純情将軍は第八王子を所望します

七瀬京

文字の大きさ
21 / 53

020 新婚旅行



 アーセールは眠れない夜を過ごしたが、翌朝からは、旅行の支度で忙しくなったおかげで、余計なことは考えずに、済んだ。

 それでも夜は一緒に過ごすのだが、あの瞬間に感じたような、強烈な熱は感じずに済んだことで、多少、胸をなで下ろしていた。しかし、次、また、ああいう強い衝動を感じたとき、自制出来るか、アーセールは自信がない。

(俺の匂いとか……、そんなことを仰るから……)

 あの無邪気な言葉を想い出すと、欲望にまけて、ルーウェに触れたくなってしまう。ルーウェは、それを望んでいるようなことを言っていたが、やはり、アーセールのほうが踏ん切りが付かない。

 ルーウェに対してどうしたいのか、自分の気持ちも解らないままに、アーセールとルーウェは『新婚旅行』に出かけることになってしまったのだった。





 ルーウェは黒駒と仲良くなったので、黒駒を駆ることにしていた。アーセールの愛馬は栗毛だ。馬への負担も考えて、荷物は最小限にしたが、レルクトの邸のほうには、先回りして使用人たちが行っており、万端に支度を調えてくれるとのことだった。

 完全に二人きりではないと言うことに多少の落胆はあるが、食事や掃除の心配をしなくてすむのはありがたい。逗留は、まずは五日ということになった。

「レルクトまでの間、このあたりで、一度、宿を求めましょう。今の時期ならば、宿に困ることはないと思います」

 地図を確認しながら、アーセールはルーウェに同意を取る。

「小さな町があるのですね」

「ええ。……このあたりは、街道近くですので、なかなか栄えているようですよ。大抵、酒場と宿が一緒になっています」

 男二人の軽い旅なので、そういう宿で問題ないだろう。アーセールは、腕っぷしには自信があるので、仮に、破落戸に絡まれたとしても、追い払うことは出来る。

「初めてです。こういう、旅に出るのも……」

「今回の旅で、馬は、もう良いという場合は、次からは馬車にしましょう。一応、帰りは馬車を用意させています。結構、大変ですよ。何日も馬を走らせるのは」

「そうですよね、馬も疲れますよね」

「それもありますけど、お尻が痛くなります」

「えっ? そうなんですか?」

「ええ、……大分、お尻に来ますね」

 もし、辛くなったなら、家のものたちを呼んで、馬は家へ帰せば良いと思っている。その場合は、馬車での移動になるのだろうが、アーセールとしては、線の細い印象のあるルーウェに無理をさせないために、様々な対策を練っていた。

「……あなたは、やっぱり、すごく過保護です」

「過保護、ですかね?」

 アーセールは、自身が軍人であるし、体力に自信があるが、ルーウェはずっと城から一步も出ないような生活をしていたはずだ。なので、どうしても、身を案じてしまうのは仕方がない。それに、おそらく単純にルーウェを甘やかしたい気持ちがあるのだ。

「過保護です。私は、そこまで弱くはないのに」

「そうかもしれませんが、過信は禁物ですよ。備えはしておいたほうがいいのです」

 そこは頑として引かないアーセールを見て、ルーウェが「それはそうですが」と不満げな顔をしつつ、結局、折れた。





 馬を走らせるのは、心地よい。

 馬と呼吸を合わせるようにして、律動をつくる。大地を蹴るのに合わせて動く。重力を捕らえて、馬と一緒に地面を蹴る―――ようなイメージだ。馬と一体になって、風を切って行く。いつもよりも高い位置で見える世界も気に入っている。

 しばらく行って、馬を休ませるために、途中で見つけた池に立ち寄った。食事の頃合いでもあったので、自邸の料理人が持たせてくれた軽食を食べることにする。

 アーセールは慣れているが、ルーウェは屋外で、食事を摂るのは初めてだろう。朝一番に焼き上げられた丸くて大きな黒パンに、塩漬けの鶏肉を薄切りにしたものをたんまり挟み込んだものに、青いベリーのソースと細切りにした人参のサラダが仕込んである。

「美味しい」

「近所の外まわりの用事のときには、大抵これをつくってもらっているんだ」

 ルーウェはまじまじとパンを眺めながら、大きな口をあけて食べている。とはいえ、ルーウェの一口とアーセールの一口はだいぶ異なる。

「気に入ったなら良かった。……馬に乗らなきゃ、ついでに酒でも飲むんだが」

「でも、馬で来てよかったです。近所の池に行くだけだと、この子は運動が足りないみたいです。すごく嬉しそう」

 ルーウェが顔を輝かせながらいう。明るい陽の光を浴びて闊達に笑うルーウェは、年齢よりも幼く見える。

 今日は旅装なので、月の光を紡いで作り上げたように美しくて長い銀髪は、三つ編みにして背に流している。そのせいもあって、雰囲気が異なるのだろう。

「その子は特に長距離が得意なんですよ。体力があって気性がとても荒いので」

「あなたはいつも、この子を気性が粗いと言うんですけど、いつも優しくていい子ですよ?」

 面食いなんだ、とはアーセールは言わなかった。

「じゃあ、相性がいいんだろうな」

 ごろんと草の上に寝転ぶ。少し躊躇があったようだがルーウェも隣に寝転がった。

「初めて、こんなことをしました」

「あなたは野宿なんて、なさらないでしょうしね」

「……土の匂いとか、草の匂いとかを感じます」

 匂い、と言われて、アーセールは先日の夜のことを思い出した。あの時、無邪気に言ったのだ。アーセールの寝台の上で、ここは、安心できると。アーセールの匂いがすると。

 不埒な気持ちが頭をもたげる前に、アーセールは上体を起こした。

「そろそろ行きましょう。予定している町まで、もう少し走らなければなりませんから。今の季節は、少し日が落ちるのが早いので」

「そうですね」

 同意して、ルーウェも立ち上がる。黒駒の顔を撫で「もう少し走ろうね」とルーウェが声を掛けるのを見つつ、アーセールも、栗毛に「頼むぞ」と小さく声を掛けた。

 
感想 3

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―

なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。 ――はずだった。 目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。 時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。 愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。 これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。 「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、 年上αの騎士と本物の愛を掴みます。 全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。

恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。

めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。 その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。 ⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる ⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない ※全四話、予約投稿済み。 本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。 ※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中

悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する

スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。 そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。

呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない

波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。 異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。 強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。 彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。 しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。 「俺に触れられるのは、お前だけだ」 呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。 となります。

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL