偽りの正義(フェイク・ジャスティス)〜青い制服と黒いスーツの約束〜

藤森瑠璃香

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第12話:潜入捜査官

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「僕が『投資家』としてセミナーに潜入してみますよ」
 水島健太郎は、まるでチェスの次の一手を告げるかのように、あっさりとそう言った。その瞳は、難解な事件を前にして、むしろ楽しんでいるかのようにキラキラと輝いている。
 田中りなは、彼の突拍子もない提案に、思わず「えっ!?」と声を上げた。

「せ、潜入って……そんな、危険ですよ! もし正体がバレたら……」
「ご心配なく。僕は弁護士ですが、多少の演技の心得はありますので」
 水島は悪戯っぽく微笑むと、手元のスマートフォンを巧みに操作し始めた。
「それに、彼らは今、新しい『カモ』を探している頃でしょう。僕のような、いかにも金を持て余していそうな男が接触すれば、喜んで食いついてくるはずです」
 彼の自信に満ちた物言いに、りなは何も言い返せない。この人は、一体どれだけの顔を持っているのだろう。りなの知っている「弁護士」という職業のイメージとは、かけ離れすぎている。

「田中巡査。あなたは、あなたにしかできないことをしてください」
 水島は、りなに真っ直ぐ向き直って言った。
「警察官という、公的な立場で、被害者から丹念に話を聞き、証言を集める。それは、僕にはできない、非常に重要な仕事です。僕は僕のやり方で、彼らの懐に潜り込み、尻尾を掴む。いわば、これは共同捜査ですよ」
「共同……捜査……」
 その言葉の響きに、りなの胸が小さく高鳴った。警察官として一線を越えている罪悪感と、彼と共に戦えるという高揚感が、りなの心の中で複雑に混じり合う。

 その日から、二人の奇妙な共同捜査が始まった。
 りなは、喫茶店『さくら』のマスター山崎さんをはじめ、同様の投資詐Cami詐欺に遭った可能性のある人々を訪ね歩き、地道な聞き込みを続けた。商店街の人々は、りなの真摯な態度に心を開き、少しずつ情報を提供してくれた。
「そういえば、セミナーの会場で、やたらと羽振りのいい話をしとる若い男がおったわ」
「パンフレットを配っとった女の人、前に別の訪問販売でも見たような気がするんや……」
 断片的な情報が、少しずつりなの手元に集まっていく。

 一方、水島はというと、まさに有言実行だった。
 彼は「IT企業の経営者で、最近まとまった金が入った」という架空のペルソナを作り上げ、あっさりと『未来投資クラブ』のセミナーに参加してみせたのだ。
 数日後、りなが彼の事務所を訪れると、水島はまるで戦利品を見せるかのように、小さなICレコーダーを再生して聞かせた。

『――この金融商品はですね、リスクはゼロ! 我々が保証しますから!』
『今、この場で五十万円を投資していただければ、来月には六十万円になって戻ってきます! 断言します!』

 レコーダーから流れてきたのは、セミナー主催者の、自信に満ちた、しかし中身のない、いかにも胡散臭いセールストークだった。
「すごい……! これ、決定的な証拠になります!」
 りなが興奮気味に言うと、水島は「まだまだ、こんなものは序の口ですよ」と涼しい顔で言った。
「彼らの狙いは、僕がもっと大金を出すことだ。次は、もっと上の幹部が出てくるでしょう。本当の戦いは、そこからです」

 彼の言葉通り、翌週、水島は主催者から「先生だけに、特別な個別相談会を」と誘いを受けた。
 指定された場所は、市内の高級ホテルのラウンジだったという。
 りなは、佐藤には「情報提供者と会う」とだけ告げ、ホテルの近くで待機していた。もし、水島の身に何かあったら、すぐに駆けつけられるように。心臓が、まるで自分のことのように、どきどきと音を立てている。

 一時間後、ラウンジから出てきた水島の表情は、いつもと変わらず穏やかだった。
「どうでしたか!?」
 駆け寄るりなに、彼は「首尾は上々です」と短く答えた。
「やはり、裏にはハナさんの事件と同じグループが関わっているようです。金の流れも、かなり掴めました」
 そう言って、彼は再びICレコーダーをりなに見せる。その手際の良さは、もはや普通の弁護士のそれではない。彼は、まるで経験豊富な潜入捜査官のようだった。

「水島さん……。あなた、ほんまに、ただの弁護士なんですか?」
 りなの素直な疑問に、水島はふっと夜空を見上げた。
「さあ、どうでしょうね。ただ、僕は、法が救いきれない涙を、見過ごすことができないだけですよ」
 その横顔は、いつもの自信に満ちた表情とは違う、どこか物悲しい影を宿しているように見えた。
 りなは、彼の心の奥底に、何か深い闇が隠されていることを直感した。そして、その闇に触れてみたい、彼のことをもっと知りたいと、強く思った。

 この危険な捜査にのめり込めば込むほど、彼という人間の謎に、そして魅力に、引きずり込まれていく。
 りなは、自分がもう後戻りのできない場所まで来てしまったことを自覚していた。
 彼の隣で戦うこと。それが、警察官として正しい道なのかは分からない。
 それでも、この人の隣にいたい。
 りなの心は、すでに、はっきりとその答えを出していた。
 冷たい冬の夜風が、火照ったりなの頬を優しく撫でていった。
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