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34 優しい歌
しおりを挟む夢魔の力は、半減していたらしい。
「……だが、しぶとい。雑貨屋の見立て通り、三日かかるだろう」
部屋に戻った獏は、ぐったりとして、萌樹の肩にもたれかかっていた。萌樹の部屋には、ソファのようなものはない。だから、必然的に、ベッドの上に並んで座ることになる。着替えて、いつもの和装に戻った獏の姿に、少しだけ安堵する。
「疲れた?」
「ああ……まあ、やはり、邪魔者がいると、やりづらい」
邪魔者、とは夢魔の事なのだろう。だが、敢えて、萌樹は問う。
「俺、邪魔した?」
「いや、お前は、必ずいなければならない」
「そういうもんなの?」
「ああ、吾を呼び出したものには、立ち会う必要がある。そういうものなのだ」
「それも、理?」
「まあ、そのようなものだと考えて貰って、構わない」
そうなんだ、と呟きつつ、理の事を、萌樹は考える。
あの、姿絵を破り捨ててしまえば―――。
或いは、萌樹自身が、罪を犯して死んでしまえば―――。
まだ、一緒にいられるのだ。
一瞬、誘惑に駆られそうになりつつ、静かに、萌樹は頭を振った。そして、その願いを口に出す代わりに、別のことを、獏に問いかけていた。
「……月白」
「ん?」
「……疲れたなら……俺の、精気……貰ってよ」
ほんの少し、月白が、目を剥く。萌樹の、言いたいことは、解ったのだろう。萌樹は、そっと、月白の服の端を掴んだ。
(せめて)
最後の時まで、一緒に居たい。できるだけ、深く、交わりたい。月白を感じていたい。そういうことだった。
「……吾は……、かなり疲れて居るぞ?」
「口づけじゃないほうが……いいんじゃない?」
交わった方が。
萌樹の言葉尻を、月白の唇が奪う。ゆっくりと、重なった唇。薄く開いた唇の間から、熱い、舌先が侵入してきて、萌樹の舌先を探る。その、舌先が触れあった瞬間、ショートするように、身体に鋭いしびれが走った。
「……ああ、口づけでは、とても足らぬな」
見上げた月白の眼差しは、潤っていた。欲望を、自分に向けてくれることに、萌樹は歓喜した。月白の首に腕を回して、引き寄せる。この瞬間だけでも、自分のものだ、と。誰にも、理にも、渡さないとするようだった。
◇ ◇
歌が聞こえた。
低く、まろやかな歌声が聞こえた。月白が、歌っているようだった。裸のまま、シーツほ辿って、月白の身体を探る。月白は、ベッドの端に腰を下ろしているようだった。
柔らかで優しい旋律。
(子守歌みたい、だな)
あたたかなまどろみの中、萌樹は、ぼんやりと、そう思った。
波の上。ゆっくりと揺られているような、心地になっている。
これが子守歌なのだとしたら、獏の歌う子守歌は、萌樹にどんな夢を見せるのだろう。幸せな夢だろうか。
(それなら、醒めたくないな……)
そう、思ったとき、悪夢について、思い出して一気に、意識が覚醒した。
悪夢を定義するなら、それは、二度と冷めたくないと思うような夢に他ならない。だから、蒼は幸せな夢の中にいて、目覚めを拒んでいる。幸せで、冷めたくないと思うような夢は、悪夢なのだ。
ならば、それを、悪夢を喰らう獏である月白が、見せるはずはない。
「……なんの歌?」
月白の腰に抱きつきながら、萌樹は問う。
「なんの歌だったかな。忘れた。……遠い昔に、聞いたことがあるような気がする」
「恋人が歌ってくれたとか」
探るように問うと、月白が小さく笑った。
「……なにを言っているのやら」
「だって。優しい声だったからさ」
「……それは……お前の事を考えながら歌っていたからではないか?」
「俺?」
ああ、と月白は呟きながら、萌樹の手を、優しく撫でていた。
「……歌はよく解らない。ただ、萌樹が、よく休めるように、そう思いながら、歌っていたよ」
「子供扱いかよ」
そう言ってむくれてみたが、嬉しくて、胸が熱くなる。
(今の歌。スマホで録音したかった……)
けれど、きっと、音声を録音することは出来ないだろう。月白がここにいる間には、聞くことが出来たとしても、いずれ、聞かなくなる。その時、萌樹は、月白を忘れてしまうだろうか。
そんなことを思ったが、(いや)と萌樹は、否定した。
一緒にいられない分、絶対に、覚えている。そう、誓う。そして、いつの日か、あの狭間の世界に行った時に月白を探すのだ。
月白は、まだ、ぽつりぽつりと雨だれのような歌を歌っていた。
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