26 / 53
025 食えない人
「ルーウェに愛想を尽かされた?」
皇太子が、素っ頓狂な声を上げてから、身体を折り曲げて、くっくっと笑った。
「それが本当だったら、なかなか、君は見所があるな」
「なんですか、それは……」
アーセールは、愉快そうにしている皇太子を見て(意外に、食えない人かも知れない)と評価をあらたにする。
「かんがえてみると良い。あれは、誰にも顧みられなかった。だれも救いの手を差し伸べてくれなかった。だから、せっかく見つけた安住の地で、安定した立場を求めるだろう。だから、きっと、君の役に立ちたいというはずだ」
当たっていたので、黙るしかなかった。
「その、あれが、君と喧嘩をしたんだから、あれは、相当、君に甘えてるんだよ。強く言っても、君は見捨てない。そう、判断したんだろう」
果実酒を、もう一口皇太子は飲む。そのまま。一気に飲み干した。
「……それならば、良いのですが」
「あれは、野良猫みたいなものかな? ちゃんと、家に入れて愛してやればちゃんと懐くだろうよ」
「野良猫にお詳しいんですね」
「飼っていた」
意味ありげに微笑む皇太子の飼っていたという『野良猫』については、深く追求しないことにした。
(この人に関わると、ろくなことにならない気がする……)
早く、ルーウェが来ないものか。困り果てて、アーセールは使用人に目配せした。
「お呼びでしょうか」
「ああ、俺の分のグラスを持ってきて貰えると助かる。それと、ルーウェが湯殿から戻っていたら、客人が来ていると伝言して欲しい」
「畏まりました」
うやうやしく礼をしてから、使用人は去って行く。アーセールにグラスを持ってきたので、それに果実酒を注いで、皇太子のグラスにも注いだ。
新しいグラスは、警戒するだろう。そう、判断したのを、皇太子は理解したらしく、にんまりと笑っている。
(試されているようだな……)
「正直な所、君は国民から人気があるのだ」
「はあ」
アーセールにその実感はない。もし、国民から人気があるというのなら、昨日の酒場で誰か気がついても良いのではないだろうか。姫君と騎士と言われたことを思いだすと、少しおかしな気分になる。
「君を担ぎ出して、兵でも出されたら、こちらには勝ち目はなかった。本当に、助かった」
「第八王子殿下と結婚をするということが、即、あなたの臣方になると言うことに繋がりますかね? ルーウェは……第二王子殿下に、良いようにされていたのに?」
「それはそれ。陣営としては、こちらのはずだ。だが、オレールは、おそらく、ルーウェも自陣に引き入れたかっただろうね。それも阻止してくれたのだから、私は、君に礼を言っても言い足りないくらいだよ」
オレールというのは第二王子の名だ。
「ついでに言っておくと、君がルーウェと結婚すると言い出さなければ、オレールと、ルーウェの悪縁も切れなかった。一生言いなりになって過ごしただろう。君が、ルーウェに付いて、オレールが纏めていた縁談を蹴り飛ばしてくれたおかげで、君は正式にオレールと、敵対したんだ。あれは、私には全く思いつかない神の一手だった」
「悪魔のではなく?」
「さあね。どちらが正しいかは、我々ではなく歴史が決めるだろう。しかし、私は、悪政をするつもりはないし、受けた恩はきっちり返すつもりだ。ついでに、敵対した人間への粛正も、しっかり行う。金勘定が好きな人間でね」
からからと笑っているが、言っている言葉は実に殺伐としている。顔が引きつるのを感じながら、アーセールは一刻も早くルーウェが来てくれることを心から祈った。
「……ああ、そうそう。君らの『夫婦生活』についても大筋把握しているよ。なぜ、手を出さない? あれの過去を気にしているのならば、全く逆効果だろう? 名実ともに、我が義弟に成ってくれることを、心から祈っているのだよ」
「あなたの、手のものが……我が邸に?」
「どの貴族も、そういうことはしているだろう?」
にこり、と実に美しい微笑みで、皇太子は肯定する。それが、恐ろしかった。
「俺は、そういうことはしていませんよ」
「そう。だから、君は信用出来るんだよ」
何を言い返しても、この人には勝てる気がしない。アーセールは、そう認識した。酒を呑み、カナッペに手を伸ばす皇太子を見て、チラチラと使用人が不安そうな顔をしているのが解った。一体、何だろうと思ったが、そういえば、夕食の支度をしていない。食事は食べないとルーウェが言っていたはずだった。
「殿下」
「なんだ?」
「ご夕食は如何なさいますか? 用意させますが」
アーセールが問うと、使用人が、ホッとした表情になった。心配事は、これで正しかったらしい。
「……いや、新婚旅行の夕食を邪魔したら、のちのちまで恨まれるだろうから、止めておくことにするよ」
「左様ですか」
なんとも腑に落ちない気分になった時、ふんわりとした花の香りを感じた。薔薇に似た甘い香りだ。何かと思って入り口を見ると、ルーウェの姿があった。湯上がりなのだろう。すこし、いつもよりぼんやりした感じがする。
「久しぶりだな。ルーウェ」
「殿下、お待たせ致しました……お酒と軽食を召し上がっていたのですか?」
「ああ。ここは、警戒する必要がない。だろう?」
「そうですが」
腑に落ちないような顔をして、ルーウェはアーセールの隣に座る。甘い香りがいっそう強くなった。
「いつもお使いの香油とは違うような」
「湯殿に、沢山の芍薬が浮かんでいました。なので、香りが移ったのでしょう。ここは、そういう入浴方法なのですね」
「いや、新婚者だから、家人たちが気を遣ったのではないか? 普通、湯に花を浮かべることはしないだろうが」
さらりと言った皇太子の言葉を聞いたルーウェの頬が、ぽっと赤くなった。そういえば、さっきまで喧嘩をしていたはずなのに、ルーウェは当然のように隣に座った。そのことに気がついたアーセールは、胸がじんわり温かくなっていくのを感じていた。
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―
なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。
――はずだった。
目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。
時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。
愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。
これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。
「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、
年上αの騎士と本物の愛を掴みます。
全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。
恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。
めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。
その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。
⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる
⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない
※全四話、予約投稿済み。
本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。
※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中
悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する
スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。
そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。
呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない
波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。
異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。
強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。
彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。
しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。
「俺に触れられるのは、お前だけだ」
呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。
となります。
転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~
トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。
突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。
有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。
約束の10年後。
俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。
どこからでもかかってこいや!
と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。
そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変?
急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。
慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし!
このまま、俺は、絆されてしまうのか!?
カイタ、エブリスタにも掲載しています。
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
神子は二度、姿を現す
江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結
ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。
死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが
神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。
戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。
王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。
※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。
描写はキスまでの全年齢BL