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08 夢魔と悪夢

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「なんだ?」

 思わず笑った萌樹を、獏は、不審そうに見やった。

「いや、容赦ないなーと思ってさ。……でも、ちょっと気になったんだけど、なんで、その、夢魔ってヤツに、蒼は目を付けられたんだよ」

「詳しい経緯はしらぬが」と前置きをしてから、獏は続ける。「おそらく、隙を狙われたのだろうな。一瞬でも、夢の中で」

「隙……」

「……あの、鬼に逢った、とか。夢の中で……の住まう、あの世界の事を、垣間見ただとか」

「それで、夢魔に目を付けられたと?」

「おそらくは」

 獏は、淡々と、言い切った。内容は、理解しがたい部分もあったが、概ね事実なのだろうと言うことだけは、把握できた。獏に、嘘を吐いているような気配がなかったからだ。

「それでさ、精気を吸い取るって、どうすんの? 夢を見せるだけ?」

 萌樹は、ベッドの端に腰をおろした。固いスプリングが、軋む。獏は、怪訝そうに、萌樹を見ているが、その、理由はわからなかった。

「大抵の場合、夢の中で、美女や、恋い慕う相手に化けて、現れる」

「それで?」

「……そして、交わる」

「えっ? ……ちょっ……交わるって……その、セックス……ってこと?」

 思わず、萌樹の声がひっくり返った。

「その言葉を、吾はわからぬが、そうなのだろう。……精を受け、体液を交わらせる行為だ」

「あ、そうなんだ……じゃ、あいつ、今、夢の中で、好きな人と、お楽しみ中って……」

 顔が熱い、と萌樹は頬を押さえた。そこが、熱く熱を持っているような気がする。顔が真っ赤になっていたら恥ずかしい。

 そして、今、友人は、夢の中で繰り返し、恋しい人と交わっているのだと思うと……。

「そりゃ、まあ……、現実に戻りたくネェよなあ……」

「現実に戻りたくない、と思わせるのが、夢魔の得意なことだ。だから、憑かれたものの欲望に忠実な、甘い甘い悪夢を見せる」

「な、るほど……」

「しかし、そなたは、こういう話には疎いようだな。初心、ということなのか? 吾には、人の感覚は良くわからぬが……。人は、交わらねば生きられぬものだと思っていた」

「俺のことは、良いじゃないですか……お察しの通り、その、まだ、経験はないんですよ……。ところで、獏って、お腹がいっぱいになると、寝ちゃう系なんですか?」

 今回、蒼の悪夢を食べて、その後、眠ってしまった。おかげで、重たい獏を抱えて、自宅まで戻らなくてはならなくなったのだ。

「いや、腹がくちくなったところで、普段であれば、眠ることなどないのだ……そもそも、吾らは、そなたら人間のように、毎日毎日眠ると言うことがない。一日……というような、意味のない区切りは必要ではないのだ。ただ、そうしたくなったら、するだけだ。

 だが……、吾も、あのような、夢魔の作り出した悪夢を食んだのが初めての事ゆえ……、おそらく、それで、眠ってしまったのだろう」

 淡々と言うのは、この獏の癖なのかも知れない。他人事のように、獏は、淡々と、そう語った。



 

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