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2 君の色
しおりを挟む佐伯結衣はヴァイオリンを下ろし俺を睨むように見てくる。
「なんで……」
『何でここにいるのか』
彼女はそう聞きたいようだった。
地元民でもなかなか立ち入らない場所に、今日転校して来た人間がいるのだからそう思うのもわかるが。
俺は彼女にゆっくり近づきつつ言った。
「前にここで音色に出会ったんだよ」
彼女は何も言わず俺に言葉を聞いていたが、怪訝そうな表情を浮かべたままだった。
「俺は音の色を見る事ができるんだけど、その音は温かくて優しくてすごく心に響いたんだ。
ここに来ればその音に会えるんじゃないかと思った」
「……その音には、会えたの?」
彼女が反応してくれたことに驚きつつも、小さく頷いてみせた。
「会えたよ。ただ、前とは色が違っていた」
『君に、何があったのーー?』
そう聞くと彼女は驚いたような表情を浮かべ左手に持ったヴァイオリンに視線を落とした。
何かあったんだろうな、と思った。
でも、彼女は語らない。
ただ分かるのは彼女は音を奏でるのを楽しめていないという事。しかし、ヴァイオリンは手放せず今でも弾き続けているということ。
「あの時の君の音は暖かな色だった。けど今は青いんだ、それも冷え切った黒が混じった青」
「だから何なの……? 関係ないじゃない、あなたには」
言うと彼女はヴァイオリンをケースに仕舞い走り去ってしまった。
この話題は彼女にとって地雷だったのだろうか。
そうなら悪いことをした気がする。けど俺は彼女の音色が好きだ、彼女自身も音楽を嫌いになったわけではないようにも見える。ならまた引いて奏でて欲しい……彼女の音色を。
「しかしなぁ……」
その場で頭を掻きながら思った。
俺なんかが踏み入っても良いものなのだろうか、と。
* * *
「昨日の話、詳しく聞かせて」
登校し教室に入った俺に佐伯結衣はいきなり告げた。
周りの生徒もこんな佐伯を見たのは初めてなのか、久々なのか驚いたように俺たちを見ていた。
「昨日って、どの話?」
「音の色が、という話。あれ、どういうこと?」
「信じてなかったんじゃないのか?」
「何も言ってないじゃない、勝手に判断しないで」
確かに信じないなんて感じのことは言ってなかったな。
納得し席に着くと俺は同じく席に着く彼女を向いて言った。
「じゃあ、佐伯は信じてくれたと思っていいのか?」
「……それは、微妙なところね」
「昨日も言ったけど俺は音の色を見ることが出来る、嘘ではない。ただ、なぜ見えるようになったのかは俺自身わからない」
俺がため息混じりに言うと、彼女は右手で顎に触れ何かを考えている様だった。
別に信じてもらおうとか信じて欲しいとかそう言う感情を持ってるわけではない。ただあの音色を見たい。
そしてあの音色を奏でる時の彼女はきっと生き生きとした表情だったのではないか、そう思うとその彼女も見てみたいと思った。
「私の音色は……」
ポツリと彼女が呟いた。
「そんなに、冷たかったの……?」
そう問いかけてきた彼女の顔はとても辛そうで、寂しそうだったのを覚えている。
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