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第26話 静かな嵐と、騎士様の純情
キャメロットの宮廷は、一見、どこまでも、平和だった。
だが、一度、その内側にある、複雑な感情の機微に気づいてしまった美月にとって、その平和は、まるで、薄氷の上を歩くような、危うさを、孕んでいた。
廷臣たちの、作り笑い。侍女たちの、意味ありげな、囁き。そして、玉座で、隣り合う、王と、王妃の間に流れる、見えない、深い溝。
その全てが、美月の、優れた観察眼には、手に取るように、分かってしまう。
ガウェインとの、屈託のない、幸せな時間だけが、彼女にとって、唯一の、救いだった。
その日、城の、練兵場では、騎士たちの、勇壮な、模擬試合が、開かれていた。
「ミツキ! 見ているか! 俺の、太陽の力を!」
ガウェインは、美月が見守る、観覧席に向かって、大きな、子供のような笑顔で、手を振ると、対戦相手を、いとも、容易く、打ち負かしていく。その、圧倒的な、強さ。
やがて、その日の、最後の、試合が、始まった。
ガウェインの、対戦相手として、現れたのは、円卓の騎士、ランスロットだった。
「おおっ!」と、観客席が、どよめく。キャメロット最強と謳われる、二人の騎士の、夢の対決だ。
ガウェインの剣が、太陽の光を浴びて、力強く、輝く。
対する、ランスロットの剣は、水面のように、静かで、滑らかな、軌跡を描く。
動の、ガウェイン。静の、ランスロット。
その戦いは、あまりにも、対照的で、そして、美しかった。
「我が姫君、ミツキに、この勝利を、捧げる!」
ガウェインが、叫ぶ。その声援は、ただ一人、愛する女性のため。
だが、ランスロットは、何も、言わない。ただ、その、憂いを帯びた瞳が、一瞬だけ、王妃グィネヴィアが座る、玉座の隣へと、向けられるのを、美月は、見逃さなかった。
試合は、結局、引き分けに終わった。
「どうだ、ミツキ! あの、すかしたランスロットと、互角だったぞ!」
汗だくのまま、子犬のように、駆け寄ってくるガウェイン。
美月は、彼の汗を、布で拭ってやりながら、そっと、尋ねた。
「……ランスロット様、何か、悩み事でも、あるのでしょうか。剣に、迷いが、見えたような……」
すると、ガウェインは、不思議そうな顔をした。
「あいつか? あいつは、いつも、あんな感じだろ。一人で、思い詰めたような顔をして。……俺とは、違うな」
そして、彼は、悪びれることもなく、にっと、笑った。
「俺が、考えることなんて、二つだけだ。敬愛する、アーサー王に、お仕えすること。そして、世界で一番、愛してる、お前を、幸せにすること。……単純だろう?」
その、あまりにも、単純で、混じりけのない、純粋な世界。
美月は、どうしようもなく、胸が、熱くなった。
彼女は、そっと、背伸びをすると、彼の、汗ばんだ頬に、唇を寄せた。
「……はい。とても、単純です。……だから、私は、あなたが、大好きなんですよ」
その、穏やかな、午後が、一変したのは、夕暮れ時のことだった。
侍女が一人、血相を変えて、美月の部屋へと、駆け込んできたのだ。
「ミツキ様! 大変です! 王妃様が、お倒れに……!」
美月が、グィネヴィアの部屋へと駆けつけると、彼女は、長椅子の上で、青白い顔をして、横たわっていた。侍医たちは、ただ、うろたえるばかりだ。
美月は、てきぱきと、侍医たちを、下がらせると、グィネヴィアの手を取り、その脈を、確かめた。
(……脈は、正常。呼吸も、浅いけれど、乱れてはいない。これは、病気じゃないわ。極度の、精神的ストレスによる……)
「大丈夫よ、グィネヴィア様」
彼女が、そう、囁きかけると、王妃は、ゆっくりと、目を開けた。
そして、美月の顔を見るなり、その、完璧な、貴婦人の仮面が、崩れ落ちる。
その美しい瞳から、堰を切ったように、涙が、溢れ出した。
「……もう、耐えられないの、ミツキちゃん」
その、か細い、囁きは、悲痛な、愛の告白だった。
「……私は、彼を、愛してしまっているの。ランスロットを……。でも、私は、アーサーの、妻……。私の心は、もう、二つに、引き裂かれて、しまいそう……」
美月は、ただ、黙って、その、小さな肩を、抱きしめることしか、できなかった。
彼女の、論理的な頭脳も、現代知識も、この、あまりにも、切ない、心の痛みには、無力だった。
部屋の、窓の外。
遠い、中庭で、一人、ランスロットが、天を、仰いでいた。
その、完璧な騎士の横顔が、どうしようもないほどの、苦悩に、歪んでいるのを、美月は、見てしまった。
