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017 あなたの、役に立ちたい

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「あっ……その、すみません。黙っていて……」

「いえ、今、知ることが出来て良かったと思います。姉上は、国で一番の美女と名高い才媛ですよ」

「あー…」

 なんと説明して良いのか分からなかったが、少々、鋭い目つきをしているルーウェには、嘘はつけない。

「どう考えても、第二王子が付いてきて、後継者争いに巻き込まれるんですよ。それが嫌だなと思っていたら、あなたの姿が目に飛び込んできて……思わず……」

「思わず? 求婚なんて人生の一大事なのに? それを、思わずだなんて……」

「第二王女殿下も、わざわざ素敵なお召し物でしたので、なにか、理想とする求婚が行われる場面ではあったのだと思います。けれど、あの瞬間、ルーウェの姿が視界の端に映って、それで、気がついたら。今は、あの時、あなたの姿を見つけられて良かったと思っています」

「えっ……だって、あなたは、将軍を辞さなければならなかったし……それに、今日は、第二王子と敵対しました。皇帝陛下だって……」

「まあ、あなたが賜った品が、あまりにもふざけたものでしたので、皇帝陛下の心証も悪かったのでしょうね」

 寄りによって、皇太子の手形とは。第二王子が嘲り笑うのも無理はない。おかげで、第二王子は、多少溜飲は下がったのだろうとは思う。

「けれど、私は、どんな品であっても、陛下から物を賜ったことは殆どありませんでしたから、大切にしたいと思っています。この部屋に飾るかどうか、悩んでいるところです」

 アーセールは部屋を見回した。殺風景な部屋だ。そこに、よりによって、皇太子の手形が飾られるのは、あまり、良くない気がする。なので、「日に焼けて色が褪せるのでは?」と聞いてみた。

「あっ、たしかに、そうかも知れません……でしたら、手元に置いておきますが、できるだけ日の当たらないところに飾ることにします」

「やはり飾るのですね」

 思わず苦笑してしまった。

「あの……」

「はい?」

「……第二王子と、敵対してしまって、よろしかったのですか? 私は、ああいうことを言われ慣れていますから」

「これからは一切あのようなことは言わせませんよ」

 アーセールは、キッパリと言い切る。

「それは、ありがたいのですけれど、皇帝陛下は第二王子を重用しているようですし、このままでは……第二王子の御代になったら」

 アーセールは、粛正されるかも知れないし、酷い目に遭うかも知れない。ルーウェは、そのことが、耐えがたいのだろう。

「ふむ、もし、この国に居づらくなったら、出奔しますか。あなたのご母堂の出身の国なんて如何です?」

「アーセール……、私は、本当に、心配しているのに」

 ルーウェは顔を真っ赤にして憤慨している。アーセールの身を案じているのだ。そして、今の暮らしや立場を捨てることになることを、恐れている。

「あなたは……ご自身のことならば、様々なことを我慢してしまうのに、俺の身は案じるんですね」

 アーセールは、そっとルーウェの手を取る。手は、冷えていた。花の香りを感じる。身支度のあと、花の香油で手入れをしたのだろう。花の香りは、麗しいし、ルーウェにはふさわしいが、少しだけ残念な気分になったのは、ルーウェの肌の香りを、感じられないからだ。

「あなたは、もう少し、ご自身を大切にしてください」

「いろいろと甘えてばかりですけれど」

「いいえ、俺の身を案じるように、あなた自身の痛みにも目を向けて。……俺が、傷ついたり苦労したりするのを見るのが嫌だと、思ってくださっているのだとしたら、それは、俺も一緒なんです。あなたの表情が曇ったり、あなたが痛い思いをしたり、辛い思いをするのは見たくない。……一緒に、幸せになる方法を探したいと言ったら、笑いますか?」

 一瞬、ルーウェは真顔で、アーセールの顔を見つめ返す。

 ラベンダー色の瞳は、なにか言いたげな様子だったが、それが、何なのか、アーセールには解らなかった。

「あなたの、役に立ちたい」

 ルーウェは、きっぱりとした口調で言う。

「いろいろと、教えてくださったと思いますが」

「それだけではなくて、……あなたに、庇護されているだけではなくて……」

 ルーウェの感じている歯がゆさは、アーセールも理解出来る。所在のなさを感じているのも、解っている。だが、アーセールは、それを、どうやって、ルーウェに与えるのか解らない。だから、焦らずにいてくれれば良いのにと思う。

「……ルーウェ。焦らないでください」

「でも、私は……」

 ぎゅっと、ルーウェは夜着を握りしめる。そこで、口ごもったのは、きっと、『面倒を掛けたくない』ということだろう。だから、言いたいことも、本心も、ルーウェの唇から発せられることはない。

 アーセールは、ルーウェに果実酒を渡す。グラスの中で揺れる、薄いラベンダー色の酒は、甘い香りを漂わせている。

「……ルーウェ。私は、あなたに何も望んでいない訳ではないのです」

「えっ? 何を、望んでいるんですか? 教えてください」

「俺たちは、一緒に、幸せになれると良いなと思っているんです。それは、俺たちだけの形があると思っていて……、あなたが、不安に思っているのも、理解はしています。ただ……」

 アーセールは、そこで言を切った。その先、なんと言って良いか、よく解らなかった。

 柔らかな長椅子で、ゆっくりと果実酒を傾けている間、アーセールとルーウェは、無言でいた。

 窓から、月の光が差し込んでくる。青白い月光をうけるルーウェの姿は、夜の精霊のように美しくて、アーセールは目を放すことが出来なかった。 
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