7 / 53
006 朝食前
あれを『初夜』と呼ぶのであれば、それは、殊の外うまく行った、と言うべきだろう。
明け方まで、二人は抱きしめ合ったままで過ごして、別れ際には、「あの」と恥ずかしそうにする第八王子から、「もし、よろしければ、名を、呼んでください」と乞われ、互いに、名を呼び合うことにした。
「ルーウェ様」
「様は、不要かと思いますが」
「では、ルーウェ」
なんとも、慣れないような、面はゆい気分だった。アーセールは自分の顔が熱いと感じていたので、多分、顔は、真っ赤だったのだろう。対する、ルーウェのほうも、乙女のように頬を染めていた。その、恥ずかしげにするルーウェの姿を見て、アーセールは、少年のように胸が高鳴るのを感じた。その時に初めて、自分が長らく、この美しい人に心奪われていたことを悟ったのである。
「では、朝餉《あさげ》でまた」
一度部屋へ戻って身支度を済ませるが、ルサルカが「殊の外、上機嫌でおいでで」とチクチクと嫌みを言ってきた。
「なんだ」
「……閨に入られる前は、うんざりしたご様子で? その上、こちらでお休みになると仰せでしたので明け方までお待ち致しましたのを……随分、お楽しみだったのですね」
そう軽口を叩いたルサルカの目の前に、アーセールは無言で拳を突き出す。
「っ!」
「閨ごとに関する軽口を好まない。以後、いっさい、口にすることは許さない」
厳しい口調で言うと、青い顔をしたルサルカが、「失礼を」と言って、一礼した。一つ、呼吸を置いてから、ルサルカは問う。
「……あの方については、どうお呼びすれば? 殿下とお呼びするのが良いのか、それとも、奥方様とお呼びするのが良いのか……」
「ルーウェと相談の上、報せることにする。俺としては、殿下などという呼び方は他人行儀で良くないと思うが、奥方というのも、少し違うと思う」
「お名前を……、呼び合うようになったのですか?」
ルサルカが驚いて目を見開いている。
「俺の伴侶だ。不思議なことではないだろう」
「まあ、それは……そうですが……昨日のご様子では……」
「お疲れだったし、緊張されていただけだ」
「そう、仰るのでしたら、そうなのでしょうね。それで、本日のご予定は?」
「そうだな」
朝食の後、どうしようか。邸の案内がてら、話をする必要があるかも知れない。あと、家中の薔薇は切ってしまおうと、アーセールは心に決めた。ルーウェは、『薔薇園で』と言う言葉を、性的な接触をする意味で使っていたようだった。それを、想い出させたくなかった。薔薇はすべて処分しよう。
「……今日は、ルーウェと過ごすよ。どうせ、何もすることがない。あと、庭師に、家中の薔薇をすべて切るように言ってくれ」
「えっ? 薔薇は……先代の奥様が丹精込めて……」
「構わない。俺が、気に入らないのだ」
「先日までは、大好きだったじゃないですか。あの方が、なにか、わがままなを仰ったんですか?」
「ルサルカ。……あの方は、俺に何も、求めていない。俺が、急に嫌になったのだ」
「畏まりました……」
ルサルカが去った後、アーセールは、庭を見やった。薔薇園は、義母が愛したものだった。残しておく必要はない。ルーウェと出会ったときの思い出があったから、残していた薔薇園だ。今は、もう、必要ない。
朝食は、日当たりの良いサンルームのような小さな食事室で取ることにした。
「素敵な、食事室ですね」
花瓶には数多の花が飾られているが、アーセールの意を汲んで、薔薇は一切ない。淡いピンク色のチューリップ、霞草、スイートピー、柔らかな花びらが美しいユーストマなどで彩られている。
「気に入って頂けたのなら良かった」
「こんなに、幸せな朝は、初めてです」
ルーウェは、照れくさそうに、けれど、幸せそうに目を細めて笑っている。
「これからは、毎日、あなたと、こういう朝を過ごしたい」
アーセールの言葉を聞いたルーウェが、一度、目を見開いてから、俯いた。銀色の長い髪に阻まれてよく解らなかったが、耳が真っ赤だった。
「そんな、優しい言葉を……」
「当然でしょう? 俺達は、晴れて伴侶になったのです」
「……ありがとうございます」
何に対する『ありがとう』なのか、アーセールはよく解らなかったが「食事にしましょう」と朝食の席に誘った。
夕食の際、ルーウェは啄むような量しか食べなかったことが、気になっていたアーセールだったが、それは、邸《やしき》の料理人たちも同じだったらしい。朝食には、様々な種類の小さな皿が用意されていた。アーセールの感覚からすれば『ちまちました』という感じだが、テーブル一杯に並んだ小さな皿の料理を見て、「わあ」とルーウェが思わず感嘆の声を上げる。
「毎朝、こんなに召し上がっているのですか?」
「いや……まあ、これは、婚礼の朝だから?」
適当なことを答えておく。ルーウェは、特に気にした様子はなく、目を輝かせている。
「夕食は、あまり召し上がっていないようだったから……。好きなものを好きなだけ」
「昨日は、緊張していて……」
と言ってから、ルーウェはアーセールの耳元に囁く。
「……どんなに酷いことをされるんだろうと、思っていたんです」
「自分の悪評を思い知りました」
血まみれの殺人狂、血に飢えた悪鬼、紅蓮の死神……この程度の悪評より、酷いものを聞いていたのだろう。
「いえ、その。……沢山のお金を積んだということを、第二王子殿下が言っておられたので。お金に見合うだけの、酷いことをされるのだろうと」
第二王子と言う言葉が引っかかったが、それより、胸を鋭い刃で突き立てられたような衝撃を味わった。この人を、金でどうこうしたのだけは、現在の所、事実だ。
「済みませんでした。あなたを、金などで……、」
その先の言葉は、、紡ぐことが出来なかった。なんと言って良いのか、よく解らなかった。
「いいえ、あなたの所に来ることが出来て、良かったです」
ルーウェの笑顔だけが、今は、アーセールにとって救いだった。だが、金子《きんす》でやりとりされたことに、ルーウェは傷ついただだろう。それを思うと、胸が苦しい。その傷は、一生掛かっても、償えないような気がした。
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―
なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。
――はずだった。
目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。
時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。
愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。
これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。
「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、
年上αの騎士と本物の愛を掴みます。
全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。
恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。
めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。
その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。
⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる
⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない
※全四話、予約投稿済み。
本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。
※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中
悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する
スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。
そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。
呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない
波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。
異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。
強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。
彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。
しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。
「俺に触れられるのは、お前だけだ」
呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。
となります。
神子は二度、姿を現す
江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結
ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。
死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが
神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。
戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。
王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。
※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。
描写はキスまでの全年齢BL
転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~
トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。
突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。
有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。
約束の10年後。
俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。
どこからでもかかってこいや!
と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。
そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変?
急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。
慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし!
このまま、俺は、絆されてしまうのか!?
カイタ、エブリスタにも掲載しています。
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。