純情将軍は第八王子を所望します

七瀬京

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001 謁見と思惑と


「第八王子……とな」

 国王の声が、遠くに聞こえた。肝心なところで、とんでもない間違いをしてしまった。アーセールは、なんとか弁明しようとするが、さすがに、この状況では、無理だろう。

 第二王女は顔を真っ赤にして怒っているし、この話を持ってきてくれた上司である元帥《げんすい》閣下も、顔を真っ赤にしている。そして、急に舞台の中心に、何の準備もなく上げられてしまった第八王子は、ラベンダー色の瞳にはっきりとした―――この上ない侮蔑の表情を浮かべて、アーセールを見下していた。

「そなた。……これは、男だが」

 これ、というのは、第八王子だ。こうなったら、アーセールは腹をくくるしかなかった。

「恐れながら陛下。我が国の法では、婚姻は異性と結ぶものとは明記されていないと、聞いたことがございます」

「たしかか、国務大臣」

 皇帝は、国務大臣に確認をとる。国務大臣も、そんなことはすぐに解らないらしく、ちらっと目配せして「少々お待ちを」と恭しく礼をした。

「しかし、また、そなたの言葉は思いつきのように思えるが」

「いえ……、以前、たった一度だけ、第八王子殿下とお話をしたことがございます。その折り、私は、第八王子殿下に勇気づけられ、それから職務に邁進することが出来ました。今回の勝利は、第八王子殿下のおかげでもあるのです」

 甲冑の中は、冷たい汗で濡れている。本当に、どうしようもない間違いをしたが、この話は嘘ではない。

「……しらなんだな。王子、そなたは、覚えがあるか?」


 話を振られた第八王子は、一度優美に礼をしてから、皇帝に申し上げた。

「申し訳ありませんが、存じ上げません」

「と、申しておるが」

「覚えておいでではないのも、無理のないことです。十五年ほど昔、たった一度です。まだ、殿下は、幼く……私は、まだ何者でもありませんでした。殿下にしてみれば、ただ、気まぐれにお言葉を与えてくださっただけ。けれど……、私は、そのことが心に残っておりますので、以後、私の甲冑には、これを」

 と、アーセールは自らの甲冑に飾り付けた、砂獅を見せた。

「あっ」

 第八王子が小さな声を上げたとき、アーセールは、心の底から、彼を巻き込んでしまったことを悔やんだが、どうしようもない。口から出てしまった言葉は、撤回出来ない。そして、彼と、一度話をしたかったのは本当のことだし、第二王女と結婚するのは、まっぴらだった。後継者争いなどに巻き込まれるのも、御免蒙りたい話だ。

「おや、そなた、なにか……想い出したのか?」

 第八王子は、美しい白皙の頬を薔薇色に染め上げて、恥ずかしそうに言う。

「その、……私の名は、ヴァイゲル国の言葉で、『砂獅』を意味するのです」

 謁見の間が、俄にざわめく。

「その話を、過去に、たった一度……した覚えがあります。薔薇園でしたか」

「えっ? ええ……。その通りです」

 まさか、とアーセールは胸が高鳴る。たった一度の邂逅を、第八王子が覚えていたのだろうか。

 第八王子は、白い薔薇園の片隅に一人でいたはずだった。そして、言葉を、掛けてくれた。その言葉に、十五年も支えられてきたのだった。

 その時、国務大臣のもとにそそくさと小走りで駆け寄るものの姿があった。そして、耳打ちをする。

「陛下。確認致しましたところ、この国では、異性と結婚すると定めては居ないとのことです。また、事例はございませんが、同性同士で一生を添い遂げたという例も、多少在るようでございます」

 ちらっと国務大臣がアーセールをを見やった。面倒なことをさせて、というような迷惑そうな顔だ。迷惑は掛けた。それはアーセールも理解している。

「ふむ……また、面白いことになったものだ。実は、これは、婿にいくことが決まっておったのだ」

 婿、という言葉に第八王子の眉尻が多少動いたようだった。一体、どこの貴族令嬢のところへ婿に入る予定だったのか。その令嬢には悪いことをした。あとで、謝罪に行かねばならないだろう。

「だが、まあ、良いだろう。余に、二言はない。これは、そなたに与える」

「ありがたき幸せに存じます」

 アーセールは思い掛けないことながらも、深く礼をとった。

「しかし、男同士で婚姻を結ぶなど、我が国には前例がないことゆえ、さて、どうしたものか」

「……殿下に失礼のないように、万全の準備をしてお迎え致します。儀式のようなものが必要であれば……」

「まあ、そのようなものはいらぬであろう。……しかし、そなたはこれを『妻に』と言ったゆえ……そうだな、持参品は持たせよう。そなたの気が変わらぬうちに、早々に支度をすることとしようか」

 ははは、と皇帝は笑っている。第二王女が、これ以上はないほど顔を真っ赤にして、怒っているので、これは、もはや一波乱は避けられないだろう。

 第八王子が、なぜ、こちらの話に乗ってくれたかは解らない。ただ、もし、本当に、あの薔薇園での出来事を想い出してくれたのならば、とても、嬉しい。

「ありがたき幸せでございます」

 再度、礼を取ってアーセールはお礼を申し上げた。

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