社畜OL、異世界で「天使」になる ~私を拾ってくれた太陽の騎士様が、過保護で嫉妬深くて、めちゃくちゃ愛してきます~

藤森瑠璃香

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第18話 観察者と、最初の仮説

 キャメロットの城門が、ゆっくりと、閉じていく。
 愛しい騎士の姿が、その向こうへと、見えなくなるまで。美月は、ずっと、彼がいた場所を、見つめていた。

 馬車の中は、重い沈黙に、支配されていた。
 美月の正面には、宮廷魔術師エルリックが、感情の読めない、能面のような顔で、座っている。その、探るような冷たい視線が、一瞬も、彼女から、外れることはない。
(……気まずい。プロジェクトの、一番やりにくいクライアントとの、初会議みたいだわ)
 だが、ここで、怯んでいては、彼の思う壺だ。美月は、意を決して、口を開いた。

「エルリック様。これから、共同で、この問題解決にあたるわけですから、まずは、情報の共有をお願いできますか?」
 彼女の、あまりにもビジネスライクな、切り出し方。
 エルリックの、眉が、ぴくりと、動いた。
「……私は、貴様の、共同事業者ではない。ただの、観察者だ」
「ええ、存じております。ですが、正確な観察のためには、比較対象となる、事前のデータが必要不可欠です。それとも、あなたの観察は、最初から、結論ありきの、不誠実なものなのですか?」
 その、論理的で、一切の、物怖じをしない、切り返し。
 エルリックの、冷たい瞳の奥に、ほんのわずかな、驚きのような色が、浮かんだ。

 彼は、しばらく、黙っていたが、やがて、重い口を開いた。
「……病は、三週間前から、南の村で、最初に、確認された。症状は、家畜の、急激な衰弱と、呼吸困難。そして、死に至る。感染した家畜の肉を食らった者にも、同様の症状が出ている」
「……なるほど」
 有益な、情報。美月は、その全てを、頭の中に、叩き込んだ。

 その頃、キャメロットの練兵場では。
 ガウェインが、一人、荒れ狂ったように、木製の訓練人形相手に、剣を振るっていた。
 その瞳には、いつもの快活な光はなく、焦燥と、後悔の色が、浮かんでいる。
「……くそっ!」
 手首に結ばれた、深緑のリボンが、彼の、激しい動きに合わせて、ひらひらと、揺れた。
(俺が、もっと、強ければ……。王に、逆らってでも、ミツキを……)
「――荒れているな、ガウェイン」
 静かな声に、振り返ると、そこに、ランスロットが、立っていた。
「うるさい! てめえには、関係ない!」
 八つ当たりだと、分かっていながら、ガウェインは、吠えた。
 だが、ランスロットは、静かな瞳で、彼を見つめ返す。
「案ずるな。彼女は、お前が思うよりも、ずっと、強い。……お前は、彼女を、信じて、待つことだ。それが、今の、お前の、騎士としての、務めだろう」
 その、あまりにも的確な言葉に、ガウェインは、ぐっと、言葉を詰まらせた。

 やがて、馬車が、最初の、目的地の村に、到着した。
 そこは、まるで、時が止まったかのような、静寂に、包まれていた。家々の窓は固く閉ざされ、道には、誰一人、姿がない。空気には、病と、そして、絶望の匂いが、澱んでいた。
 村長らしき老人が、おそるおそる、馬車に近づいてくる。その顔には、深い、疲労と、そして、美月たちに向ける、あからさまな、敵意が浮かんでいた。
「……城からの、使いの方か。我々が、欲しているのは、騎士様の、ご加護だ。……魔女ではない」

 その、突き刺すような言葉。
 だが、美月は、臆さなかった。
 彼女は、馬車から、静かに降り立つと、敵意に満ちた、村人たちの視線を、一身に受けながら、まっすぐに、一頭の、弱々しく横たわる牛の元へと、歩み寄った。

 そして、彼女は、ためらうことなく、ぬかるんだ地面に、膝をついた。
 高価な、旅のドレスが、泥に汚れるのも、構わずに。
 彼女は、その牛の、濁った瞳を覗き込み、呼吸の音に耳を澄ませ、その肌の、張り具合を、確かめていく。
 その、あまりにも、予想外の行動に、村人たちも、そして、エルリックも、息を呑んで、見守っていた。

 やがて、美月は、静かに、立ち上がった。
 その顔には、確信の色が浮かんでいる。
 彼女は、村長へと向き直ると、凛とした、声で、告げた。

「これは、呪いなどではありません」
「……なに?」
「病の原因は、おそらく、この村の水です。……さあ、案内してください。あなたたちが、使っている、井戸の場所へ」

 その、あまりにも、断定的で、科学的な、仮説。
 静まり返る村の中で、美月の、その声だけが、強く、響き渡った。
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