氷の王子と秘密の観察日記

藤森瑠璃香

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第3話:観察日記、スタート

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 完璧なエースの顔と、体育館の隅で見せた、無防備な少年の顔。
 霧島怜くんが持つ、その極端な二面性を知ってしまった私の好奇心は、もう誰にも止められなかった。

 翌日、私は学校帰りに文房具店に寄り、一冊の新しいノートを買った。そして、その表紙に、少しだけドキドキしながら、こう書き込んだのだ。

 ――『霧島怜 観察日記』。

 記念すべき最初のページに、私は昨日体育館で目撃した彼の姿を書き留めた。『女子の声援を浴びると、動きが硬直しがち』『一人の時、心底疲れきった顔でため息をつく』。
(ふふっ、面白い……!)
 これから、このノートがどんな秘密で埋まっていくのか。そう考えただけで、胸が高鳴った。

 本格的な観察を始めてみると、彼の日常は、ギャップの宝庫だった。

 朝のホームルーム前。女子生徒たちが彼の机を取り囲み、「霧島くん、おはよう!」と声をかける。彼は「……ああ」と、クールに相槌を打ちながら教科書に目を落としている。完璧な「氷の王子」だ。でも、私の席から見える彼の机の下では、ブレザーの裾が、ぎゅっと強く握り締められていた。
(緊張してるんだ……!)
 私は、すかさずノートに書き込む。『観察記録②:女子に囲まれると、平静を装いつつ、服の裾を握って耐える』。

 三限目の古典の授業。
 彼が教師に指名され、よどみなく古文を朗読する。その低い声に、またクラス中の女子がうっとりと聞き惚れていた。問題なく答え終わり、彼が自分の席に戻ってくる。その時も、彼は完璧だった。――ただ一点、クラスメイトたちの称賛の視線から逃れるように、歩くスピードが、ほんの少しだけ速くなっていることを除いては。
『観察記録③:注目を浴びた後、その場から一刻も早く立ち去りたがる傾向あり』。

 移動教室で廊下を歩いている時もそうだ。向かいから女子のグループがやってくると、彼はまるで壁に溶け込むかのように、すっと端に寄り、彼女たちが通り過ぎるのを待つ。
(もしかして、女子、苦手……? いや、むしろ怖い?)
 あのアルバムに書かれていた、心無い落書きが頭をよぎる。中学時代の経験が、彼にそうさせているのかもしれない。
 そう思うと、最初は「面白い!」と思っていただけの彼のギャップが、なんだか、少しだけ愛おしいものに思えてきた。

 放課後、私は部室で一人、今日一日でびっしりになった「観察日記」を読み返しては、ニヤニヤが止まらなかった。
 完璧な仮面の下に隠された、不器用で、臆病で、人間らしい素顔。それを知っているのは、この学校で、きっと、私だけ。その事実が、たまらない優越感と、秘密を共有しているようなドキドキ感を、私に与えてくれた。

「……おい」
 不意に、低い声がして、私はビクッと肩を揺らした。
 顔を上げると、いつの間にか、教室の自分の席に戻っていたらしい怜くんが、訝しげな顔で私を見ている。どうやら、彼の席から私のニヤニヤ顔が丸見えだったようだ。
「さっきから、何ニヤニヤしてるんだ」
「えっ!? な、なんでもないよ!」
 私は慌ててノートを閉じ、笑顔で誤魔化す。
 彼の、少しだけ怪訝そうな、美しい眉根を寄せた表情。それすらも、私の観察対象だ。

(やばい、楽しい……!)
 私の、秘密のスクープ探しは、こうして、誰にも知られず、本格的に始動したのだった。
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