氷の王子と秘密の観察日記

藤森瑠璃香

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第40話:氷の王子と、私の恋物語

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 あれから、いくつもの、季節が巡った。

 私は、大学のキャンパスにある、見晴らしの良いベンチに座り、一冊の、古くなったスクラップブックを、そっと開いた。
『私たちの、未来予想図』
 高校生の、拙い文字で書かれたタイトルの下には、色褪せた写真や、雑誌の切り抜きが、楽しそうに並んでいる。
 カリフォルニアの、青い空。日本の、新聞社の、ロゴマーク。
 遠い、遠い、夢の欠片たち。

 ページをめくるたびに、鮮やかに、記憶が蘇る。

 高校の卒業式の日。
 第二ボタンを差し出す彼に、「そんなの、いらない」と、私が笑いながら言ったこと。
「代わりに、怜くんの未来を、私に、予約させて」
 そう言って、泣きながら、彼の胸を叩いた私を、彼は、困ったように、でも、優しく、抱きしめてくれた。

 遠距離恋愛が、始まった日。
 慣れない時差に、眠い目をこすりながら、モニター越しに、毎日、顔を見て、話したこと。
「頑張れ」と、私が送ったメッセージ。
「お前もな」と、返ってくる、短いけれど、温かい、彼の言葉。
 その一つ一つが、私の、お守りだった。

 夏休みに、彼の住む、カリフォルニアまで、会いに行ったこと。
 太陽の下で、バスケットボールに打ち込む彼は、高校の頃より、ずっと、ずっと、大きくて、たくましく見えた。
 久しぶりに繋いだ手は、少しだけ、大人びた感触がした。

 めくり終えた、最後のページ。
 そこには、何も貼られていない、真っ白な余白が、広がっている。
 私は、そっと、スクラップブックを閉じると、立ち上がった。

 向かう先は、空港の、国際線到着ロビー。
 電光掲示板に、『到着』の文字が灯る。
 ガラスの向こうから、たくさんの人が、姿を現す。私の心臓は、高校生の頃みたいに、ドキドキと、大きく、高鳴っていた。

 そして、見つけた。
 人混みの中でも、一瞬で、分かる。
 背が高くて、少しだけ、日焼けした、私の、大好きな人。
 彼は、キョロキョロと、辺りを見渡し、そして、私を見つけると、今まで見たこともないくらい、満開の笑顔で、駆け寄ってきた。

 スーツケースを、その場に放り出して、彼は、私の体を、力強く、抱きしめた。
 懐かしい、彼の匂い。
「……ただいま、陽菜」
 耳元で、囁かれた、世界で一番、聞きたかった声。
「……おかえり、怜くん」
 私は、彼の胸に顔をうずめたまま、子供みたいに、わんわんと、泣いた。

 空港の、賑やかな喧騒の中を、私たちは、手を繋いで、歩く。
 何年も離れていたのが、嘘みたいに、彼の隣は、しっくりと、馴染んだ。
「ねえ、怜くん」
「ん?」
「もう、誰も、あなたのこと、『氷の王子様』なんて、呼ばないね」
 私が、いたずらっぽくそう言うと、彼は、楽しそうに、声を上げて、笑った。
「当たり前だろ。俺の、たった一人の、優秀な記者さんが、全部、氷を、溶かしちゃったんだから」

 そして、彼は、立ち止まると、愛おしいものを見るような、優しい瞳で、私を見つめた。
「俺の物語は」
 彼が、そう、切り出す。
 私は、にっこりと笑って、その言葉を、引き継いだ。
「ううん。『私たちの物語』は、」

 彼の唇が、そっと、私の唇に、重なる。
 長くて、優しくて、そして、永遠を誓う、キス。

 私の、秘密の観察から始まった、スクープ探し。
 それは、いつの間にか、世界で一番、温かくて、キラキラした、最高の恋の物語に、なっていた。
 そして、その物語の、新しいページは、今、始まったばかりなのだ。
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