42 / 53
041 我が名において
最近、物騒なことだ、と思いながらグレアンは露店の見回りをする。ここの所、妙な一行があちこちにいる気配がある。おそらく、どこかの暗殺者だ。ということは、この国境になにか変事があるのかも知れない。そうなれば、すぐに荷物を纏めて逃げ出す必要がある。
ついさっき、どうにも薄らぼんやりした元騎士かなにかに声を掛けてみた。商売をやるらしいというが、大抵失敗するだろう。だが、こっちは、貴族への販路が繋がるかも知れない。会話してみたら、存外悪い奴ではなさそうだったので、案内してやったら、愛妻への贈り物を喜んで買っていった。
少年が、初めて恋人に贈り物を買うときのような、嬉しそうな照れくさそうな表情だったのが印象的だ。しかし、その愛妻とは離婚の危機らしく、おそらく噂を聞いて飛んできたらしい、奥さんの兄という男が、首根っこをひっつかんで引っ張っていったのは、ちょっと面白かった。
まあ、うまく、離婚の危機を脱すればいい。
そう思っていたら、西側の区画で、爆発音がした。
「なんだっ?」
「わからん。おっさんは、この辺にいろ。俺が見てくる」
露店の若いのが、走り出す。茶色くて乾いた砂埃が、空に舞い上げる。
周りの露店は、大急ぎで店を閉め始め、客たちは、叫びながら蜘蛛の子を散らすように走り去っていく。
(あの、うさんくさい連中が犯人だろう……)
ここは、引き上げ時かも知れない。そう思って、指示を出そうとしたその時だった。黒服の男たちが、猛然と走って行くのが見えた。あいつらだろう。若い連中に目配せすると、静かに頷いて、黒服を追いかけていく。
「あっ……っ!」
髪飾りを買った男と、その奥さんの兄の二人が、黒服たちに抱えられて連れ去られるのが見えた。血が流れている。
(目的は、あの二人だったのか……?)
確かに、身なりは良かった。怪我をしている様子だったし、心配だ。
(奥さんがこの町に来ていると言っていたが……)
「おい」とグレアンは、手近にいた男に声をかける。
「なんですか、グレアンさん」
「……ちょっと気になることがある。もし、この町に旅をしている商家の奥様風の格好をした人が来たら、俺が会いたがっていると話をしてくれ。たしか……瞳の色はラベンダー色だ。ラベンダー水晶の髪飾りを買っていった」
「へえ……?」
「今の爆発を起こした奴らに、旦那が連れ去られたみたいだ。……いま、付けさせているから、念のため、探して欲しい。旦那が怪我をしていたら、心配するだろう」
なんとなく、胸がモヤモヤする感じだ。嫌な予感がする。
(あの離婚寸前の男は、身なりがよかったし、体格も、良かった。そんな男が、さらわれたのだから、かなりマズイ相手だろうな……)
ただ、わざわざ連れ去ったと言うことは、まだ、息はあるのだろうし、なにか意図があるのだろうとは思う。だから、早いうちに、助け出すことは、可能かも知れない。ただ、そうなると、少々困るのは。
(せめて、あの人たちが何者か解ればなあ……)
王都のほうでは皇帝が崩御したという話で待ちきりだろう。だが、少々、きな臭い噂がないわけではない。それは、皇帝は『暗殺』されたという話だし、その『犯人』として名前が挙がっているのが、皇太子だという噂だった。
状況は、よく解らない。だが、そういう噂は、全く火のないところには立たないかも知れないし。次に皇位継承権があるのは、おそらく……。
「……なあ、もし、今の状態で皇太子殿下が、お隠れ遊ばされたら、次の皇帝誰になるんだ?」
声を掛けると、片眼鏡の男が、「そりゃあ……」と言ってから少々、黙り込んだ。
「現皇后陛下は、元々、ランゲロング男爵夫人という公妾だったんだ……たしか、法律は……、後妻には、継承権はないはずだ。それならば、前皇后陛下の王子が優先される」
この片眼鏡の男は、もともと王都で法律家を目指していたが、下宿先の女主人に手を出して、王都を追い出されたという素性なので、法律に詳しい。グレアンは、それを便利がって、字引代わりに使っていた。
「皇太子以外には居ないだろう」
「いや……いる。系図上、第八王子ルーウェ殿下が、皇位継承権第二位のはずだ」
「ルーウェ」
聞いたことがあるような名前だ、とグレアンは思った。最近、聞いた。ルーウェ。珍しい名前だと思ったのだった。それは、ヴァイゲル国の言葉だった。砂で出来た獅子。ヴァイゲル国を守護する、強き聖獣。
「あっ……」
さっきの男たち。あの離婚寸前の男の妻の名は、ルーウェだったはずだ。そう、義兄が呼んでいた。ルーウェ。
「ヴァイゲル語なら、ルウェラだな」
ヴァイゲル国には、名詞に性がある。ルーウェは男性形、ルウェラは女性形。男性名でないかぎり、「ルーウェ」とは名付けないだろう。
(第八王子殿下の駙馬《ふば》殿下は、元将軍のアーセール様。それと、義兄ということは、皇太子殿下か……)
グレアンは、しばし、瞑目した。
「おい、じーさん、どうしたんだよ」
「ちょっとまて、考え事をしているんだ」
しばし、考えてみる。皇太子殿下に味方をすれば、第二王子側と対立すると言うことになる。ここで、判断を、誤るわけにはいかない。
「おーい、おっさん! 商家の奥さんを連れてきたぞっ!!」
グレアンの思考を遮ったのは、その声だった。国境を目指していた、第八王子が到着したのだ。グレアンは、声の方向を見やった。
商家の夫人風の衣装に身を包み、銀色の髪を結い上げている。ラベンダー色の瞳を見た瞬間、この色だ、と確信した。男性、であるはずだが、女性と言われても、全く違和感はなかった。
「すみません、今、夫が……捕まっているとうかがって……」
慌てた様子で、第八王子が小走りに駆け寄ってくる。す、と自然に人だかりが彼の為に道を空けて、道が出来る。グレアンの真っ正面に立った第八王子は、神秘的なまでに美しかった。
「黒服の男たちに、ご夫君と兄君が連れ去られたようです。今、行方は手のものに追わせています」
「夫と……兄も?」
ルーウェは目を丸くする。だが、それも一瞬で「あなたの仲間が追っていると」とすぐに問いかけてきた。
「はい」
「……私達に加担するのはなぜですか」
ラベンダー色の眼差しが、じっとグレアンを見ている。腹の底を、見透かすような、眼差しだった。
「私は、商売人ですので……王都への販路が欲しい」
「なるほど? それで、私達に恩を売ろうと? 黒服が、あなた方の仲間でないという証拠もないのに?」
おっと、とグレアンは言葉に詰まった。しかし、次の言葉を探そうとするグレアンに、先に、申し出たのは第八王子のほうだった。
「利で結ばれているのならば、安心出来ます。……一筆書きましょうか? 夫に断りを得ずとも、私の財産は多少ありますよ」
ふふ、と第八王子は微笑する。その、魅力的な微笑みを見て、グレアンの胸が、少年のように騒いだ。
「いえ、一筆など……」
と言ってから、グレアンは、跪いた。腹は決まった。そのグレアンをみたルーウェが、目を丸くして声を上げる。
「えっ?」
