異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京

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第三章 披露の宴

7.【氷の宰相】

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 謁見の間には、ズラリと貴族達が居並び、異世界から訪れた『巫覡』の登場をいまかと待ちわびていた。
「巫覡、タカヤナギ・ルイ様のお成り!!!」
 ルイがルースアに伴われて会場へ入るや否や、割れんばかりの大歓声が起きたのには、ルイの方が驚いてしまう。
 謁見の間の奥は、玉座があり、そこはフロアより高く設えられていた。高さや幅がランダムな階段の上になっているのは、万が一の暗殺防止の為だろう。
 ルイは、階段が不規則だと聞いていたが、実際自分で階段を上がっていくと、かなり、上がりにくい。
 転びそうになるのを、ルースアに何度か支えて貰う必要があった。
(宰相様は……姿勢を崩さないから……相当鍛えていらっしゃるのだな……)
 そう思った時、ふと、先ほどの使用人の言葉を思い出した。目の前で、家族を惨殺されたという話を……。
 ルースアは、多分、かなり鍛えているだろう。
 そのことと――冷酷だと噂されることが、一致しそうな気がして、頭の中から、その言葉を必死で追い払う。
 玉座の横に、巫覡用の席が設えられている。今回の宴席ではそこに座ることになっていた。
 長くて重い裾を引きながら、階段を上り終え、勧められた椅子へと座る。
「衣装もよく似合っておいでだ」
 国王に声を掛けられ、恐縮したが、「ありがとうございます」とだけ受けることにした。
 ルースアは、『後見人』という立場なので、ルイの椅子の横に立つ。
 宴は、国王陛下の宣言で開始され、ルイも紹介された。
 一言二言、求められるのは覚悟していたが、そこは国王が配慮したらしく、黙礼だけですますことが出来たのは幸いだったと言って良い。
 国の安寧と、巫覡に献杯が捧げられ、宴は開始された。
 今回、ルイの披露ということだったが、こうして高い壇上に座らされたことからも、貴族達と交流を求められてのことではないようだった。それも、ルイには有り難いことだった。今のルイは、貴族社会の慣例も何も解っていない。そういうルイが、貴族相手に何かをしようとしても、うまく行くはずがないからだ。
「ルイ殿」
 国王に声を掛けられ「はいっ!」とルイは慌てて返事をする。
 声が裏返ってみっともないことになっていた。恥ずかしくて、顔が熱い。
「見ているだけの宴というのも、退屈だろうが……、しばしこうして付き合ってくれ」
「いえ……こういう宴は見たことがないので、興味深いです」
「そう言って貰えると助かるよ。ところで、宝玉の様子はどうかね?」
「はい、多分、順調に、宝玉の力は回復していると思います。……今日は、神官長様はいらっしゃらないのですね」
 会場を見回してみるが、神官長の姿は見えなかった。神官長はあの特徴的な虹色に輝く髪のおかけで、参加していれば、すぐにどこにいるか解るはずだった。
「神官長も誘ったが、万が一にそなえて神殿に詰めると申していた。宝玉については良かった。……あとは、あなたが、何も召し上がることが出来ないというのだけ、少々困ったことだとは思うが……」
 確かにそれはそうだった。
「宰相様にいつもご迷惑ばかり掛けているので……少しでも、なんとかしたいです」
「宰相殿はあなたのお世話ならば、喜んでするでしょう!」
 国王との会話に割って入ったものがいた。無礼な行いだったが、国王は、咎めなかった。ルースアは、気に入らないらしく、その人をギッと睨み付けている。王弟・カイヴァントだった。
