48 / 53
047 趣味と実益
気配りの行き届いた朝餉をごちそうになってから、公爵夫人の心ばえにアーセールと皇太子は驚くことになる。
「まさか……」
「勝手なこととは思いましたけれど。私が考える新皇帝陛下の近衛の皆様の装束と言うことで妄想をいたしましたので、それなりの数を作らせていたのです。もし、奏上いたしまして却下されたとしても、我が家のものたちに着せれば良いわけで」
アーセールの部下たちの分のそろえの制服、アーセールやルーウェ、皇太子のためにも美麗な装束が用意されていたことには驚いた。聞けばこちらも妄想の末に作られた衣装と言うことだった。
「けれど夫人、この衣装は……いつ用意されたのです」
「皇太子邸が焼き討ちされたときですわ。あの時に、皇太子殿下の御為《おんため》、衣装など用意出来ないものかと、思案して、すぐに工房に作らせましたの」
ああいう非常時でしたら、わたくしの考えた衣装が採用される可能性がございましょう? などと公爵夫人は笑っている。
彼女の趣味で、ルーウェは短衣ではなく長衣であった。婚礼の華麗な衣装を思いだす。
「しかし、みすぼらしい格好で王都入りするかと思っているであろう第二王子たちは、さぞや悔しい思いをするだろうな」
それを思えば愉快な気持ちになるらしく、皇太子は、くっくっと喉の奥を鳴らして笑った。確かに、王都を追われ、身をやつして逃げていた皇太子が、やけにきらきらしい格好で現れれば、ほぞを噛むことだろう。
「公爵夫人に、感謝する。こういうときこそ、壮麗な格好は良いものだ」
「まあまあ! よろしければ、この後も式典用の儀礼服などお任せいただけましたら、喜んで調進いたしましてよ」
アーセールは自身の衣装を見やる。白地に金色の飾緒で彩られた衣装は気恥ずかしい。
「私は、あなたのその装束は好きですよ。差し色が、私の装束と同じで、薄紫なんです」
その心遣いを知り、公爵夫人の並々ならぬ服飾へのこだわりを思い知ると同時に、ルーウェと繋がるような衣装が嬉しくなった。
「良いものですね」
「はい、あとで私とあなたの夜会服が必要になったら、夫人にお願いしましょう」
ルーウェの柔らかい微笑みごと抱きしめたくなったが、ぐっと堪えた。
想像以上に華麗な行列で王都を目指す間、通り道の領主たちが舘から出てきて、皇太子に忠誠を誓うというのが連発したので、予定よりも王都入は遅れた。日中に入りたかったが、黄昏時の王都入となった。
白い装束が真っ赤な夕焼けに照らされて朱に染まる。すでに待ち受けていた民たちが一斉に『皇太子殿下万歳!』と声を上げている。怒号のような歓声を割って進む。
焼け落ちた皇太子邸については、逆賊に襲われ、逃げ延びる為に火を放ったと、既に表明されている。
「皇太子殿下! 逆賊を誅滅してください!」
「逆賊に死を!」
皇帝陛下の崩御が、暗殺であることも同時に発表されている。犯人は明言していなかったが、大方、国民は第二王子の顔を思い浮かべているらしい。
裏で、前皇后も毒殺されたという噂を流しているので、信憑性が高くなったのだろう。
とにかく熱狂をもって皇太子一行は迎えられたのだった。
アーセール邸には、東宮府の役人たちが入っており、臨時東宮府ということで手配されることになった。このあたりは、皇太子の王都入りの噂を聞いた瞬間、ルサルカがレルクトから急ぎ戻って、手配をかけたようだった。
「閨は、皇太子殿下に。アーセール様とルーウェ様のお部屋はそのままにしてございます。その他は、東宮府の方と共に、部屋をお渡ししております」
ルサルカは邸に部屋を持っていたが、別の所に宿を構えたらしい。他の使用人たちもそのようにしたということだった。
皇太子が使用する閨には、大きな机などが持ち込まれていたが、応接用の椅子などはなかったため、皆で茶を飲むのには不自由する。
「では、私の部屋に参りましょう」
「そうだな、お前の部屋も、すこし、興味はあったんだ」
「殺風景ですよ?」
「将軍は、我が弟に、何の支度もしなかったのか?」
非難がましく、皇太子は言う。支度をしなかったというわけではないが、ルーウェがどのようなものを好んでいるのか、全く解らなかったため、迎えてから要望のものを揃えようとは思っていた。そして、その要望が出なかっただけなのだ。ともあれ。ルーウェの部屋は殺風景だった。
「でも、兄上。この部屋にも飾りはあるのですよ」
アーセールは「あっ」と声を上げた。『結婚祝』ということで、皇帝陛下から賜った、皇太子殿下の手形のことを言っているのだろう。これは、皇太子に本格的に怒鳴られるだろう、と身構えていると、ルーウェが嬉々として皇太子の目の前に、額装された、幼き手形を差し出した。
「これは……?」
皇太子も、困惑している。
「父上から賜りました。兄上の手形だそうですよ」
「私の手形? なぜ、そんなものを……まったく、あの方は、私やお前には、呆れたようなものばかりしか送ってこない……」
皇太子は呆れたように言いながら、額装された手形を手に取って「ん?」と小さく呟いた。
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―
なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。
――はずだった。
目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。
時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。
愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。
これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。
「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、
年上αの騎士と本物の愛を掴みます。
全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。
恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。
めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。
その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。
⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる
⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない
※全四話、予約投稿済み。
本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。
※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中
悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する
スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。
そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。
呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない
波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。
異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。
強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。
彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。
しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。
「俺に触れられるのは、お前だけだ」
呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。
となります。
転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~
トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。
突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。
有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。
約束の10年後。
俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。
どこからでもかかってこいや!
と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。
そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変?
急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。
慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし!
このまま、俺は、絆されてしまうのか!?
カイタ、エブリスタにも掲載しています。
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
元カレ先輩に、もう一度恋をする。 ━━友だちからやり直すはずだった再会愛【BL】
毬村 緋紗子
BL
中学三年になる春。
俺は好きな人に嘘をついて別れた。
そして一年。
高校に入学後、校内で、その元カレと再会する。
遠くから見ているだけでいいと思っていたのに……。
先輩は言った。
「友だちに戻ろう」
まだ好きなのに。
忘れられないのに。
元恋人から始まる、再スタートの恋。
(登場人物)
渋沢 香名人 シブサワ カナト 高1
山名 貴仁 ヤマナ タカヒト 高3
表紙は、生成AIによる、自作です。 (替わるかもです。。)