「第八王子殿下に、忠誠を誓います。どうぞ、我らをお使いくださいませ」
「いつから、気づいていたのです……」
第八王子は、ばつが悪そうに頬を染めている。その時だった。
「……あ、済みません。ちょっとよろしいでしょうか」
手を上げて話に割り込んできたのは、片眼鏡の男だった。
「なんだ、おまえ……」
「いや、ちょっと気がついたんですけど。この町って、直轄地なんですよ。で、直轄地に関する特別な法律なんですけどね。……有事の場合、皇室のものが、この町の人員を動員することが許されています。いま、それなりの有事だと思うんですけど如何ですか?」
「なるほど。……皇帝陛下が崩御され、皇太子殿下が拉致されたと言えば、有事ですね」とルーウェは納得したように頷いて、一度、深呼吸をしてから、高らかに宣言する。。
「第八王子、ルーウェの名において命じます。拉致された皇太子殿下と、アーセールを、速やかに救出せよ!」
その場にいたすべての者が、第八王子に跪いて「畏まりました!」と受けたのだった。
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―
なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。
――はずだった。
目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。
時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。
愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。
これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。
「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、
年上αの騎士と本物の愛を掴みます。
全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。
恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。
めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。
その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。
⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる
⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない
※全四話、予約投稿済み。
本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。
※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中
悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する
スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。
そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。
呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない
波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。
異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。
強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。
彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。
しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。
「俺に触れられるのは、お前だけだ」
呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。
となります。
転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~
トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。
突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。
有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。
約束の10年後。
俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。
どこからでもかかってこいや!
と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。
そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変?
急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。
慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし!
このまま、俺は、絆されてしまうのか!?
カイタ、エブリスタにも掲載しています。
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
神子は二度、姿を現す
江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結
ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。
死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが
神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。
戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。
王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。
※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。
描写はキスまでの全年齢BL