのは、どう見ても人間、それも息をのむほど整った顔立ちの少年だ。混乱する私をよそに、彼はベッドから軽やかに抜け出すと、私の前に跪き、その大きな青い瞳でじっと私を見つめてきた。
「はい、ハルです。ご主人様に助けていただいた、猫又のハル。あの時はまだ力が足りなくて仔猫の姿でしたが、ご主人様のおかげで、こうして人間の姿に戻ることができました」
　猫又…？ ご主人様…？ 次から次へと飛び出す非現実的な単語に、私の頭はもうパンク寸前だった。
「本当にありがとうございます、ご主人様。このご恩は、俺の全てを懸けてお返しします。これからは俺が、ご主人様を守り、そして、世界で一番幸せにしてみせます！」
　キラキラとした瞳で、そう高らかに宣言するハル。その姿は、まるで物語の中の忠誠を誓う騎士のようだったけれど、私にとっては悪夢の続きでしかない。

「ちょ、ちょっと待って！状況が全く飲み込めないんだけど！」
　私がパニックに陥っていると、ハルは「あ、もしかしてお腹が空きましたか？すぐに朝食の準備をしますね！」と、私の言葉などまるで意に介さず、颯爽とキッチンへ向かってしまった。
　呆然とベッドの上に座り込んでいると、やがてキッチンから、信じられないほど美味しそうな匂いが漂ってきた。ほかほかの湯気を立てる出汁巻き卵、丁寧に焼かれた鮭の塩焼き、彩り豊かなおひたし、そして完璧な炊き具合のご飯とお味噌汁。まるで高級旅館の朝食のような完璧な和定食が、あっという間にテーブルに並べられたのだ。
「ご主人様、どうぞ。お口に合いますでしょうか…？」
　不安そうに私を見つめるハル。その表情は、昨日まで私の足元にじゃれついていた、あの小さな仔猫と不思議なほど重なって見えた。

　その日から、私と猫又の美少年ハルとの、奇妙で、そして戸惑いだらけの同居生活が始まった。
　ハルは、宣言通り、甲斐甲斐しく私の世話を焼いた。朝は完璧な朝食で私を起こし、私が仕事に出かける準備をしている間に部屋の掃除や洗濯を済ませ、そして私が帰宅する頃には、栄養バランスの取れた温かい夕食を用意して待っていてくれる。その家事スキルは、そこらの主婦顔負け、いや、プロの家政婦レベルだった。
「ハル…あなた、どうしてこんなに家事ができるの…？」
「猫又たるもの、ご主人様に快適な生活を提供するのは当然の務めですから！」
　胸を張ってそう答えるハルに、私はもう、何も言えなかった。

　最初は、この非現実的な状況に戸惑い、彼を警戒し、何度も「元の世界に帰りなさい」と言い聞かせようとした。けれど、ハルは「ご主人様のそばが俺のいるべき場所です！」と聞く耳を持たない。そして何より、彼の純粋で献身的な態度と、時折見せる子猫のような無邪気な仕草に、私の頑なな心は少しずつ絆されていったのだ。
　例えば、私が仕事で疲れて帰ってくると、彼は「お疲れ様です、ご主人様」と出迎え、そっと私の肩を揉んでくれる。その手つきは驚くほど優しくて、凝り固まった心までほぐしてくれるようだった。そして、私がソファでうたた寝をしてしまうと、いつの間にか膝の上に移動してきて、猫のように丸くなって眠っている。その無防備な寝顔を見ていると、彼が本当にあの小さなハルなんだと、不思議と納得してしまうのだった。

　彼の存在は、ミーコを失って以来、灰色だった私の日常に、鮮やかな色彩と温もりをもたらしてくれた。一人で食べる夕食は味気なかったけれど、ハルと一緒だと、どんな質素な食事も美味しく感じられる。週末も、以前はただベッドの中で惰眠を貪るだけだったけれど、ハルが「ご主人様、たまにはお散歩に行きましょう！」と誘い出してくれるおかげで、近所の公園を散歩したり、新しいカフェを発見したりする楽しみもできた。
　いつの間にか、私の部屋には笑顔と会話が戻っていた。ハルが来てくれてから、私はミーコの写真を前にして泣くこともなくなった。ペットロスの深い傷が、ハルという存在によって、少しずつ癒されていくのを感じていた。

「ご主人様、今日のネクタイ、とてもお似合いです。俺、ご主人様のそういうキリッとしたところ、大好きです」
「雫の淹れてくれるお茶は、世界で一番美味しいにゃ…あ、いえ、美味しいです」
　ハルは、思ったことを素直に口にする。そのストレートな好意の言葉や、時折混じる猫っぽい口調や仕草に、私は何度もドキドキさせられた。年の差は8つ。しかも彼は猫又で、私は人間。恋愛なんて、ありえない。これは、ただの恩返し。そう自分に言い聞かせようとするけれど、彼の真っ直ぐな瞳に見つめられると、私の心は困ったように揺れ動いてしまう。

　ある夜、私が残業で遅く帰宅すると、ハルはリビングのソファで私を待ちながら眠ってしまっていた。その手には、私が以前「これ、昔ミーコが好きだったおもちゃなの」と見せた、古びた猫じゃらしが握られている。
（もう、本当に…あなたは…）
　その健気な姿に、胸の奥がきゅんと熱くなる。私はそっと彼に毛布をかけ、その柔らかな銀髪を優しく撫でた。
「ありがとう、ハル。あなたがいてくれて、本当に良かった」
　それは、紛れもない私の本心だった。
　これは、ただの恩返しなのか、それとも――。
　年下の、それも猫又の美少年からの、あまりにも献身的で真っ直ぐな愛情に、私の心は、これからどうなってしまうのだろうか。
　答えはまだ、夜の静寂の中に隠されたままだった。