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010.ささやかな違和感
しおりを挟む担任は、青木と中川の説得に負け、僕たちの味方になった。
「面倒なのにただでさえ、君らの進路とかいろいろ有るんだよ? お願いだから、問題は起こさないでね。あと、明日にでも進路決めてきて」
むちゃくちゃなことを言う担任だ。
僕らだって、進路なんかとっとと決めたい。僕は、親から言われて、大学に通うように言われているが、ウチの高校だと、他に専門学校とか、就職という人もいる。
別に勉強したいこともないのに、大学に行くのは何のためなのかというと『良い会社に就職するため』だという。
それに疑問を持ったことはない。多分、両親の言うことは正しい。ただ、その一方で同い年で社会に出て行く人が居るというのも僕には、『いいんだろうか?』という気持ちにさせていた。
そういえば、悠真の進路はどうするんだろう。
ちゃんと、聞いていなかったけど……、悠真は、僕に隠れて、勉強をしているのは知っている。僕に隠れてという言い方が、適切かどうかは解らないけど。
放課後、掃除を終えた僕らは、青木と中川が、担任をひっつかんで校長室へ乗り込んでいったので、帰りを待っているところだった。
「……腹減った」
ぽそっと呟いたのは、結城だった。
「あ、わたし、お菓子あるよ? 皆で食べる?」
藤本が自分のカバンの中から、お菓子を取りだした。一見、細くて可愛い女の子というスタイルの藤本のカバンの中から出てきたのは、一口サイズのサラミだった。しかも、大量に。
「え、なんでサラミ?」
「え、美味しいよね?」
キョトン、という擬音語がふさわしいかわいらしさで小首を傾げながら言う藤本がさらに取り出したのは、柿の種とチータラだったので、なんとなく男子達は顔を見合わせた。どう考えても、ビールで酒盛りをするオッサンたちの定番アイテムじゃないか。
「藤本さん……ビールとか呑んでたりする?」
やや引き気味の結城が聞く。勇気があるなあと口に出そうとして、口ごもった。
「えー、呑んでないよ! これは、この間、ゲームセンターで、取ったの! クレーンゲームの景品っ! 取れやすそうな台を見てたら、おつまみだけだったんだもん!」
なんとなく謎は解けた。
「クレーンゲームかぁ……僕は殆どやったことがないなあ」
なぜならば、僕は、この町から殆ど出ないからだ。普通の高校生ならば、通学以外で自分の住んでいるエリアから出て行くというのは珍しいんじゃないだろうか。推し活でもありば違うのだろうけど。僕はそういえば推しもいない。しいていうなら、悠真かもしれない。勿論、悠真にいうことは出来ないけど。
「そうなんだ。珍しいね」
「僕も……悠真もやらないんじゃないかな。ね、悠真」
僕が話を振ると、悠真はバツが悪そうな顔をして、「そうでもないよ」と言って僕から顔を背けた。
えっ? と僕が驚いていると「まあ、どこにでも、クレーンゲームくらいあるし……今はネットからでも出来るしな」と結城が納得したように、うんうん、と肯いていた。
僕は、少し、その悠真の態度に違和感があった。
勿論。僕らは……お互いの生活を全部知っているというわけではない。それは理解している。
でも……殆ど、町を出たことはなかったはずだった。それに、バイトもしたことがなかったはずだった。そのくらいは、僕でも知っている。
僕は、胸の中に黒くて小さなインクがポトッと落とされたような気持ちになった。黒い波紋を描いて、心の隅々まで広がっていくような……。
「悠真は得意なの? クレーンゲーム」
「まあ……。暇つぶしにちょっとやって……」
「じゃ、部屋の中、景品で一杯だったり?」
大抵は、ぬいぐるみとかだろう。なんだか、藤本みたいにオジサンの好きそうなおつまみというのも有るんだろうけど。
「いや、景品は全部処分しちゃうんだ」
「勿体ない」
「……フリマアプリで売るんだよ。結構、稼げる」
稼げる、という言葉に、なんとなくドキッとした。僕が知らない悠真が居るんだろうと……僕は実感してしまったからだ。
「まあ、金は欲しいよなぁ」
天井を仰ぎながら、結城が藤本から貰ったサラミをかじった。
「お金があったら何に使うんだよ」
僕が聞くと、結城は「そりゃー、服と、ゲームの課金だよ。……一回くらい、ゲームのイベントでずらっと最強のカード揃えてさ、無双したいじゃん」と笑う。
「解らないでもないな」
悠真が微苦笑した。
「悠真は解る方なんだ」
「うん。……ゲームとか、つぎ込むお金が無限にあったら、めちゃくちゃ課金すると思う」
「そうなんだ」
ゲームをやらない僕としては、課金してゲームをやるという悠真たちの気持ちが解らなかったが、めちゃくちゃ課金するというようなゲームは、ちょっと怖いなとは思いながら、チータラを貰って囓った。
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