19 / 53
018 皇太子からの結婚祝い
ルーウェが『役に立ちたい』と言うたび、アーセールは、胸が苦しくなる。彼の半生を考えれば当然のことかも知れないし、ルーウェは、自分の居場所を見つけようとするのに必死なのだろうが、アーセールは痛々しくて、見ていられない。
第二王女との結婚のことも、第二王子の暴言のことも、ルーウェは責めなかった。あのまま、果実酒を飲みながら、宴席の出来事を振り返っている間に、ルーウェは眠ってしまったので、彼の身体を抱き上げて、寝室へ向かった。いつもの閨ではなく、ルーウェの寝室の寝台だ。ここでは、ルーウェは夜を過ごしたことはなかったはずだ。輿入れからずっと、一緒に寝ていたのだ。
閨の寝台よりも、小さな寝台は、如何にルーウェが華奢でも男二人が横になると、少し窮屈だった。アーセールはルーウェを腕に抱いて、そっと、額に口づける。
大抵、閨にいてもルーウェの報が先に寝てしまう。寝てしまったルーウェの額に口づけるのは、アーセールの毎日の楽しみになっていた。
そして、銀色の髪を優しく指で梳く。アーセールの髪よりも、細くて、つややかな髪だ。今までも美しかったが、アーセールに嫁いでからは、もっと美しくなったと思っている。今までよりも、十分に、手入れをしているからだろう。
たとえば月光を紡いで糸を作ったら、こんな彩になるのではないだろうか。
「……ゆっくり休んで……」
もう一度、今度は頬に口づけを落としてみた。酔っているせいか、頬は、少し、熱かった。
ルーウェの部屋で休んだのは初めてだったので、ルサルカが意味ありげな視線を向けてきたが、とくに何も言わなかった。二人が親密な時間を過ごしたのではないことは、一目瞭然だったからだ。ただ、主二人が、妙に気恥ずかしそうにしているのに呆れたような表情ではあった。
「……朝食は、こちらにお持ち致しましょう。それと、皇太子殿下からのお祝いに懐いては、どうぞ、目録をご確認くださいませ。速やかに」
速やかに、というところをルサルカは強調した。
「皇太子殿下は、大分、祝いを弾んでくださったようですね」
「すこし、驚きました。そりと、私の住んでいたところに近付くことが出来なかったというのは、初めて知りましたので驚いています」
「ええ。……皇帝陛下の思し召しでしょうかね」
意図が、よく解らないが、おそらく、そういうことなのだろう。皇帝陛下には、おそらく、アーセールやルーウェには見えない物が見えている。それは、間違いない。
「けれど、気に掛けてくださって、沢山の贈り物を頂いたのでしたら、嬉しいです」
過去、庇護されなかったことについて、ルーウェは一度も恨み言を盛らしたことはない。少しくらい、過去を恨んでも良いのではないかとアーセールは思うが、大切なのは、現在だ。過去を、見なくて済むなら、見ない方が良いのだろう。
ルサルカが朝食よりも先に持ち込んだ目録には、様々な品々が並んでいた。目録は立派な装丁がされた薄い書籍のような形をしていた。そこには、皇太子の印章が刻印されている。東宮府からの正式な目録であった。
「な、んですか、これは……」
ルーウェのほうが呆れて絶句している。無理もないことだった。
『五歳の誕生日祝いとして書物。六歳の誕生日祝いとして生地を一揃え。七歳の誕生日祝いとして銀の地金。八歳の誕生日祝いとして……』
などとずらずらと列挙されている。肝心の結婚祝いに到達するまで、五枚も頁を繰る必要があった。
「殿下から、一言添えてありますね……これは、もともと、殿下が、その時々にご用意くださったもののようですね。東宮府からの出庫が、当時の年月になっています」
「え……っ?」
「東宮府は、あなたに贈り物をする用意があったのに、途中で止められて、東宮府へもどされたのでしょう」
なぜ、そこまでルーウェを酷く扱うのだろうか。アーセールは首を捻る。そもそも、現皇后の子息たちとは雖も、皇帝陛下の公娼時代に生まれた第二王子たちは、みな、公娼であったランゲロング男爵夫人の私生児である。それが、皇室に入った瞬間に、皇帝の子供として認定されただけで、現皇室において、皇帝の実子―――王子として生まれてきたのは皇太子と、第八王子の二人だけのはずだった。
「兄上が、ずっと気を配ってくださっていたことが解っただけでも、嬉しいです。様々な品より、そのことのほうが、私にとっては嬉しい」
「ええ。まあ、あとは、品物も凄いのですけれどもね……」
二十歳の誕生日には、東宮府より所領の一部を賜っている。農場の経営権、菜園の経営権まであるし、正式な場所で着用する装束一式に、数々の装飾品。
結婚の祝いとしては、やはり郊外の農場に、織物の工房、地方の領地などがあった。
「これは、一体、幾らになるのやら……どう、返礼の品を考えれば良いか……」
「返礼……」
「ん? ちょっと、これを見てくれ」
アーセールは、目録の最後の紙が少し厚いことに気がついた。
「紙が、少し、厚い?」
「ああ……ちょっと、剥がしてみよう」
慎重に、紙を剥がしていく。 ゆっくりと気をつけて剥がしていくと、きれいに紙が二枚になった。そこには、数字の羅列が書かれている。
「何の数字でしようか、兄上が……わざわざ……?」
「ルーウェ。これは、軍の暗号だ……俺の使える暗号の中で、一番高度な暗号のはず」
数字を用いた暗号は、軍の中で全部で十二種類在る。アーセールが使用出来るのはそのうちの十種類。最上位の暗号は元帥だけが使うことが出来る。その中でも、最も高度な暗号だった。
「乱数表と対照して、計算し直せば、今日中には復号できると思う」
「私にも、教えて貰えませんか?」
「……これは、済みません。機密です。本当は、俺が使うのも、出来ないはず……というか、俺が辞職したあと、乱数表が改訂されていると思いますので、皇太子殿下は、昔の乱数表を使ってこの暗号を書いたと思われます」
ルーウェの顔が曇る。こればかりは、仕方がない。
「あなたを信用していないと言うわけではなく、国家の機密に関わることゆえ、お許しください」
「すみません。そうですね……」
理解はしてもらっただろうが、それでも、正論で申し出を断った心苦しさはある。
「兄上が、わざわざ、暗号を……その上、過分な贈り物まで……」
地方の領地。レルクト。立地は、王都から馬を走らせて一日。国境が近いわけでもない、山岳地帯を抱える、穏やかな土地だったはずだ。
「あっ」
「どうしたんですか?」
