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010 私を見捨てないで
ルーウェを抱きしめたまま、寝台へ横になる。ルーウェは、泣き疲れて寝てしまった。その、あどけない寝顔を見ながら、アーセールは、思う。
(俺が抱けば……、ルーウェは、自分を、汚れていないと、そう、思えるようになるのだろうか)
それは、ルーウェにしか解らないが、気分がいくらかましになるのではないかというのは解る。だが、どうしても、アーセールのほうの気持ちに問題がある。
結局、この人を、物のようにして手に入れた。その上、金子を積んで横やりを入れた。
どう考えても、通常の婚姻ではない。
その上、ルーウェの為にという名目で、彼を抱いてしまっても良いのか。
(なんで……)
もう少し前……この婚姻が成立する前に、彼と話す機会を作ることが出来なかったのか。
(いや、俺は、ルーウェと一度話せば、自分の気持ちだけを一方的に告げれば良かっただけで……)
美しい方だと、憧れる気持ちはある。触れたい……気持ちは、どうだろうか。ルーウェの抱える闇が大きすぎて、それを、受け止めきれる自信が無いのか。お互いの気持ちが、通じ合ったと言うほどの関係ではないような気がして、踏み込むことが出来ない。
腕の中で、すやすやと寝ている姿を見ていると、愛おしさに胸が締め付けられるような気分になる。ただ、その気持ちのまま、触れて良いのか、解らないと言うだけだ。
(金子で買った……というのと、触れるというのに、意味を持たせすぎているのだろうか……)
銀色の髪を指で梳いていると「ん」と小さな声がした。眠たげな目が、アーセールを見上げてくる。
「アーセール……お休みにならないのですか?」
「いや……、休むよ」
思い立って、そっと、額に口づけを落とす。ほんの少し驚いてから、ふんわりと、ルーウェが微笑んだ。
「アーセール……」
「ん?」
ルーウェが、ぎゅっとしがみついてくる。
「私を……、見捨てないで。さげすんでも、嫌いになっても良いから、見捨てないで。あなたに捨てられたら、私は、もう……」
「なぜ、俺が、あなたを見捨てるなんて……」
そんな酷いことを、考えるのだと、文句を言おうとしたとき、鋭いナイフのような言葉が、胸に突き刺さった。
「だって、あなたは、私を好きなわけじゃないから」
好きなわけじゃない。
そういわれて、とっさに否定出来なかった。
友人のような関係としては、確かに好きだ。ずっと、慕っていたというのも、憧れていたというのも、事実だ。
(あなたは……、俺に触れられたいんですかね……)
怖くないのかな、とアーセールは思う。輿入れの時の、頑なな様子を見れば、ルーウェがアーセールに触れられたいなどと、みじんも思っていないと思うだろう。
今のところ、アーセールはこうして、ルーウェを抱きしめているだけで十分だ。それでは、駄目なのだろうか。
ルーウェが落ち着いたのを見計らって、アーセールは部屋へ引き上げることにした。今頃、ルサルカが宴席の準備で、死にそうになっているだろうから、顔を出さなければならないと思ったのだった。
執務室は、様々な書類が山になって積まれており、また、生地などの見本なども山と積まれている。足の踏み場もないのは、深夜で職員たちが屍のように折り重なって寝ているからだった。その、屍を尻目に、ルサルカは書類に向かっている。
「ルサルカ」
声を掛けたとき、ルサルカは目の下に大きな隈を作って、どんよりとした顔をしていた。
「あー……、アーセール様」
「ご苦労だった……宴席の首尾はどうだ?」
「とりあえず席次などは決めました。料理や引き出物や、その他の物も……本来ならば、これは、奥方様のお仕事です」
ルサルカが、厳しい顔をして言う。ルーウェを『伴侶』として迎えたのだから、『奥方』としての仕事をやらせるのが当然だ、とルサルカは主張しているのだろう。
「それは……」
「アーセール様。あなたは、あの方を、どうなさるおつもりですか? ずっと、今のまま、ただの仲の良い友人のような関係を続けられるおつもりですか? それを、あの方と、お話ししたのですか?」
今後、『伴侶』としてどうしていきたいか。
それは、話すことが出来て居ない。
「あの方は、ここでなんの後ろ盾もなく、居られます。今も、かなりご無理をされているでしょう。あの方のことを思うのでしたら、家の仕事を、少しずつ覚えて頂く方がよろしいかと思います。それに……」
ルサルカは、言いづらそうに、一度言を切ってから、続ける。
「……アーセール様は、毎日、鍛錬で発散されているようし、もう、そういうお年ではないと思いますけれど……、肉欲もありましょう」
「おい、そういう年じゃないって……俺を枯れてるみたいに」
「枯れていなかったら、毎日、お二人で閨で過ごしていて、手も出さないというのは、少々異常では? すくなくとも、あの方は、その覚悟をしてこちらへ来たと思います。無体を敷くような相手でないことだけは幸いでしょうが……」
伴侶、とそれに伴う、性行為。
「……俺だって、戦場では、いろいろと適当に処理をしてきたし。相手も、居た」
「ええ、存じております。ですが、この先、長い人生、あの方をあなたの腕の中で、ただ、鑑賞して終えられるおつもりですか?」
「触れろ……と?」
「すくなくとも、あの方は、それを望まれていると思います。役割もなく、ただ、禄を食むような生活は、心苦しいものです。あー、私は、ただ飯ぐらいの方が気楽で良いですけどね!」
ルサルカの言葉は解る。アーセールも、実家に居た頃、戦功を上げる前は、役に立たない、無駄飯食いの一人だったはずだ。アーセールが、彼を抱けば、立場は安定する。家の仕事を任せれば、さらに立場は強固な物になるだろう。
「ルサルカ。……ただ、私は、あの方に、触れて良いものか、よく解らないんだ」
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