偽りの正義(フェイク・ジャスティス)〜青い制服と黒いスーツの約束〜

藤森瑠璃香

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第15話:水島の告白

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 投資詐欺事件の捜査は、佳境を迎えつつあった。
 田中りなが集めた被害者たちの証言と、水島健太郎が潜入して得た内部情報。それらを照らし合わせることで、詐欺グループ『未来投資クラブ』の全貌が、濃い霧の中から姿を現し始めていた。
 その日、りなは最終的な作戦を練るため、水島の事務所のドアを叩いた。しかし、彼女の胸の内には、事件解決への熱意とは別に、もう一つの強い想いがあった。
 彼のことを、知りたい。彼の核心に、触れたい。
 佐藤巡査部長からの忠告、事務所で見つけた一枚の古い写真。それらが、りなの心を一つの決意へと導いていた。

「……それで、これが主催者の男の音声データです。これで、彼らが最初から『元本保証』を謳っていたことの証拠になる」
 水島は、いつものように冷静に、しかし確かな手応えを感じさせる口調で説明していた。
 だが、りなはその説明を遮るように、まっすぐに彼の目を見つめた。

「水島さん」
 いつもより少し低い、真剣な声。水島は、話の途中で言葉を止め、不思議そうに彼女を見た。
「教えてください。あなたは、本当は何と戦っているんですか?」
 りなの瞳は、一切の揺らぎなく彼を捉えていた。
「ハナおばあちゃんの時も、今回の事件も、あなたのやり方は普通の弁護士のそれじゃありません。まるで、詐欺という犯罪そのものを、心の底から憎んでいるみたいです。何か、大きな目的があるように、私には見えます」

 その真っ直ぐな問いかけに、水島は一瞬、虚を突かれたように目を見開いた。そして、いつものように冗談でかわそうとして、しかし、りなの真剣な眼差しにそれを阻まれたかのように、力なく微笑んだ。
 彼は観念したように、深く息を吐いた。
「……敵いませんね、君のその目には」

「少し、長くなりますがいいですか」
 水島はそう言うと、立ち上がってコーヒーを淹れ直し、りなの前にそっと置いた。そして、自らの過去を、まるで遠い昔の物語を語るかのように、静かに話し始めた。

「僕が、まだ高校生だった頃の話です」
 彼の父は、小さな町工場を経営していた。誠実な仕事ぶりで、従業員からの信頼も厚かった。母は、そんな父を笑顔で支える、優しくて、太陽のような人だった。水島は、そんな両親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。あの古い写真に写っていたのは、紛れもなく、その頃の彼だった。
「父は、事業の拡大を考えていました。そんな時、一人の経営コンサルタントを名乗る男が現れたんです」
 男は巧みな話術で父の信頼を得て、海外の有望な事業への投資を持ちかけた。絶対に成功する、元本は保証するなどと甘い言葉を並べ、父は会社の運転資金、そして個人資産のほとんどを、その男に預けてしまった。
「……結果は、お察しの通りです。それは、巧妙に仕組まれた投資詐欺でした。コンサルタントの男も、投資話も、すべてが嘘だった。父は、会社も、家も、全財産を失いました」

 りなは、息をすることも忘れ、彼の言葉に聞き入っていた。

「私たちは、警察にも、弁護士にも助けを求めました。ですが、返ってくる言葉は同じでした。『証拠が不十分だ』『契約書にサインしてしまっている以上、騙す意図の立証は難しい』……。法は、私たち家族にとって、あまりにも冷たく、無力だった」
 少年時代の彼が、どれほどの絶望を味わったか。その痛みが、りなの胸に突き刺さる。
「やがて、借金取りが毎日家に押しかけるようになり……追い詰められた両親は、ある朝、二人で……」

 水島はそこで言葉を切り、唇を固く結んだ。その先を、りなは聞くのが怖かった。
「……僕の部屋の机に、小さな書き置きが一つだけ。『健太郎、ごめんね』と、母の震える字で、そう書かれていました」
 彼は、淡々と語った。しかし、その声には、十数年の時を経てもなお、消えることのない深い悲しみと慟哭が滲んでいた。
「たった一人、残されたんです。両親の亡骸の前で、僕は誓いました」

 水島は、コーヒーカップを置くと、りなを真っ直ぐに見つめた。その瞳の奥で、静かだが、決して消えることのない炎が燃えている。
「法が裁けない悪があるのなら、僕が裁く、と。そのためには、まず法を知り尽くさなければならない。法の限界を知り、その上で、法で救えない人々を、たとえ法の外に出てでも、僕が救うんだ、と」

 それが、彼の行動原理のすべてだった。
 りなは、もう何も言えなかった。彼の想像を絶する過去の重さに、ただ涙を流すことしかできなかった。自分が抱いていた甘い恋心や、彼のやり方への単純な批判が、いかに浅はかで、身勝手なものだったかを思い知らされた。
「ごめんなさい……。私、何も知らんと……」
「謝らないでください」
 水島は、静かに言った。
「君のような、汚れのない、真っ直ぐな正義感を持った人を見ると……眩しくて、少しだけ、羨ましくなるんです」
 それは、彼が初めてりなに見せた、弱さだった。

 りなは、涙を拭うと、決意を込めて言った。
「一人で、背負わんといてください」
 その言葉に、水島がはっとしたように顔を上げる。
「あなたのやり方が、正しいかどうかは、私にはまだ分かりません。でも、あなたのその痛みも、悲しみも、これからは、私も一緒に背負います。だから……一人で戦わんといてください。私も、いますから」

 りなの力強い宣言に、水島の瞳が微かに潤んだように見えた。
「……ありがとう、田中巡査」
 初めて見せた彼の弱さに触れた時、りなの心は決まった。この人を、支えたい。この人の隣で、共に戦いたい。
 それは、もう単なる憧れや恋心ではなかった。彼の背負う深い闇ごと、全てを受け止めたいと願う、もっと切実で、強い想いだった。

 二人の間には、重い告白の後とは思えないほど、静かで、しかし確かな絆で結ばれた空気が流れていた。
「まずは、目の前の詐欺師を捕まえましょう。それが、未来への第一歩です」
 水島の言葉に、りなは力強く頷いた。
 目の前の事件の先に、彼の本当の宿敵が待っている。
 その戦いに、自分も共に行くのだと、りなは心に固く誓った。
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