純情将軍は第八王子を所望します

七瀬京

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031 戒厳令の夜



 密偵は木の上にいる。それはわかった。だが、気にせずに邸へもどる。

 ルーウェの体調が気がかりで、彼の部屋へ向かうと、慌ただしくルサルカがついて来た。

「まずはこれを」

 ルサルカが書類を手渡す。殴り書きのような文章だった。

 ルーウェをソファに座らせる。ルサルカがすかさず飲み物の支度をした。香草茶だ。安眠に効果のある、林檎のように甘い香草の香りがする。

「ルーウェ。一緒に確認しましょう」

 ゆっくりと、ルーウェが目を開けるが、返事はなかった。

 アーセールは、ルサルカから受け取った書類をルーウェにも見せた。



『皇太子邸が放火され炎上。

 皇帝陛下の崩御の噂があるが、現在まで、皇室からの発表はない。

 皇太子の生死は不明。

 現在は、第二王子が兵を率いて、王都全体に戒厳が出ている』



「……え、あの……皇太子邸が……っ?」

 ルーウェは動揺して、身体が震えていた。目も、焦点が合っていない。

「ルーウェ」

「……まさか、なにかの……」

 アーセールは、なんとなく、確信した。おそらく、皇太子邸に火を付けたのは、皇太子本人だ。自身を『生死不明』状態にする為に、邸を焼いたに違いなかった。

(つまり、『時間稼ぎ』だ)

 なにか、事態が動いた。そして、皇太子は、時間稼ぎをしなくてはならなくなった。

「ルサルカ。これは? 事実か?」

 アーセールは、ルサルカに問う。指は、『皇帝陛下の崩御の噂があるが、現在まで、皇室からの発表はない。』という一文を指している。

「……はい。事実です。おそらくは、そうなのだろうと思います」

「そうか……」

 ルーウェの身体が急に傾ぐ。気を失ったようだった。まだ、体温が高い。兄が行方不明、その上、関係性は良くなかったとは雖も、父帝が崩御されたと聞いて、平然としていられるはずもなかった。

「ルーウェ様……本当に、お加減がお悪いのですね。大丈夫でしょうか?」

 心配そうに問うルサルカに、アーセールは何も言うことは出来なかった。これは、おそらく、自分が無茶をさせたせいなのだ、とは言いづらい。

「とりあえず、熱に効く薬湯を。それと明日の朝は、滋養が良くて、身体に良いものを揃えてくれ」

「畏まりました……それで、アーセール様は?」

「ここに付いていることにするよ。追い出されそうなことは、しないつもりだ」

「この非常事態に、何を仰せですか……全く……」

 といいつつ、ルサルカの緊張した面持ちが、少し和らいだので、言って良かった冗談だったのだろう。





 ルーウェを寝台へ横たえて、アーセールは寝台の横に、椅子を持ってきて座った。

 身体は、まだ、思わしくないのだろう。

 無茶をさせたことが、今、悔やまれて溜まらなかった。本当ならば、ルーウェは、皇太子の行方を追うために動きたかっただろう。

(戒厳令を出したか……)

 現在の軍部は、第二王子の派閥と言って良いだろう。元帥と第二王子は、親しいことで有名だったし、アーセールと第二王女の縁談の仲立ちを進めてきた人物でもある。だからこそ、すぐに戒厳令を出すと言うことが可能だったのだ。

(この邸は、絶対に、監視されているはずだ)

 現在、『皇太子派』として名前が挙がる貴族の中に、アーセールはいる。

(もし……)

 放火が、皇太子の手によるものではなく、第二王子の手によるものだとしたら……。と考えて、アーセールは慌てて否定した。

(いや、殿下は鳩を飛ばしてくださった。おそらくは、まだ無事だ)

 そうすると、皇太子の行方が解らず、第二王子のほうが躍起になっている可能性が高い。例えば、皇帝陛下の崩御が本当のことだったとして、皇太子の生死が不明では、自身が皇位に就くことは出来ない。

 そういう意味で、第二王子にとって一番都合が悪い状況になっているのだろうと思う。

(情報がない上、何が正しいか、解らない)

 軍には、情報収集を専門に行う部隊がいるし、そこが上げてきた情報を分析する部隊もいた。だが、アーセールは、それを今、一人で行わなければならないという状態だ。そして、戦と同じく、判断を間違えれば、ここでアーセールの命数が尽きると言うことだ。

 どうすべきか……と思案していた時、ふ、と視線を感じて、アーセールは顔を上げた。ルーウェが、じっと見ていた。

「……如何、なさいましたか?」

 ルーウェは、寝台の上で、上体を起こした。

「その後、進展は?」

「いいえ……あなたが気を失っていた時間は、あなたがおもうより、ずっと、短いですよ。それより、熱は大丈夫ですか?」

「ええ。大丈夫です」

 しばし、アーセールとルーウェは見つめ合っていた。

 お互いに、静かに見つめ合っている。

 部屋は静まりかえっていて、その沈黙を、破ることをためらうようだった。瞬きの音まで聞こえそうな静寂を破ったのは、ルーウェだった。

「……こんなことに、巻き込んで済みません」

「えっ?」

「第二王子殿下のご不興を買って、第二王子の派閥から、皇太子殿下の派閥へ乗り換えなければならなかったのですから……私のせいでしょう」

「それは。俺が勝手にやったことですよ。あなたのせいなどでは在りません」

 あの時、整えられていた段取りを無視して、ルーウェを選んだのはアーセールだ。

「けれど……」

「ルーウェ。今は、身体を休めてください。ここから先、何が起きるか解りません」

 アーセールは、そう言って、ルーウェに休むよう言ってから、部屋をさった。

 
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