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022 酒場の男の助言
雨は、綺麗に上がった。
昨夜は、特になにも劇的なことは起きなかった。酒場で食事をしたのは楽しかったし、相変わらず、一緒に休んだが、それもいつものことだった。ただ、ルーウェはいつもよりも、寝付きが早かった。馬での旅で疲れたが出たのだろう。
「……レルクトまで、大丈夫ですか?」
馬車に乗っていった方がいいか。アーセールが迷っていると、「大丈夫ですよ! ここから、レルクトまでは半日くらいで到着するのでしょう?」とルーウェが笑う。
「それに、私は、あなたがそこまで案じるほど弱くはないんですよ。……過保護過ぎるんです」
「そう、ですかね……?」
過保護過ぎる。それは、何度か言われた。ルサルカも、口にはしないが、なんとなく、そういうことを考えているような口振りだった。
庇護欲を、掻き立てられている、というのが正しいのだろうか? だとしたら、その庇護欲の出処はなんだろう。愛情なのか、それとも、もう少し違う感情なのか。アーセールにはわからない。ルーウェが、不満に思う理由も。
「あなたが優しいのは、存じています。でも……」
そういったきりルーウェは黙り込んで、口を、つぐんでしまった。
ルーウェとアーセールの様子がぎこちないのを、酒場にいた男たちが見ていたらしく、出発前に案じてこっそり教えてくれた。
「あんた、奥さんがちゃんと文句を言わないみたいだけど、そのままにしておくと、取り返しがつかなくなるからね?」
「取り返し……」
最悪の場合、それは離婚ということになるだろうか。呆れ果てられて、離婚となった場合、皇太子殿下から賜った婚礼祝いの品々は、すべてルーウェに渡せば、ここから先のルーウェの生活は、不自由ないだろう。
しかし、ルーウェが誰か別の女性なり、男性なりを娶って二人で幸せに過ごしていくと思ったら、急に、胸が焼けるようにむかむかとなる。
ルーウェが幸せになるのは喜ばしいことなのに、他人が側にいるのは許せないという、どうしようもない狭量さに、嫌気がさす。
「あんた、ちゃんと奥さんと話はしてるんだろうね? あんなに美人な奥さんを悲しませたらいけないからね?」
男の言葉は、ありがたく受けとっておいたが、アーセールは、どう会話を切り出していいのかわからない。
ルーウェの求めているものはわかっているが、アーセールは彼の気持ちがついてくるまで待ちたい。それがある限り、永遠に並行しそうだった。
(いっそ……)
手に入れてしまえばいいのだろうか?
そう考えたアーセールは、あわててかんがえを否定した。それだけは、してはいけない。本当に心が通ったときにするべきだった。ルーウェがいままで辿ってきた境遇を想えば。
(堂々巡りだが……たしかに、ルーウェは、口ごもることも多いな……)
それならば、話し合う必要があるだろう。
湯治場ならば、いつもと雰囲気が違うから、なにか、話がすすむと良い。そう、心の中でひそかに願った。
皇太子から賜った邸は、瀟洒な白亜の邸宅だった。そもそも、皇族の保養地として使われていた由緒正しき邸は、時代掛かった雰囲気はあるが古びた様子はない。手入れはされていたのだろう。
「ルーウェ様、よくご無事で到着されました」
使用人のあいさつを聞いて、アーセールは思わず笑ってしまう。
「ほら、俺だけじゃないんですよ。あなたが、弱いと思うのは」
「そんな……」
ルーウェは衝撃を受けている様子だったが、ここまで馬を駆ったのだから、弱いというのは撤回する必要があるだろう。そう思っていたら、
「アーセール様は、部下や従者のことなどおかまいなしで、ご自身の心の赴くままに馬を走らせますから……皆、ルーウェ様が振り回されておいでだと思っていたのです。本当に、ご無事で良かった」
心からの実感のこもった言葉を聞いて、「俺はそんなに身勝手かな?」と問う。
「身勝手というより、猪突猛進でございます。本当に」
ルーウェが弾けるように笑う。
「では、私にはだいぶ気を使っているんですね? 途中の街で私は、貴族の姫君に間違えられましたよ」
「アーセール様……」
非難がましい視線を避けるように、アーセールは「部屋に行きたい。客人が来るはずだから、その際は案内して差し上げてくれ」とだけ指示をだす。皇太子が来ることは、言っていない。
「ああ。古い知りあいでな。今、湯治をしているらしいんだ」
「お食事の支度は如何いたしましょう」
食事、か……。用意はしておいたほうがいいかもしれないと思ったアーセールを遮って、
「お食事の必要はありません。決まった食事を心掛けているそうですので」
とルーウェが言う。
「そうなんですか。それでは、かしこまりました」
部屋にむかいながら、アーセールは「お食事の件は?」と理由を問う。すると、ルーウェはなんでもないことのように答えた。
「かの方は、他家で食事を取りません。ご自宅であっても、食事には用心されます」
「そう……なんですね」
あらためて、皇室が厳しい世界だということを認識したアーセールの耳もとに、ルーウェが囁く。
「前皇后陛下は、暗殺されています。毒殺です」
その話は、初めて聞くものだった。
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