「王弟殿下……」
「巫覡様におかれましてはご機嫌麗しゅうぞんじます。……宰相殿は、あなたを独り占めするのがお望みのようですからね。今回も、宰相殿が発案しなければ、いつまでも、巫覡様は宰相殿のお邸の奥に囲われていたことでしょう。世の中の、嫌な噂をご覧下さい。あんな噂が立つだけでも、巫覡様の清らかな御身には、悪い影響があると言って過言ではありません」
 噂、と聞いて咄嗟に思い出したのは、ゴシップ誌の内容ではなく―――冷酷で残酷だという先ほど聞いたばかりの噂の方だ。
「噂……なんて、当てにならないですよ」
 声が、掠れた。それを、カイヴァントは見逃さなかった。
「おや、動揺はしていらっしゃるご様子。……一度、宰相殿の所から離れるというのも良いものですよ。当家も、別荘は神殿の近くにございますから、そこから、神殿へと通われてもよろしゅうございましょうし、代々の巫覡様のように、神殿にいらっしゃってもよろしいかと。なんにせよ……あのような噂が立つ方は、巫覡様のお世話をするには、ふさわしからぬ、と私は申し上げます」
 このやりとりを―――会場に集う貴族達は、じっと見ていた。
 会話も、おそらく聞こえているだろう。
「ふむ……、しかし、これはルイ殿たっての希望でもあるのだ」
 なあ、と国王がルイに同意を求める。
 慌てて、「はいっ、僕のほうが……是非、宰相様の所で……」とルイの言葉を遮って、カイヴァントが口を挟んで来た。「その者は、巫覡様よりも身分が卑しいものにございますれば、様、などと呼ばず、宰相、とお命じ下さい」
「えっ……?」
 年上の人に向かって、命令するというのは、ルイには考えられないことだった。
「ぼ、僕の住んでいたところでは……、目上の方は敬えと教えられてきました。ですから……」
「それでも、ここはユルティアル国でございます」
 ピシャッ、と言い切られて、ルイは口ごもる。
 正しいのだ。カイヴァントの言うことは、正しい。ここは、彼らの国だから、彼らに従うべきなのだ……。
「カイヴァント。そなたも口を慎みなさい……ルイ殿が困っているではないか。まずは、下がりなさい」
 国王が静かに命じる。カイヴァントは一瞬、怯んだがすぐに恭しく礼をした。
「陛下の御心のままに」
 その去り際、カイヴァントはルイの耳元に囁いていった。
「宰相にお気を付けなさい。その者は、酷薄なことで有名です」
 今のはどういうことか―――ルイは聞きたかったが、カイヴァントは立ち去ってしまったので、聞くことは出来なかった。やがて、宴席の緊張もほどけて、程なく、宴席は終了した。
 一応は無事に宴が終わったのだろう。
 国王と共に階段を降り、そして大広間から出て行こうとした、その時だった。
「待たれよ!!」
 と鋭い声が、大広間にこだましたのだった。
 振り返ると、そこには一人の騎士姿の男があった。
「我が名は、クルブライ・エルティル!! シエヴィネン・ルースア! お前に殺された、父母の恨み、思い知れ!!」
 騎士は剣に手を掛けた。
 広間が騒然となる。
 王と、ルイの周りは、どこからともなく護衛の騎士達が取り囲む。
 騎士達の間から、エルティル騎士とルースアの様子が垣間見えた。
 エルティルは、す、と剣を抜く。
「弁明しない所を見ると、お前が、我が父母を殺したのは、覚えているようだな!!」
 エルティルがひゅっ、と剣を振るう。風を切る音がした。
「取り押さえろ!」
 と誰かが叫ぶより早く動いたのは、ルースアだった。
 からり、と乾いた音がしたと思ってそちらを見ると、ルースアの腰に佩いた剣の、鞘が落ちていた。
(えっ……宰相様……っ?)
