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003 成婚

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 皇都の外れにあるアーセールの自邸まで花嫁行列の先頭が到着したとき、まだ、花嫁行列の最後尾は皇宮の城門を出ていなかった。それほどまでに長々とした行列であった。

 騎馬隊は美々しく飾られ、行列には伶人《れいじん》の参加もあり、麗しい楽《がく》を奏で、舞姫たちがその楽に花を添えた。

『花嫁』は純白の輿に乗っていたが、羅《うすもの》の帳《とばり》が幾重にも張り巡らされ、そこには、かぐわしい香と純白の薔薇で彩られていた。輿は、二十人もの担ぎ手によって丁重に担がれていたが、それらはすべて貴族の子弟であった。

 輿がアーセールの自邸に到着するや、

「第八王子殿下のご到着でございます」

 と高らかに、介添人が告げる。それを、跪いてアーセールは迎えた。真っ白な羅の帳を割り開いて現れたのは、世にも美しい花嫁の姿であった。

 その姿をみていたものたちが、ほぅ、と感嘆のため息を漏らす。

 アーセールも、この世のものとは思えぬほどの美麗な姿で現れた第八王子から、視線が外せずに、ただ、ぼんやりとしている。

 婚礼衣装は、ほんの少しだけ青みがかったような、純白だった。立ち襟の長衣で、地を少し引くほど裾が長い。その下に、薄物の裳裾のようなものを穿いている。長衣は、透明な宝石と銀糸で刺繍が施され、光にきらめいて、第八王子の神秘的な美しさに花を添える。

(化粧を、しておいでだろうか……)

 そう思うほど、第八王子の肌は白くて陶器のように滑らかであり、薔薇色の薄い唇はふっくらとしていて、ラベンダー色の瞳に、長いまつげが落とす影すら、色香が漂う。

「アーセール殿」

 勅使が咳払いと共に、アーセールの名を呼ぶ。第八王子を迎えに行けということだ。慌てて、アーセールは第八王子の元へ向かい、跪いた。

「殿下、アーセールでございます。我が邸へ、ようこそおいで下さいました」

 挨拶を申し上げてから立ち上がり、手を差し出す。第八王子は、一言も発しなかったが、アーセールの手を一瞥してから、自らの手をそこへ重ねた。酷く、冷たい手だった。

「では、参りましょう」

 アーセールは、第八王子の手を引いて、そのままゆっくりと自邸へ向かう。花嫁行列は、最後尾までアーセール邸の敷地へ入ったあと、王宮へ戻ることになっている。それを、アーセールが見届ける必要はなかった。



 儀式のようなものは必要ないと言われた婚礼なので、特に、結婚の為の儀式はない。ただ、結婚承諾書という書類は、貴族院へ提出する必要がある。それにサインをすることだけが、二人の『婚姻』に関する儀式になった。

 アーセールの自邸の中で最も格式が高い部屋で、最も高価な黒檀の机を用意し、この日のサインの為だけに、秘蔵のペンを出した。名工の手による特別な品物だった。

 サインをする際も、第八王子は一言も言葉を発しなかった。

「これで、晴れて、私達は、伴侶になりました。これから、末永く、よろしくお願いいたします」

 アーセールがそう告げた時も、なにも、第八王子は言わない。ただ、目を伏せただけだった。長い銀色の睫毛が、ラベンダー色の瞳に影を落とす。陰鬱そうな表情だった。ともかく、部屋へ案内して、着替えをして貰うことにした。今日の予定としては、夕餉をとってから、休むだけだ。夕餉にあの衣装では重いだろう。

 第八王子の為に用意した部屋は、日当たりが良くて天井の高い部屋だった。

「とりあえず、調度品などはこちらで整えました。お好みに合わなければ、お申し付け下さい」

 そのアーセールの言葉に、第八王子は是とも否とも言わなかった。気に入ったのか、気に入らないのか、それも解らない。

「それでは、夕餉の折に」

 そう告げて第八王子の部屋を辞したアーセールの方が、気詰まりになった。



 

「あの方、これから一言も喋らないおつもりですかね」

 アーセールの秘書官・ルサルカが、溜息と共に愚痴を吐き出す。アーセールの影のように付き従っていたので、今までのやりとりはすべて見ている。先が思いやられる、というような口調には同意するアーセールだったが、微苦笑で応えた。

「他家に嫁ぐ予定だったのを急に予定変更されたので、戸惑いもおありだろう。俺も、まさか、そういうお話しがあったとも解らなかったし、褒賞として物のように求婚するつもりもなかった。殿下が―――私を信用されないのも無理のない話だ。あの方に、信用して頂く為に、俺のほうが努力しなければならないのだよ」

 正論、だが、先が思いやられると思っているのは、ルサルカと一緒だ。だが、ここで、ルサルカに同意して、二人で第八王子に対する文句をつらつらと述べていても仕方のない状況なのだ。

「はあ、それは理解致しますが……。文句がおありでしたら、はっきりと仰せになって下さればよろしいのです」

「あの方は、高貴なお立場ゆえ、軽率な言葉を発することは出来ないのだ。俺のような、気楽な立場ではないのだよ」

「……アーセール様は、だいぶ、あの方を庇われますね。まあ、御伴侶ですし、確かに、本当にお美しいお姿でしたが……」

 ブツブツと文句を言いながら、ルサルカは下がろうとする。

「どこへ?」

「夕餉の支度と……、閨《ねや》のお支度を」

 閨、と言われてアーセールは「あ」と小さく呟く。今日が、結婚なのだから、当然、新床も今日、ということになる。

「よろしく頼むが……」

「あれほどの格式でお輿入れ遊ばされた方ですので、閨の支度も見直します。皇帝陛下の閨のように、見学をおつけしますか?」

 皇帝が皇后を迎える新床《にいどこ》は、必ず、見学がつく。見学というか、監視か。事実上の婚姻―――交接が成立したか、それを確認する為だ。

「いや、それは……、止めて欲しい。我々は、どれほど求め合ったとしても子をなすことはないのだから、無意味なことだろう」

 その、無意味な熱の交換を―――アーセールは、別に第八王子に求めていない。し、あちらも同じだろう。形だけ交わるのも、おそらく、ない。お互いに必要が無いからだ。

(一度、話がしたかっただけ……)

 それだけで、伴侶として迎えてしまったことには、いささかの後悔がないわけではなかった。


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