偽りの正義(フェイク・ジャスティス)〜青い制服と黒いスーツの約束〜

藤森瑠璃香

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第19話:繋がる点と線

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 田中りなの心に渦巻く嵐とは裏腹に、偽チャリティー詐欺事件の捜査は、静かに、しかし着実に進んでいた。
 佐藤巡査部長との間には、まだどこかぎこちない空気が流れていたが、仕事の上ではこれまで通り、的確な指示と報告の関係が保たれていた。彼はプロフェッショナルだった。私情を挟むことなく、目の前の事件に全力を注いでいる。その姿に、りなは改めて敬意を抱くと同時に、自らの心の揺れを恥じた。
 今は、個人的な感情に溺れている場合ではない。警察官として、やるべきことがある。りなは、そう自分に鞭を打った。

 その日、りなは投資詐欺の被害に遭った山崎さんと、偽チャリティーの被害に遭った林さん、二人の被害者を伴って、所轄の生活安全課を訪れていた。より専門的な知見から、改めて話を聞き直すためだ。
 応対してくれたのは、ベテランの刑事だった。彼は二人の話を丁寧に聞き比べながら、時折、鋭い質問を投げかける。

「……なるほど。どちらのケースも、最初に非常に丁寧な電話勧誘がある。そして、主催者の顔が見えにくい、閉鎖的なセミナーやイベントに誘導しているわけですか」
 刑事が腕を組み、唸る。
「手口が似ているとは思っていましたが……何か、関連があるんでしょうか」
 りなが尋ねると、刑事は一枚の資料を取り出した。
「これは、先月、隣の管内で摘発された、悪質な訪問販売グループの資料です。高齢者宅に上がり込み、高額な布団を売りつけていた。このグループの手口も、今回の二つの事件と酷似している」

 その言葉に、りなは息を呑んだ。
 事件は、桜川商店街の中だけで起きているのではなかったのだ。
「私たちは、これらの事件の背後に、詐Cami詐欺の手法、いわゆる『脚本』を考案し、それを様々な実行グループに売り渡している、大きな組織が存在するのではないかと睨んでいます」
 脚本……。その言葉に、りなは水島健太郎が言っていたことを思い出した。
『これは、同じ脚本家が書いた芝居ですね』
 彼の分析は、まさに的を射ていたのだ。

 交番に戻ったりなは、ベテラン刑事の話を佐藤に報告した。
「やはり、そうか。俺も薄々感じていた」
 佐藤は、交番の壁に貼られた大きな地図の前に立った。地図には、ハナおばあちゃんの事件、投資詐欺、そして偽チャリティー事件の発生場所が、それぞれ赤いピンで示されている。
「点と、点……。そして、隣の管区でも、同じような点が打たれている」
「はい。刑事さんは、脚本を売る元締めの組織がいる、と」
 その時、りなの脳裏に、電撃のような閃きが走った。
「佐藤巡査部長! 脚本だけじゃないかもしれません!」
 りなは、慌てて自分のデスクから捜査資料の束を持ってきた。
「見てください。これは、ハナおばあちゃんの事件の契約書のコピーです。そして、これが山崎さんの投資詐欺のパンフレット。どちらも、印刷に使われている紙質と、この特徴的なフォントが、完全に一致しているんです!」

 それは、あまりに些細な共通点だった。これまで、誰も気に留めていなかった事実。
 佐藤は、りなが示した二つの書類を食い入るように見比べ、はっとしたように顔を上げた。
「……本当だ。偶然とは考えにくい」
「さらに、金の流れです」
 りなは、水島から密かに提供された情報を、自分の調査結果として報告書にまとめていた。
「ハナおばあちゃんの事件で振り込まれた口座と、山崎さんの事件で振り込まれた口座。どちらもすぐに解約されていますが、その直前に、ごく少額ですが、同じ海外のサーバーを経由したネットバンクに送金された形跡があるんです!」

 それは、水島が「彼らの金の流れを掴んだ」と言っていた、決定的な証拠だった。
「脚本だけじゃない。パンフレットの印刷業者も、金の洗浄ルートも、すべてが繋がっている……!」
 佐藤の声が、興奮に震える。
 点と点が、今、確かな一本の線として繋がった瞬間だった。
「これは、単なる脚本の売買じゃない。詐欺に関わる全てを、裏で一括して請け負う、巨大な『詐欺師ネットワーク』が存在する……!」

 ぞくり、とりなの背筋が震えた。自分が立ち向かおうとしている相手の、途方もない巨大さを改めて思い知らされる。
 だが、恐怖はなかった。むしろ、これまで霧の中にいた敵の正体が、はっきりと見え始めたことで、りなの心には闘志が燃え上がっていた。

「田中」
 佐藤が、静かにりなを呼んだ。彼の瞳には、これまでにないほどの強い光が宿っている。
「お前の粘り強い捜査が、この大きな突破口を開いた。大手柄だ」
 そのストレートな賞賛の言葉に、りなの胸が熱くなる。
「いえ、私一人の力じゃ……」
「謙遜するな。これは、紛れもなくお前の手柄だ」
 佐藤はそう言うと、地図の前に立ち、赤いピンを力強い視線で見据えた。
「こうなれば、話は早い。全容解明に向けて、所轄、いや、府警本部との合同捜査になるだろう。俺たちの仕事は、これからさらに忙しくなるぞ」
 その横顔は、一人の警察官としての誇りと、巨大な悪への揺るぎない決意に満ち溢れていた。

 その夜、りなは水島の事務所に電話をかけた。
 これまでの捜査で判明した「詐欺師ネットワーク」の存在を伝えると、彼は受話器の向こうで、静かに言った。
『……ようやく、尻尾が見えてきましたね』
 その声は、全てを知っていたかのように落ち着き払っていた。
「水島さん。私は、このネットワークを絶対に壊滅させたい。そのためには、まだ、あなたの力が必要です」
 りなの決意に満ちた声に、水島は穏やかに答えた。
『ええ。僕も、同じ気持ちですよ、パートナー』

 巨大な敵を前にして、りなの心は定まっていた。
 佐藤巡査部長という、公的な正義の道を示す上司。
 そして、水島健太郎という、法の裏側から光を当てる協力者。
 立場の違う二人の男性と共に、自分はこの街を、そしてこの街に住む人々を、絶対に守り抜く。
 桜川交番の若い警察官の心に、迷いはもうなかった。
 ただ、燃え盛るような正義の炎だけが、静かに、しかし激しく、その胸で揺らめいていた。
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