「このレルクトという土地ですが、あなたの所領になったことですし、一度、行ってみませんか? ……ここは、たしか、浴場が有名なのです。湯治場があるはずです。俺は、世話になったことはありませんでしたが」
あれ、とアーセールは少し引っかかった。つまり、軍の湯治場がある場所だった。一般の湯治場と、貴族用の湯治場、皇室の湯治場、そして軍の湯治場があるはずだった。
「湯治、ですか?」
「まあ、我々には必要ないとは思いますが……新婚旅行ということで」
ぽっ、とルーウェの顔が赤くなった。嬉しいらしい。それは解った。
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―
なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。
――はずだった。
目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。
時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。
愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。
これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。
「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、
年上αの騎士と本物の愛を掴みます。
全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。
恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。
めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。
その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。
⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる
⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない
※全四話、予約投稿済み。
本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。
※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中
悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する
スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。
そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。
呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない
波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。
異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。
強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。
彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。
しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。
「俺に触れられるのは、お前だけだ」
呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。
となります。
転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~
トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。
突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。
有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。
約束の10年後。
俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。
どこからでもかかってこいや!
と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。
そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変?
急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。
慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし!
このまま、俺は、絆されてしまうのか!?
カイタ、エブリスタにも掲載しています。
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
神子は二度、姿を現す
江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結
ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。
死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが
神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。
戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。
王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。
※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。
描写はキスまでの全年齢BL