氷の王子と秘密の観察日記

藤森瑠璃香

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【番外編】 騒がしいきみと、秘密のパス

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 十二月に入り、バスケ部の練習にも熱が入る。
 高木悠斗は、額の汗を拭いながら、コートの隅でチームメイトと笑い合う親友の姿を、眩しいものを見るように眺めていた。
(怜のやつ、マジで、変わったよな)
 氷の仮面はすっかり溶け、今では、チームの中心で、冗談を言って笑うことすらある。その変化をもたらしたのが、一人の、少しお節介で、底抜けに明るい新聞部員だと思うと、悠斗の口元も、自然と緩んだ。

 そして、その親友の彼女の隣には、いつも、太陽みたいに笑う、もう一人の女の子がいる。
 藤井美咲。
 ショートボブを揺らし、くるくると変わる表情で、親友の恋を応援する、騒がしくて、元気なやつ。
(……なんで、俺、あいつのこと、見てんだ?)
 最近、気づけば、目で追ってしまっている自分に、悠斗は、小さく首を傾げた。

 その日の放課後。
 悠斗が一人、体育館で自主練をしていると、ひょっこりと、入口から顔を覗かせる影があった。
「……あれ、高木? あんた、まだいたの」
 美咲だった。
「おー、藤井じゃん。陽菜のストーカーか?」
「ち、違うわよ! 陽菜が、まだ新聞部室にいるかなーって、思っただけ! あんたこそ、そんなに練習して、バスケ馬鹿なんじゃないの?」
 憎まれ口を叩きながらも、彼女は、体育館に入ってくると、ベンチにちょこんと腰を下ろした。

 しばらく、ドリブルの音だけが響く。
 やがて、練習を切り上げた悠斗が、ベンチに戻ると、美咲が、スポーツドリンクのペットボトルを、ずいっと、突き出してきた。
「……ほら、これ。陽菜に頼まれたのよ! あんたが風邪でもひいたら、怜くんが心配するでしょって!」
 その、あまりにも分かりやすい、ツンデレな言い訳。
 でも、ペットボトルは、ひんやりと冷えていて、彼女が、自販機で買ってきてくれたばかりだということが、すぐにわかった。

 悠斗は、ペットボトルを受け取ると、ごくりと一口、喉を潤した。
 そして、隣に座る彼女の横顔を、じっと、見つめた。
 いつも、大きな声で笑って、騒いで。でも、本当は、誰よりも友達思いで、優しい。
 怜と陽菜のことだって、自分のことみたいに、一喜一憂していた。
 そのギャップが、どうしようもなく、心を掴む。
(……ああ、そっか。俺、こいつのことが)

「なあ、藤井」
「な、なによ、改まって。気持ち悪い」
「俺さ、怜が、陽菜といて、すげー楽しそうなの、見てて、嬉しいんだよ」
「……うん。私も」
「で、思ったんだ。俺も、お前といたら、あいつらみたいに、毎日、すげー、面白そうだって」
「は……? それ、どういう、意味……?」

 顔を真っ赤にして、こちらを見上げる、大きな瞳。
 悠斗は、照れくさくて、一度、ガシガシと頭を掻くと、意を決して、彼女を、真っ直ぐに見つめた。

「好きだってことだよ。俺と、付き合ってくんない?」

 夕日が差し込む、体育館。
 美咲は、しばらく、金魚みたいに、口をぱくぱくさせていた。
 そして、次の瞬間、その瞳から、ぽろり、と、大粒の涙が、こぼれ落ちた。

「……わ、私だって……!」
 涙で、ぐしゃぐしゃの顔のまま、彼女は、叫ぶように、言った。
「あんたが、時々、すっごく、かっこいいって……! ずっと、思ってたんだから……!」

 その、最高の、答え。
 悠斗は、たまらない、というように、彼女の頭を、優しく、くしゃりと撫でた。

 太陽と月の周りで、キラキラと輝いていた、二つの星。
 騒がしくて、不器用な、もう一つの恋物語は、こうして、夕暮れの体育館で、確かに、始まったのだ。

(番外編・了)
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