 ルースアは、剣を抜きざまにエルティルへと間合いを詰めた。一瞬。瞬きをしていたら見逃してしまうような一瞬の間に、エルティルの首元に、ルースアの剣が押し当てられている。
「私は特別に、王宮内での抜刀が許されている。そなたの親の事など、覚えておらぬが―――私は、天地に賭けて、間違ったことをしていない」
 ルイは、ぞっとした。
 ルースアの声は、いつもとは全く異なっていた。
 冷たくて……ぞっとする声音だった……。思わず身震いして、腕を抱いた。
「ああいう姿を見るのは初めてか」
 国王が、静かにルイに話しかけた。
「はい……いつも、優しくて……」
「あの姿を覚えておくが良い。あれが、私の右腕―――汚れ仕事を引き受けた男の姿だ」
 汚れ仕事、という言葉の意味を、ルイは否定したかった。
「で、でも……宰相様は……優しくて………」
 国王が、す、と手を挙げた。意図に気が付いたルイは「ダメっ!」と叫んだが、間に合わなかった。
 ヒュッ、と鋭く風を切る音。白く光る刃が一閃し、そして、音を立てて真っ赤な血液が首から吹き上がる。
「っ!!!!」
 ルースアの鋭い一振りで、エルティル騎士の首は、ぼとり、と広間の床に鈍い音を立てて転がったのだった。
 歓声が上がる。
 非難の声などではなかった。これは、歓喜の声だった。返り血を浴び、ルースアの頬は、血で汚れていた。
 ルイと視線があって、ルースアの表情が緩んだが―――……すぐに、こわばった。
「こ、こんな……簡単に……」
 人を殺すなんて、信じられなかった。信じたくなかった。優しくしてくれた方が、平然と人を殺す人とは思わなかったからだ……。 声が震えた。手も、身体も震えていた。
 ルースアの表情が、曇ったのが解ったが……もう、この場に居たくなくなって、「部屋へ戻ります」と告げて、御裾持ちの少年から裾を強引に奪い取ると、そのまま一目散に走り出した。
 広間を抜けがむしゃらに走って行く。
 どこへ向かっているのかも解らなかったが、とにかく、あの場所にいることは出来なかった。
 帰る、と言ってもどこへも帰る場所もない。
(どうしよう……)
 宰相邸へ戻りたくない。それに……、王宮の部屋にも戻りたくない。今は、ルースアの使う控え室を使わせて貰っているからだ。客殿を断らなければ良かったかも知れないが……。
 どこへも行き場所がない、と知った時、ルイは心細くなってしまった。立ち止まって、息を整える。誰かが連れ戻しに来るだろうか。そうしたら―――戻るだろうか。
(国王陛下にお願いして、王宮に一室賜ったらどうだろう……)
 悪い案ではない、とは思う。ならば、国王に謁見を申し出なければならないが、どうして良いのか、ルイには解らない。
 途方にくれて、とぼとぼと歩いていると、
「おや。これは巫覡様ではありませんか」
 と声が掛けられた。王弟・カイヴァントだったが、周りに、五名ほどの美少年を侍らせていた。
「王弟殿下……」
「こんな所で、如何なさいました? 迷ってしまわれたのでしたら、お連れ致しますよ」
「……ありがとうございます。ちょっと、宰相様のところへは、戻りたくなくて……」
 事情を話しても、この国の人たちは、理解しないだろうと思ったので、特に何も言わなかった。
 ただ、気まずいような感じがあって、思わず床に視線を落とす。
「ふむ……。でしたら、当家へお招き致します。宰相殿と、喧嘩にでもなったのでしたら、少し、頭を冷やす時間が必要でしょう。お互いに。その間、当家へお招き致しますよ。あばら屋で恐縮ではございますが……この者達のように、年の近い少年たちも沢山いることですし……」
 たしかに、カイヴァントの周りにいる少年達は、ルイとたいして年齢が変わらないように見えた。
「では、お願いします」
「畏まりました。では、巫覡様、どうぞ……馬車が待っているはずです。私も、そろそろ引き上げようと思っていたところなので……」
 カイヴァントが笑みを浮かべる。周りの少年達は、人形のように眉一つ動かさない。それをいささか不気味だとは思いながら、ルイは、カイヴァントに誘われた。
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