彼女が、予感した、静かな嵐は、もう、すぐ、そこまで、近づいてきていた。
だが、一度、その内側にある、複雑な感情の機微に気づいてしまった美月にとって、その平和は、まるで、薄氷の上を歩くような、危うさを、孕んでいた。
廷臣たちの、作り笑い。侍女たちの、意味ありげな、囁き。そして、玉座で、隣り合う、王と、王妃の間に流れる、見えない、深い溝。
その全てが、美月の、優れた観察眼には、手に取るように、分かってしまう。
ガウェインとの、屈託のない、幸せな時間だけが、彼女にとって、唯一の、救いだった。
その日、城の、練兵場では、騎士たちの、勇壮な、模擬試合が、開かれていた。
「ミツキ! 見ているか! 俺の、太陽の力を!」
ガウェインは、美月が見守る、観覧席に向かって、大きな、子供のような笑顔で、手を振ると、対戦相手を、いとも、容易く、打ち負かしていく。その、圧倒的な、強さ。
やがて、その日の、最後の、試合が、始まった。
ガウェインの、対戦相手として、現れたのは、円卓の騎士、ランスロットだった。
「おおっ!」と、観客席が、どよめく。キャメロット最強と謳われる、二人の騎士の、夢の対決だ。
ガウェインの剣が、太陽の光を浴びて、力強く、輝く。
対する、ランスロットの剣は、水面のように、静かで、滑らかな、軌跡を描く。
動の、ガウェイン。静の、ランスロット。
その戦いは、あまりにも、対照的で、そして、美しかった。
「我が姫君、ミツキに、この勝利を、捧げる!」
ガウェインが、叫ぶ。その声援は、ただ一人、愛する女性のため。
だが、ランスロットは、何も、言わない。ただ、その、憂いを帯びた瞳が、一瞬だけ、王妃グィネヴィアが座る、玉座の隣へと、向けられるのを、美月は、見逃さなかった。
試合は、結局、引き分けに終わった。
「どうだ、ミツキ! あの、すかしたランスロットと、互角だったぞ!」
汗だくのまま、子犬のように、駆け寄ってくるガウェイン。
美月は、彼の汗を、布で拭ってやりながら、そっと、尋ねた。
「……ランスロット様、何か、悩み事でも、あるのでしょうか。剣に、迷いが、見えたような……」
すると、ガウェインは、不思議そうな顔をした。
「あいつか? あいつは、いつも、あんな感じだろ。一人で、思い詰めたような顔をして。……俺とは、違うな」
そして、彼は、悪びれることもなく、にっと、笑った。
「俺が、考えることなんて、二つだけだ。敬愛する、アーサー王に、お仕えすること。そして、世界で一番、愛してる、お前を、幸せにすること。……単純だろう?」
その、あまりにも、単純で、混じりけのない、純粋な世界。
美月は、どうしようもなく、胸が、熱くなった。
彼女は、そっと、背伸びをすると、彼の、汗ばんだ頬に、唇を寄せた。
「……はい。とても、単純です。……だから、私は、あなたが、大好きなんですよ」
その、穏やかな、午後が、一変したのは、夕暮れ時のことだった。
侍女が一人、血相を変えて、美月の部屋へと、駆け込んできたのだ。
「ミツキ様! 大変です! 王妃様が、お倒れに……!」
美月が、グィネヴィアの部屋へと駆けつけると、彼女は、長椅子の上で、青白い顔をして、横たわっていた。侍医たちは、ただ、うろたえるばかりだ。
美月は、てきぱきと、侍医たちを、下がらせると、グィネヴィアの手を取り、その脈を、確かめた。
(……脈は、正常。呼吸も、浅いけれど、乱れてはいない。これは、病気じゃないわ。極度の、精神的ストレスによる……)
「大丈夫よ、グィネヴィア様」
彼女が、そう、囁きかけると、王妃は、ゆっくりと、目を開けた。
そして、美月の顔を見るなり、その、完璧な、貴婦人の仮面が、崩れ落ちる。
その美しい瞳から、堰を切ったように、涙が、溢れ出した。
「……もう、耐えられないの、ミツキちゃん」
その、か細い、囁きは、悲痛な、愛の告白だった。
「……私は、彼を、愛してしまっているの。ランスロットを……。でも、私は、アーサーの、妻……。私の心は、もう、二つに、引き裂かれて、しまいそう……」
美月は、ただ、黙って、その、小さな肩を、抱きしめることしか、できなかった。
彼女の、論理的な頭脳も、現代知識も、この、あまりにも、切ない、心の痛みには、無力だった。
部屋の、窓の外。
遠い、中庭で、一人、ランスロットが、天を、仰いでいた。
その、完璧な騎士の横顔が、どうしようもないほどの、苦悩に、歪んでいるのを、美月は、見てしまった。
彼女が、予感した、静かな嵐は、もう、すぐ、そこまで、近づいてきていた。
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